光とは
光を見た。世界が女神によって色付く。
あなたは、そこに住んでいた。
遠い遠いあなたは、暗い闇の中からなら、はっきりと姿を見る事が出来る。
だから、遠く。
見ているだけで僕は幸せなのだ。

チャコールグレーのニットパーカーを首まで寄せる。
あまり寒くはないけれど、体温が奪われぬよう、最低限の保温をした。
トレインのターミナルに向かうための、空港での待ち合わせだった。南半球のこの国は微妙な季節具合で、僕はいつもの服装に、軽く羽織りをしている状態だ。風邪をひいては元も子もないので、無理はしない。
今回は珍しく、空港からのマイスター団体行動だ。
介入地域が今回は皆近かった為に、早めに集合がかけられたらしい。
少し遠目に、オレンジがかったミルクティー色の髪が見える。人ごみより、少し飛び出た頭は、同じく人ごみより幾分か視線が高い僕からは容易に見付けられた。
右往左往する辺りを見回す彼の視線と僕の視線が、ぱちりと噛み合う。どうやら向こうもこちらを探していたようだ。
彼は人の波を掻き分けて、僕の近くへ駆け寄って来てくれた。
「悪い、待たせたな」
「ううん僕が来てまだ十分も経ってないよ。それに、指定された時刻には間に合ってる」
彼はその髪の毛よりもずっと濃い茶色のジャケットを羽織っている。着慣れたような白いシャツは少し乱雑にジーンズの中に入れられていた。
「十分、って……俺、二十分前に来たんだけど…」
「うん?」
「…お前さんマメだなぁ〜…」
そう言って、彼は手にしていた缶コーヒーをプシュッと音を立てて開けて僕に差し出す。
「…ありがとう?」
くれるのか、と思い手を伸ばすと、すっとその缶コーヒーは僕の手を逃げて行く。
「一人で飲んで待ってようと思ったのに、お前が俺より早いから予定が狂っちまった」
逃げた缶コーヒーは彼の頬の横でこれ見よがしに揺らされ、ちゃぷちゃぷという水音が今にも零れてしまいそうな程聞こえた。
「ご、ごめんなさい?」
わざとらしい彼のその行動に、僕は謝らざるを得なかった。だけど彼はそんな事を言いながら、にっこりと笑う。
「バツとして、半分こな」

小さな缶コーヒーは、すぐに無くなる。近くのダストシュートに缶を捨てた後、暫く二人の間に沈黙が続いた。
「こうして人を待つのって、楽しいね」
独り言を呟く。ハレルヤに対する言葉でも無く、ただ返事を求めない自嘲だった。
「……たのしい?」
それに彼が質問をする。
「え、うん。楽しい」
「黙って立ってるだけなのに?」
「…僕、こうやって人と待ち合わせなんて、した事無いから。……黙ってても、楽しいんだ」
「さっきあなたが、走って僕に声を掛けてくれたとき。ドラマとか映画で見た、恋人みたいだなぁ、って思って」
「こいびと、って」
「あ、ごめんなさい。男同士だから、友達とか、かな?」
こころなしか彼の顔が赤く色付いているように感じる。
恋人だなんて、素直に言い過ぎた。願望を口にする愚か者のような気がして、思わず訂正をいれる。
少なくとも僕は彼に、惹かれていた。
もしかしたらこれは恋なのかもしれない、と思うと、胸が踊る程に彼に心酔している。
男性として、尊敬して、信頼している。
だけど
「ああでも…僕たちは、友達なんかじゃないですよね…」
尊敬して信頼しているからこそ、友達にはなれなかった。
たとえ周りからどんなに僕と彼の仲が良好に映っても、そういう関係にはなれない。
ガンダムマイスターという肩書きが大きな一因だった。
ましてや、恋人だなんて。
いくら世界的に同性愛が認可されたからといって、やはり性的なマイノリティは、秘するべきものだった。
偏見、差別は刷り込みだ。声を大きくすれば、後ろ指をさされる人生だろう。
蔑まれ、罵られ、それでもなお生きてはいけない。
彼にだけは嫌われたくなかった。
世界中の誰よりも、あなたからは。
だから人生で最初で最後の恋は、淡く心に秘めておきたいのだ。
この先彼以外に恋しく思える人など、多分出会えないから。
「……じゃあ、友達みたいに、待つか」
すっと彼の白い手が差し出される。
「…え?」
その意味が分からずに、僕は間の抜けた声を返してしまった。
「手、繋いで。仲良しこよししようっていってんの」
「えぇ?」
「お前が嫌じゃなければ、俺は恋人繋ぎだって構わないんだぜ?」
「別に嫌じゃないけれど、それとこれとどう関係が……っっ」
言葉の意味を理解するまえに彼に右手を取られる。
手の甲に、柔らかい皮膚の感触。かさかさしている。
リップ音はしなかった。
でもそれは、かれの、くちびるで。
「どうせお前、マイスター同士に情は必要無い、とかそんなめんどくさい事考えてんだろ」
顔に血液が集まる。熱い。頬が、真っ赤になってると鏡を見ずとも確信した。
彼の言わんとする事は、あながち間違ってはいなかった。
「でも俺は、友情だろうが愛情だろうが、必要だと思うぜ」
「…絆だよ。これから俺たちが作っていくものは」
そのまま彼の白く長い指が、僕の無骨な指に絡められる。
いつも着けられている手袋は、知らぬ間に外されていた。
でも待って、指を絡めるこの繋ぎ方はなに?
「……そう、かな」
ふと全身から血の気が引く。
「貴方と僕じゃ、住む所が違うんだ」
彼を尊敬した。
彼から与えられるものが僕の全てだ。
彼を信頼した。
彼に背中を預け、疑う余地も無く恋した。
だから絆なんて作れない。
一方通行のこの思いを対面式にしたって、こっちからの思いばかりが強くなるだけだから。
住む所が違うから、苦しくなってしまうだけなんだ。
「何処にいても、貴方の姿ははっきりと見える。どんな暗闇でも、輝いている」
貴方は光の在処を知っている。帰る資格も持っている。
僕にとっての光は聖母。だけどマリーは。
「……だから僕を見ないで」
光は存在たり得ることは出来ても、場所にはなれない。
どうせ同じ穴の狢。マリーは僕に名前は与えても、光に帰る術を授けてはくれなかった。
僕を見ないで。
この薄汚れた髪を、肌を。
光で照らさないで。
僕に触れないで。
この灰にまみれた体に、心に。
秘密を暴かないで。
「俺からも、お前の姿がよく見えるぞ」
「いつも下ばかり見て、背中を丸めて。陰鬱そうに世界を見て。他人の姿を見て、悲しんで、泣いている」
「優し過ぎるんだよ、アレルヤは」
振り払おうとした手を強く握り返され、引き寄せられた。
周りから好奇の目が集められる。しかし人の少ない空港では、誰一人立ち止まらず失笑するように立ち去って行った。
傍から見て、僕らはどのように映ったのだろうか。
別れを惜しむ恋人同士に見えるだろうか。
「それは上辺の姿だよ」
僕は、あなたが思ってる程優しくない。自分の損得ばっかり考える、自己中なヒトデナシだから。
声色一つ変わらない、無表情な言葉が出た。
凶暴なハレルヤは、自分の否定したい部分を一つにした姿。
僕が人を殺したくない死にたいと嘆けば嘆く程、ハレルヤは生きるために人を殺めていく。
心の中でいつもハレルヤと取り引きをしていた。いつだって彼と僕が納得いく事を模索している。
「あなたはいつも他の人のことを考えている。目の前で苦しんでる人を助けずにはいられない。……僕と貴方はこんなにも違う」
だからまた彼を拒絶する。
引き寄せられた暖かい胸をそっと押した。力をいれて否定したとは思われたくない。何より彼の心も傷付けたくない。
「俺だってお前が思ってる程優しくない。自分の欲望に忠実なロクデナシさ」
それでもなお、彼は抱き締める腕の力を緩めようとはしなかった。
息苦しい程のその腕の強さが心地いい。
「それでも、貴方はこうして僕の側にいてくれてる。それだけで十分、僕は優しくされてるって、幸せだって思えるんだ」
きゅ、と繋いでいた自分の手のひらの力が強くなる。
今まで生きて来た中で一番の安らぎだった。幸せだった。
この瞬間を死ぬまで覚えていたい。この恋しい人の事を忘れないでいよう。
光に寄り添えた、この瞬間を。
「アレルヤ」
出来るなら、僕だって貴方のいる光へと行きたい。
こんな暗闇じゃなくて、そっと、彼を抱き締めて。
この世のあらゆる悪意を、彼に見せずに済むのなら。
僕は彼のためなら死ねるのだろう。
「お前がそれで満足なら、俺は何にも言わない」
「だけど俺は、自分の欲望を満たす為にここに来たんだ」
ごくりと息を飲む。今までに無い覇気を持った彼の声だった。
彼の欲望。死線に彼を追いやる程のなんたるかを僕は知り得ない。
「この欲望が満たされた時、俺はどうなると思う?」
「どうなる……って……」
「当て嵌めて見ろよ、自分自身に」
僕自身に?
僕の欲望。僕の……目的。
僕のような存在が生まれない未来。僕が覚えた苦しみが生まれない世界。僕が見た惨劇が繰り返されない今。
それらが無くなった時、忌むべき存在の自身は。感じた心は。傷付けられた体は。
全て過去のものになってしまうの?
なかった事にされてしまうの?
「消えちまうだろ、自分の存在が」
「ソレスタルビーイングは、存在自体が脅威であり、三ヶ国の標的であり、打つべき憎き目的なんだ」
だから俺たちがいなくなっても、すぐに代わりのマイスターが生まれる。第三世代の俺たちのように、歴史は繰り返すんだ。
彼のその言葉に僕は眉を寄せた。
どうせは仮初めの平和……僕らは過去にされる。
存在を否定される。
「アレルヤとなら、もう一度帰りたいと思えるんだ」
「……どこへ?」
「お前の言う、光の在処、かな」
たとえ今は暗い洞穴の中で彷徨っていたとしても、いつかは光に辿り着くのだと彼は言う。
「連れてってくれるの?」
「うん。そんでさ、自分の中の未消化な暗い部分、分け合おう」
そうしたら、たとえ過去にされても。存在が消されても。仮初めの平和だとしても。
「俺がお前を連れて行くから、お前は俺の傍を離れないで欲しい」
ずっといっしょにいられるから。
「……その為に、お前が欲しいから、お前と絆を結びたいんだ」
こつりと彼の額が僕の肩へと押し付けられる。
彼の表情は見えない。だけど彼の長い髪の隙間から覗く耳が真っ赤になっている。
そこで僕はまるで息を吹き返したように、どくりと心臓が跳ねて、顔が、体が、また熱くなった。
恋しい人に、まるで存在ごと心も体も求められたような、そんな言葉を聞かされて。
寄り添う今が全てだと思っていたのにもかかわらず、もっと先の未来を渇望してしまう。
現実的に考えるのなら、それはきっと、毎日顔を合わせて、毎日傍にいて、毎日彼と言葉を交わせるということ。
非現実的に考えるなら、毎日傍に寄り添い、こうして抱きしめ合い、彼に求められる、恋人のような毎日が訪れるかもしれないということ。
ああ、どっちもいい。どちらでも僕は幸せだから。関係を表す言葉なんて、二の次だ。
「ずっといっしょにいたい」
絞り出すような掠れた声だった。
彼の存在意義が僕で、僕の存在意義が彼で。
お互いの存在でお互いを満たして。
なんと幸せな世界なのだろう。
振りほどいた腕で、やっと彼を抱き締める事が出来た。
ずっと長い間求めていた、恋しい人とお互いの存在を確かめる。
確かに僕らは生きている。生きて今を戦っている。
未来に向かって進んでいる。貴方に恋している。


*****

しばらくして、気恥かしさに腕を離れて行く。
名残惜しげに指先だけを絡めあう。
「……恥ずかしいから、これは、誰にも内緒だからな」
「うん」
「これは、戦いが終わった後の俺の欲望の一つだから」
「うん」
「あと俺はお前の事が好きだ」
「うん……って、え?!」
「あ、ティエリアだ。それに刹那もいる」
「本当、って、誤魔化さないで!」
「時間ぴったりだな、あいつら」
「何なんですか、今、すきって、」
「おーい、こっちだぞー」
「ロックオン、僕の気持ちは!?」
「好きなんだろ?」
「うん好き……って、なんで、知って」
「それはまー…後々ってことで」
「ひどい…っ」
「言ったろ?≪俺は優しくない≫って。本当に好きな子程虐めたくなるタイプだから、俺」
「どういう意味かわからないよ!」
「うーん、ガキの頃好きな子の得意分野を俺が乗っ取って絶交されるくらいには」
「ぼ、僕がきらいになってもいいの?」
「やだ。絶対だめ」
「じゃあっ!!」
「今は駄目。今本気でお前から好きって聞いたら、兄貴面出来ねー」
「そんなに…?」
「今すぐお前にキスする。そんでこいつは俺のもんだ、って公衆の面前に見せ付ける」
「キス…?」
「あーもーっそんなもの欲しそうな顔すんな!刹那たちがもうすぐそこまで来てるんだから!」
「そんな顔してない!……キス、って、ドラマとか、映画で、男のひとと女のひとが、する、あれ……?」
「それ以外に何があるんだよ。……………………俺の事好きじゃないのか?」
「す、好きだよ、大好き。……だけど、キスって、キスって……」
「キスって?」
「恋人同士じゃないとしちゃダメなんじゃないの?僕たち……その、男同士……っ」
「恋人だろ。恋して、好きだって言って」
「ほ、ほんとに?ロックオンも、僕のこと考えたら胸がドキドキする?顔が熱くなる?僕のことぎゅってしたくなる?離ればなれになるたび会いたいって思ってくれてた?」
「……お前さん、そんなに俺のことが好きなのか?」
「……うん……っ」
「はーっ…。参った、予想以上だ。お前はもっと、恋愛に対して疎いかと思ってた」
「…好きじゃ、だめ…?」
「いや、いい、アレルヤお前、可愛過ぎ…っ」
「かわいい?僕が?男なのに…」
「こう見えても俺、お前のこと考えただけで、頭がクラクラして、顔どころか体ごと熱くなって、夜も眠れないんだぜ」
「……そんなに僕、ロックオンに好きになって貰えてるんだ……っ」
「ほら、もうそんな顔俺以外に見せんなよ?」
「ふふっ、ロックオンも、そんな真っ赤な顔じゃ説得力ないですよ」
「……トレミー帰って、二人っきりになったら覚えとけよ」
「だって大好きな人に好きって言って貰えただなんて、しあわせすぎて、」
「また好きって言った!くそー、帰ったらキスだけじゃ済ませねぇからな」
「貴方に愛してもらえるなら……どんないじわるだって怖くないんです!」

*****

刹那たちもと楽しげに先を歩くアレルヤを後ろから見ていた。
時折振り向いて、ぱぁっと花のような笑顔が向けられて、心臓が跳ね上がる。
こんなにドキドキしていたら、多分、トレミーまでこのもやもやは確実にもたない。ロマンチックもへったくれも無い、抵抗する余裕すらない口付けを贈ってやろう。
多分、今のアレルヤは恋に恋している状況だからそんな息苦しいキスだって受け入れてくれるだろう。
あとは何処までこれを恋だと勘違いしてくれているかが問題だ。
「……光があるから、俺はお前を見付けられたんだ」
光が無かったら、きっとお前を見付けられなかった。
たとえそれが自分自身の光で無くとも愛した。
女神の優しい光の中で閉じ籠っているお前に恋した。
ようやく見せてくれたその顔は、穢れているとお前は言ったけれど、他の誰よりもこっちを見ていてくれる。
まるで向日葵のような笑顔で咲いて。
他の誰よりも俺に恋している、かわいい祝福の音。


光とはこの瞳にありままを映すだけ
光が無ければ何も見えない何も生まれない
光があれば見たくない事も浮き彫りになる
光のもとでお互いの心を暴きあおう



11.12/13 UP



うちのニールは好きな子ほど虐めたいタイプ。
ライルは好きな子ほど大切にしたいタイプ。
何故ならニールはライルが好き過ぎて笑顔で虐めるので、その反動でライルはエイミーを大切に大切にしていたという
非常にどうでもいいうちのディランディず設定。
ライルの本来の得意分野である射撃を後からニールがのし上がっていくでも、
どっちもやってたけどライルに「お兄ちゃんすごい!」って言って欲しくて頑張ってたら頑張り過ぎて嫌われたでも。
はあこの時にショタあれるやがいる妄想が止まらんです。
ホームステイとかでも仮保育でももうなんかニールの許嫁とかでも。

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