sweet my home
…最近アレルヤは、白い服を好むようになった。
白だけじゃない、オレンジを始め黄や赤、青や緑のカラフルなものも、以前より多く手にとるのを見るように思う。
標準の成人男性であればそろそろ肉体の衰えが現れ始める三十代になっても、その鍛え上げられた質のいい筋肉は衰えを知らず、まだまだ現役ですと言わんばかりに引き締まっている。
その細くもがっしりとした肉体を、男性特有の色香と共にその白いシャツの中に隠しているのだから、尚恐ろしい。
しかもその魅力溢れる体の上には、世の女性が放って置かないだろう、ストイックな甘い顔が付いているのだ。 ……本当に同性である俺から見ても、大変魅力的な男性に成長したと思う。
誰にでも優しく、炊事洗濯掃除も万能、そして献身的に夫を支えてくれる良き妻だ。
ああそうか、妻なのだ。
目の前で真っ白のシーツを広げて、洗濯物を干しているこの人は、俺の、奥さん。

「どうしたの、難しい顔して」

パンパンッと景気のいい音を立ててシーツをはたくと、アレルヤは俺の方を振り向いて覗き込んできた。
金と銀のオッドアイはまるで猫みたいで、でも腰を屈めて覗き込んでるその姿はさながら大型犬のようにしっぽを振ってるのが見えてしまう。

「いや、なんでもない。…いい嫁さん貰ったなーって思って」
「急になんですか…褒めても、何も出ないよ?」

少し頬を染めて、照れ笑いをするアレルヤがカラカラと後ろ手にテラス窓を閉めて、ソファに腰掛ける俺の横にちょこんと座った。
あまり体格差は無い筈だけれど、小さく縮こまって座るのはこいつの癖だ。
すりすりとまるで猫のように擦り寄ってくるその姿は成人男性とは思えないくらいの殺傷能力を持っている。
ただし俺限定で。

「…いい天気だなー」
「そうだね。…今日は何処か出掛ける?」
「うーん…今日は、家で寛いでたい」

その擦り寄ってくる背を後ろから抱きすくめる。
今日はいい日だ。
多分、明日はもっといい日。

「ふふ、甘えん坊さん」

微笑って俺を抱きしめ返して、柔らかいキスがやって来る。
永遠に蜜月でいいと思う。
だって二人は、いつまでも新婚なのだから。




10/10/30 UP


I want to live in paradise.
Tonight, At the somewhere of the earth.


赤、白、黄色、青、緑、黒。
すべての色が溢れるこの世界で
僕たちは……

完全に落ちた目蓋が、一瞬の覚醒と共に開かれた。
しかしうとうとと何度もそれは綴じようとするので、無理矢理にでもこじ開ける。
欠伸をしながら、腕の内にある暖かみにしばし酔い痴れた。
正直言って幸せ過ぎると思う。
すぅすぅと寝息を建て続けている、最愛の妻の寝顔を眺めた。
影のあるこの人は、愛にも恋にも無頓着で、何度自分のものにしたいと呪ったのだろうか。
そんな自分の感情が嫌で、独占欲なんて自分の中には無いんだと押さえ込み、愛からも恋からも逃げるように遠ざけた。
しかし今こうして、一緒になっているというのは、一体全体どうしたことだろう。
気付けば三十も半ば、戦いに身を投じ、激動の十年を駆け巡った。
長かったとも感じるし、短かったとも感じる。
まあ半分近くは病院に監禁状態だったけれど。
今は抱き締められる距離に愛おしい人がいるのがとてつもなく幸福だと思う。
そんな小さな幸せを噛み締めながら浅い眠りからの離脱を図ろうとしていると、ぷるぷると抱き締めていた肩が揺れた。
まさかと思い、長く伸びた髪の間から健康的な肌が覗いていて、仕返しにとそこへ噛み付いた。
「やだ、止めてよ」
くすくす笑いながら背けられていた顔がこちらを見る。
長めの前髪は間を分ける様に横に流れて、二色の連星を瞬かせている。
やはり、狸寝入りだったようだ。
「だってお前、何笑ってんだ」
「ごめんなさい、だってあんまり気持ち良さそうにあなたが寝始めたから」
「…まだ体が本調子じゃねーんだ。リハビリ疲れだよ」
夜寝れなかったり、昼間に急に眠ってしまう病気のようなモノなのだ、と言い訳をする。
もう一度伸びをしながら手の平を握ったり開いたりを繰り返して、身体中に行き渡る電気信号を確かめた。
「違うちがう。そうじゃなくて、抱き締め返して来たと思ったらすぅすぅ寝ちゃって……驚かそうと思ってたのに」
うっとりとこっちを見てくるんだもの、とアレルヤは笑う。
しかし微笑は笑いを隠しきれず、かたかたと肩が震え始めて、必至に笑いを堪えているのが理解出来た。
それ以上に、その感情が直接伝わって来てしまうのだから、嘘を吐く事など不可能だった。
「あのさ、今お前が俺の事すっげーバカにしてるの解るんだけど」
「ちょっと、盗み見なんて酷いですよ」
「盗み見じゃねーし!調節効かなくて伝わっちまうんだから仕方ねえだろ!」
「早く調整出来るようになって下さいよ…。じゃないと、この新しい時代生きてけませんよ?」
新しい時代。
人々は新人類へと移り変わり、理解し合う為の脳量子波を手に入れた。
プライバシーもへったくれもない、とんだ能力だ。
「いいもん、俺が解るのはお前だけ、俺の事が解るのもお前だけ。もう残りの余生はこの家で過ごすって決めてるんだ、今更ここを出てく気なんてさらさらねえよ」
「えらく短い人生だね?」
「周りが俺たちを置いて行ってるだけさ」
ふと笑みを零す。しかしアレルヤは、何処か陰りのある表情をこちらに見せた。
「──……か」
「え?」
「貴方の事、置いて行ってしまおうか」
「……縁起でもないこと言うなよ」
「冗談だよ」
置いて行くのも置いて行かれるのも、もうごめんだとアレルヤは言う。
緩めていた腕が、もう一度俺を抱き締める。
表情は伏せられてて見えなかったが、何を考えているかよく解った。
「俺がいなくて、そんなに寂しかった?」
「どんなに寂しかったか貴方に理解できる?」
何も言わずに去って行った貴方に僕の気持ちが。
「…わかんねえよ。でも考える事は出来る。教えてやろうか?」
「ふふ、ご教授お願いします」
胸が押しつぶされそうな程苦しい気持ちを伝心させる。
もしもアレルヤが、俺を一人にしてどこか遠くへ行ってしまったら。
もしもアレルヤが、俺を置いて見知らぬ誰かへ行ってしまったら。
ゆく当ての無い愛は何処へ辿り着くというのだろう。
想像は出来た。
身を切られそうな程の痛みが心を伝う。
ああ、想像だけでこんなに痛い気持ちなのに、どうして、俺は
「あなたがいないあいだ、いろんな世界をみたよ。」
真っ暗闇の宇宙を旅立ち、緑に溢れる森を抜け、赤い光を通り過ぎる。
真っ青の海を越えて、黄色い砂漠を彷徨い歩いた。
全てが白く染まる場所で、もうあなたがいないと思い知ったとき、どれだけ孤独で包まれただろう。
世界中何処を探しても、どんなに遠いところへ行っても、どれだけ高い場所へ登ろうとも、あなたはいなかった。
「ハレルヤと、マリーと、ソーマと、四人で世界中を回った」
まるで刹那とティエリアと、あなたと、一緒に居るときみたいだった。
一人真っ白な雪の中で、全てから断絶されたなかで。
「ねえ、僕の気持ち、わかる?」
「伝わってるよ」
一緒ではないけれど、同んなじ感情を俺も抱いていたから、理解は出来た。
ただ罪深い事は、こんな風になってしまったアレルヤを置いて行ってしまったこと。
ただ罪深いのは、こんなに悲しい気持ちでいっぱいのアレルヤに、すぐにあいに行って抱き締められなかった自分。
「あのね、ぎゅうってして…?」
言われるが儘に強く掻き抱く。
息を乱してその首筋に頭を埋めた。
先ほどじゃれあった時に噛み付いた場所に口付けを落とす。
緋色の花片が一枚そこに咲いたが、くすぐったさでか首を捩らせて、それは深緑の髪に隠されてしまった。
「…もう、何処でついたの?こんな癖」
俺の背中に回されていた手でアレルヤは自身の首筋を押さえた。
唾液を拭うように少しそこを指の先でこすり、その指を俺の唇に押し当てる。
「"おあずけ"?犬か何かか、俺は」
「犬よりタチが悪いよ……ん、」
「酷いな、大切な旦那サマのこと犬扱いだなんて」
「だからそんなのじゃなくってっ…、!」
抗議の言葉を紡ぐ唇を、唇で塞ぐ。
それは簡単に舌の絡まる音にかき消され、息使いの煙に消えた。
こいつは恋人同士がする、このキスが大好きだ。
舌先で上顎の歯列を舐め上げれば、肩が揺れるのを俺は知っている。
知っているからこそ、そこには触れない。
ちゅ、ちゅ、と粘性のある音の後に唇は離れた。
名残惜しげに唇と唇を繋ぐ唾液の糸がぷつりと切れる。
「…っはぁ、あ……」
すっと顎を引くと、うっとりと瞳を蕩けさせたアレルヤの表情が目の前に広がった。
恨めしげに、物足りなさげに、アレルヤはその蕩けた表情できゅっと眉を寄せる。
「何かいう事は?マイハニー」
冗談めいて、ウィンクを投げる。
「……ッ、わかっている癖に!」
ああそうだ、分かっている。だって俺たちにはもう言葉なんて必要無くなってしまったから。
ただ本能に任せて、その身を貪った。
飢えて、焦がれた愛おしい人。
二人の世界は、輝かしい極彩色に溢れている。
君がいれば地獄もバラ色に変わるだろう。




僕は楽園に生きたい。
今夜、地球の何処かにある。

きっとそこは、貴方の傍だといい。



11/11/09 UP



2010年11月18日
というメモがあったのですが
一年も放置してたので尻切れトンボです
エベレスト単独登頂にチャレンジするアレルヤを書きたかったのですが、登山なんて無経験なので、仄めかす感じで。
電磁雪嵐で、脳量子波ですら遮断されて、ハレルヤすら感じる事が出来ない孤独、そして無色の世界に取り残されたアレルヤの事を考えると、涙が出ます。
世界中どこを探しても愛していた筈の恋しい人がいない。
恋しい人は自分の傍にいて。
たとえ地獄でも、バラ色に染まって、そこがなによりも欲した楽園へと変わる。
二人でいれば何処でも永久楽土なんでしょうね。

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