無意識
爆風、砂塵、血の匂い、肉の焼ける臭い。
これは無意識に呼び起こされる、過去の記憶。
夢の現実。幻の現実。直視したくない程の記憶。
誰か早く揺り起こして。
自分だけではこの苦しい悪夢から目覚めることが出来ない。

「……ン、ロックオン、ロックオンってば」
眠りの淵で、誰かに揺さぶられる。誰の名前を呼んでいるのか、覚醒しきらない夢の中では理解が出来なかった。
「ーーニール?」
その名前を呼ばれて、はっとする。
自己の統一が図られて、今この現実と直面した。
「!、……あ、あぁ、アレルヤ、」
「びっくりした、目開けたまま寝てましたよ」
魚みたいに、とアレルヤは妙な喩えをする。どうやら意識が完全に飛んでいたようで、ずっとアレルヤが呼び掛けているのにも関わらず、ニールは気付くことが出来なかったのだ。
「悪い、考え事してた」
「周りが見えなくなるくらいにかい?……もう、消灯の時間じゃないか」
どうやらニールがいた食堂以外はもう電気が落とされていて、開きっ放しの扉からは真っ暗な廊下が見えていた。微かに足元にある警告灯だけが青白く光っている。
「はは……疲れてるのかもなぁ」
わざとらしく伸びをした。座ったまま同じ体勢をしていたからか、ポキンと骨の鳴る音が聞こえる。
「ああほら、もうコーヒーが冷たい」
「あっおい、それ…」
「飲みたいんでしょう?僕のは淹れたてですから、どうぞ」
机の上に置きっ放しにしていたマグカップをアレルヤは自分の口に運び、そして自分が淹れたであろう、まだ湯気の昇るマグカップをニールへと差し出した。
「僕は……ホットって気分じゃないみたいだから」
「ありがとう……」
アレルヤが自分の気分の話をするのは珍しいと思いながらも、ニールは温かいコーヒーを口に運ぶ。
(甘い……カフェオレ?)
たっぷりのミルクと砂糖に気が付く。
ただミルクを淹れただけのクリーム色とは違った味だった。しかし、自分がアレルヤと交換したそれは。
「アレルヤ、俺のブラックだぞ」
「うん、知ってる」
それがどうしたんだい、とアレルヤはついに本を読み出してしまった。
(まさか、俺の為に淹れてくれた?……ないな、アレルヤには、そんな気が利く事なんて)
無意味な予測を巡らせる。どちらかといえばアレルヤは、無頓着な性格だ。何にも固執しない。ただ自分の考えを善しとして他人とは極力関わらない、悪くいえば自己中心的な人間だ。
「今更だけど、コーヒーなんて飲んで眠れなくならないか?」
「大丈夫だよ、……今日は、遅番だから」
「でも、だからって」
そんなアレルヤだったからか、渡されたカフェオレのせいでか、珍しくニールはアレルヤに食い付いた。
きっと本名を呼ばれたせいだ。
戯れに教えた本名。他人を頼らないアレルヤが、少しでも気が楽になれるようにと教えたもの。
別に頼りにされたかった訳では無いけれど、遠回しに、苦しいのはお前だけじゃないんだと伝えたかった。
同時にニールは、己の弱さをアレルヤに知っていて欲しかった。
「眠りたくない日だって、あるでしょう?」
だからロックオンだって、コーヒーを飲んでたんじゃない、と言われる。
揚げ足を取られる。もう、ニールとは呼んでくれない。
「……じゃあアレルヤ、俺も見回り手伝うよ」
温かいコーヒーの礼だ、とニールはマグカップを顔のすぐ横にまで持ち上げて見せて微笑った。
「そんな事…構いませんよ。ロックオンは朝早くにターミナルへ行くんじゃないか。遅刻してしまうよ」
「眠らなきゃ遅刻なんてしないさ」
ぎょっとしたような顔で、アレルヤは本を閉じて拒否する。しかしニールの言葉を聞いて、アレルヤの表情はさらに一変した。
「それって凄く身体に悪いよ!絶対に駄目です!」
「眠りたくないんだから仕方無いだろう?」
アレルヤの言った言葉をニールは言い訳に使う。してやったり、といった風ににやりと歯を見せてニールは笑っていた。
「駄目ですよ、僕はともかく……その、明日貴方はミッションなんだから……っ」
「じゃあ、交代の時間まで」
「それでも…十分に遅いですって!」
だだを捏ねるニールにアレルヤは少し声を荒らげてしまう。ミッションに支障が起きる、といいつつも、アレルヤはニールの体調を気に掛けていた。
「じゃあ俺待ってるから、今日は一緒に寝よう?一人じゃ眠りたくないなら、二人で眠ればいいんだよ」
しかしニールにアレルヤの言葉は伝わらず、一人饒舌に話し続けた。まるで一人で眠るのを怖がる子供のように、珍しく執拗にアレルヤと共に居るのを望んでいる。
「そうだ、それがいい!俺の部屋にこの間地上で買った変わったシェードのランプがあるんだ。ランプっていうか、くるくる回る子供が遊ぶようなやつなんだけどさ、ステンドグラスみたいに綺麗なんだ」
「それでそれで、朝はお前が起こしてくれよ。その後は俺の部屋使ってくれてていいから、ミッションから帰って来たら一番におかえりって言って欲しいなあ」
ニコニコと屈託の無い笑顔を浮かべるニールに、ついにアレルヤは折れてしまう。
「……ロックオン、子供みたい」
「なんだよ、駄目か?」
拗ねたようにニールは眉を寄せる。本当に子供のような彼に、きっと夜から振り回されるという事は、もうアレルヤには目に見えていた。
「ううん、駄目じゃない」
その代わり、交代の時間になったらちゃんと寝るんだよ、とアレルヤは付け足す。
はぁと溜息混じりに、アレルヤはニールを見て困ったような微笑を浮かべる。少し眉を下げるその笑い方は、
ニールにとって見慣れたもので、苦でもなんでもなかった。
「じゃあ決定だ」
それを聞いたニールはまたぱあっと嬉しそうな笑顔を浮かべて、アレルヤの手を取る。
「アレルヤ、行こう?」
「うん」
アレルヤはそのニールの笑顔が大好きだった。
夜中の彼は、誰にも邪魔されない素直なままの彼だったから。
戯れに教えられた本名も、深夜の彼に伝えられたもの。
これが本来の彼の姿だと思いたかった。
いつも押し込めているこの姿を知っているのは、自分だけなのだと自惚れたかったのだから。
そしてそのまま、無意識のままニールに恋していた。


ニール、大好きなんだよ
ずっと抱きしめていてね
離れないでそばにいてね
いつの日にか好きだって
伝えるのを楽しみにして
好きだよって大好きって
愛しているよって言うよ
だから待っていて欲しい
アレルヤ、愛してるんだ


「…いってきます、アレルヤ」
パイロットスーツを纏ったニールはもう、ロックオンに戻っていた。これから行く先は戦場。死ぬかもしれない瀬戸際。此岸と彼岸の境目へ。
人は目覚める度、無意識と意識の境界を跨ぐのだろうか。
まだ眠り、無意識の海へ沈むアレルヤの頬へと口付けを落とした。
「ちゃんと、帰って来るよ」
そして俺を夢から目覚めさせてくれ。
お前の声で。
『ニール、おかえりなさい』
部屋を出る時、アレルヤが微笑んでいたことにニールは気付かなかった。
眠りの浅瀬で、アレルヤは夢を見る。
愛おしい人が自分を抱きしめて、キスを与えてくれる。
そんな幸せな夢を。

11/09/12 UP

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