オレンジの理由
《――現刻1000よりデュナメスとキュリオスの起動及び性能実験を行います。各ガンダムマイスターはノーマルスーツ着用後速やかにカタパルトデッキへ移動して下さい。繰り返します……》

 自主訓練中のため音声コールを切っていた自室に、船内放送が流れた。どうやらこれから合同演習のようだ。 予め前日に起動テストがあるとは聞いていたが合同でしかも性能実験も兼ねているなんて聞いていない。

「AIのプログラミングが出来上がるまで性能実験は無しだって言ってたのになあ……」

 俺は整備中のハンドガンの部品を無くさぬよう早急に組み立て、服を脱いでロッカーに置いてあるアンダーシャツとノーマルスーツを身に纏った。 ぴっちりした服はあまり好みじゃないが、これもまた仕事着だ。 馴れなければとは思うものの、やっぱり落ち着かない。 食い込む腰周りを手でひっぱりつつ、俺はヘルメットを片手にカタパルトデッキへ向かった。

「来たわね、ロックオン」

 そこには既に眉目麗しい戦術予報士、スメラギ・李・ノリエガとキュリオスのマイスターが居た。 この少年とは何度か会ったことはあるがノーマルスーツの姿では初めてだった。

「少し遅れちまったかな? ミス・スメラギ」

 俺がそう言うと、ミス・スメラギはにこりと微笑みながらキュリオスのマイスターの頭を撫でた。

「そんな事無いわ、寧ろ私達が早過ぎたくらいね」
「ハヤスギタ! ハヤスギタ!」

 ミス・スメラギの一声で、キュリオスのマイスターが手にしていたキュリオスと同じ色のAIが暴れた。 それは確かガンダムの整備などをするAIで、カレルと繋いでいない時は主に集団で転がっていたりそこらを飛び回っていたりしていたものだった。 暴れるAIをキュリオスのマイスターは静めようと暴れちゃだめだよ、と宥めている。

「えーと、それは?」
「この子がガンダムの援護操作してくれるAIよ。 本当は今日貴方にも緑色のを用意していたのだけれど、生憎修理中で」

 だからプログラムはこの子にいれてあるから、彼とこの子を交代で使ってね、とミス・スメラギは言い、カタパルトデッキを後にした。 すると頭一つぶんくらい小さいキュリオスのマイスターが、じっと俺を見詰めて来た。そういえば、この子とはあまり話した事が無い。

「今日は宜しくお願いします、ストラトスさん」
「、っよ、宜しく……えーっと?」

 先手を打たれ、名前がすっと出てこなかった。 確か、ハレルヤ……とかなんとか、そんな感じ。

「アレルヤです。アレルヤ・ハプティズム」

 少年――アレルヤはそう言い、ぎこちなく微笑みながら俺が差し出した手を握り返した。 よかった、間違った名前を言ってしまい悲しませる所だった。偽名とはいえ、人に名前を間違われるのはいい気分では無い。 しかし、なんとも大層な偽名だ。

「アレルヤな。俺はロックオン・ストラトス……って知ってるか。ロックオンでいいぜ」

 にこりと微笑み返し頭を撫でてやる。 するとアレルヤはくすぐったそうに目を細めた。

「ロックオン、ですね。解りました」

(あ、可愛い……)
 長く垂れた前髪とその肌の色や切れ長なグレーの瞳の風貌からエキゾチックで近寄りがたい雰囲気だったアレルヤだが、こうして話したりすると優しい口調で可愛いげのある普通の少年だった。 まさしく祝福、洗礼の名に相応しい、どこか悩ましげな……

《オーイ二人とも聞こえてるかあー?》

 アレルヤに見惚れていると、急にカタパルトデッキに放送がかかった。 少し大きめの音声調整が耳に響く。

「おやっさん!?」

声の主はこのプトレマイオスのクルーで唯一のメカニックであるイアン・ヴァスティだった。 驚いて上を見上げると、ガラス越しにイアンがこちらを見下ろしていた。

《その様子だと聞こえてるようだな。これから起動テストを兼ねた性能実験だ。 お前らの反応速度や的確砲撃度を調べるから心していけよ!》

 カタパルトデッキを上から臨むオペレータールームの音声放送装置からイアンは高らかな笑い声を響かせながら続ける。 さっきまでの全部を見ていたのかと思うと、少し気恥ずかしい。

《まずはキュリオスからだ。ロックオンはこっちに昇って来て待機》

 なんだ、待機か。即テストじゃなくて良かったと内心ホッとする。 殆どさっき聞かされたようなテスト内容に俺はちゃんと出来るか少し不安気味だった。

「じゃあ、僕行きますね」

 そう言うとアレルヤはAIを抱き抱え直した。 頑張れよ、ともう一度アレルヤの頭をぽんぽんと撫でてやると、アレルヤははにかむように笑いキュリオスへと向かっていった。





 俺はオペレータールームでコーヒーを啜っていた。 テストに対する緊張など、もう皆無に等しかった。少し薄暗いオペレータールームでは、カタカタとキーボードを操作する音が響く。

「なんじゃこりゃあ……」

 イアンはそう呟き、とても信じられないといった顔をしていた。 バリバリと頭を掻き、腕を組む。

「おやっさん、どうかしたのか」

 コーヒーカップを机に置き、イアンの横からオペレーション画面を覗くと、そこには普通なら有り得ない数値が並んでいた。

「これっ……今の、アレルヤのか?」

 反射、対応、精密さ、確実さ、どれをとってもオールSランク。 テストだからSを取るのが当たり前だろうが、隣に並ぶ数字は異常だ。 ヴェーダからのシンキングでは「補助AI必要無し」と出ていた。

「こりゃあキュリオスからユニットは取り外しだな……」

 イアンは眉を寄せると、通信でオペレータールームにアレルヤを呼び出した。 席を外すよう言われ、オペレータールームの外の廊下で待つ。 デュナメスのコックピットの中で待っていたかったが、アレルヤがAIを手にしたままオペレータールームに入ってしまったのでここで待つしかなかった。 十数分もするとシュッという空気の抜ける音がした。

「アレルヤ、?」

 オペレータールームから出て来たアレルヤは苦しそうに顔を歪ませ、今にも泣き出しそうな表情でAIを抱きしめていた。 アレルヤイタイ、アレルヤイタイと電子的な音声が響く。

「アレルヤっ、どうした? 何かあった?」

 膝を屈ませ目線を同じにしてアレルヤの頬を撫でる。 アレルヤはわなわなと震えながら口を開いた。

「……ぼくが、やりすっ、ぎたからっ、はろ、ハロっの、っ」
「いいから落ち着け、なっ?」

 よっぽど悲しかったのだろうか、涙は流れていないもののとても悲痛な声が洩れる。 そんなアレルヤを見て、ズキ、と心が痛んだ。ポンポンと背中を叩いてアレルヤの呼吸を落ち着かせてやる。 二、三度深呼吸するとそれでもしゃくり上げながらアレルヤは続けた。

「キュリオ、スにはっ、ハロが要ら……なぃから、外す、って……ハロ、棄てられっ……」
「俺が使ってやるから!」

 アレルヤは弾かれたように目を見開いて俺を見る。 正直、何故自分がこんな事を言ったのか解らなかった。 ただ今にも大粒の涙を零しそうなアレルヤを見たくなかったのだ。 きっと、さっきの笑った顔があまりにも可愛かったからだ。

「だから、な? 泣くなって。ホラ」

 泣きそうなアレルヤの腕の中からAIを奪い、目尻にちゅっと唇を寄せた。 切れ長の瞳がまた見開かれる。ああ、でも泣きそうな顔も可愛いかもしれない。

「本、当ですか……?」

 不安げに聞き返してくるアレルヤを安心させようと、ウィンクをしてAIを自分の顔の辺りまで持ち上げて名前を聞く。

「ああ勿論。、えっと名前は……」

 名前を聞くとオレンジ色のAIは耳をパタパタと羽ばたかせ、眼にある真っ赤なLEDライトをチカチカとさせながら「ハロ!ハロ!」と言った。

「よーしハロか。これから宜しく、相棒?」
「アイボウ!アイボウ!ロックオントハロ、アイボウ!」

 けたたましく騒ぐハロを見て、アレルヤはまるで花のようににっこりと笑った。 やっぱり泣き顔より笑った方がいい。あんまり可愛いから俺がその頬にもう一度唇を寄せると、アレルヤはびっくりして顔を赤くしたのだった。 ああ、後でミス・スメラギに緑色のハロは機体補助より整備に回してくれと頼まなければ。

それ以来、俺の相棒はこのオレンジ色のハロ。





08/11/02 UP

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