One more...

掃除屋≪スイーパー≫であるNに、ある人物の殺害という仕事が入った。
クライアントからの要望は、ただ「ターゲットの殺害」のみだった。ある国の、ある街の、スラムの一角で。
俺はクライアントから用意された無人のアパートの部屋へ不法侵入する。尻尾は残さないよう、全ての形跡を消すように俺は歩いた。部屋の窓を一寸程開けて、ギターのケースからあるものを取り出す。
俺の獲物。何処にでもあるようなライフルだ。万が一見付かってもいいように、形は狩猟用に偽装が施され、ギターのケースの内側には偽物の狩猟者のライセンスカードが入れられていた。
少しだけ開けた窓のへりに銃口を据える。構え、スコープを覗いた。
写真で見たターゲットは東洋人。細身で身長は高く、肌は健康的に日焼けしている。緑がかる程の艶やかで豊かな黒髪の持ち主で、これで性別が女なら交際を申し込みたい程の美貌だったのだが、残念ながら全身写真を見れば男のようだった。
気味が悪いくらいに伸ばされた黒髪は、顔の半分も隠していて、その表情は掴めない。特徴といった特徴はその女のような髪型と、凍りつく程の銀色の瞳だけだった。
それ以外は何処にでもいそうな純朴な青年だ。きっとこの野暮ったいくらいのたわわな髪さえ無かったら、女性から黄色い声があがるくらい整った顔立ちなのだろう。
「女なら、接触したのになー…」
しかしクライアントからは、接触禁物を超えた【接触厳禁】が通達されていた。一体どれ程の危険人物なのか…それは写真からは計り知れない。あまりにも平凡な青年過ぎて、何かの間違いなのでは無いかと思ってしまう程に。
そしてスコープの先に、その青年がついに現れる。
「ごめんな、名前も知らないかわいい子」
それはきっと、お前が何か悪い事をしてしまったからなんだ、と心の中で諭した。自分の意思では無く何か事件に巻き込まれた被害者だったとしても、今こうして掃除屋である俺に依頼が来てしまう程にはこの青年は誰かに憎悪を抱かれているのだ。
そして、引き金に指を掛けた。
普通は何かアクシデントが無い限り、脳みそを撒き散らして道端に倒れている筈なのに、今日は奇妙な程肉塊が飛び散る音も何もしなかった。
ただ銃弾を受けた壁がひび割れているだけで、青年は何事も無かったように道を歩いていたのだ。狙撃された、と取り乱す様子も無く。
銃じゃ相手を殺したという手応えは分からない。サイレンサー付きだから銃声は無い。
一体何が起きたのか理解が出来なかった。こんな事は今まで経験した事が無くて、ただ解ったのは百発百中だった筈の俺の狙撃が失敗したという事だけだった。
相手が気付いていないのか分からないが、俺は急いで狙撃ポイントを変更する。今度はスコープを覗いたまま引き金を引く。しかしまた壁に穴が空くだけで、青年はスタスタと先へ進んでいくのだ。
「嘘だろ、ちゃんとロックしてんのに…ッ」
また焦りが募り、スコープを覗く。するとスコープ越しに青年と視線が合った。きっと銃痕の角度から狙撃ポイントを割り出したのだろう。銀色の視線に心臓を貫かれたと思う程、ドクドクと鼓動は高鳴る。
それを俺は最後のチャンスだと思い、引き金を引いた、筈だった。
「……うわぁっ!!!」
暴発。
その衝撃で俺は尻もちをつくように後ろに吹き飛ばされた。
日々丁寧に整備している俺の銃が暴発なんてあり得ない。コンマ数秒といった判断でライフルを投げ落としたお陰でなんとか怪我は免れたけれど、俺の愛銃は暴発したとは思えないくらいに見る影が無い程ひしゃげていた。引き金を引くまでは一直線にターゲットを狙っていた砲身が九十度に折れ曲がっていたのだ。
「嘘だろ、何だよこれ…!」
あり得ない、が三度続いた事に俺は恐怖した。
確かにこれは【接触厳禁】だ。まるで手品のように視線が合っただけで捕食する者が捕食される者へと立場が逆転したのだ。その鋭い銀色の瞳を思い出す。突き刺されそうな程に、凍てつく銀色を。
「ぼくを、殺すのかい?」
背後から声が聞こえた。まだあどけなさを残す、少し高い声。しかしその声色は落ち着いた、大人の男の声だ。年嵩は俺と同じくらいの十代くらいか、と思った。
窓の外にターゲットはもういない。まるで瞬間移動でもしたのかと疑ってしまう程だった。質問からして後ろに立つ男は、ターゲットである黒髪の青年。
俺は気付かれないよう懐の短銃に手を伸ばした。振り返るその瞬間が、俺に残された最期のタイミング。
「きみにぼくは殺せないよ」
最期のタイミングは、青年が俺の正面にしゃがんで覗き込むように現れた事により奪われてしまった。
そっと両手がこちらに伸ばされる。
首を絞められると思い、ぎゅっと瞳を閉じた。抵抗出来る術はもう無かったのだ。スナイパーにとって、接近戦は命懸けなのだから。超遠距離から一発で仕事を終わらせるような俺には、接近戦の経験など皆無だった。過去に何度か失敗した時は、その距離を利用して狙撃ポイントの変更か、戦線離脱を計るのが普通だった。
しかしそれはスナイパーとしてデビューしたての頃の話で、ある程度経験を詰んだ今だったからこその、焦りと緊張だった。自分を過信していたから、外した時のショックが混乱を招く程の大きなものとなる。
これが自分の終わりか、と思った。
あまりにもあっけない、二十年にも満たない俺の人生だった。
自分は一体、誰の心に残れたのだろう。きっと殺意と憎悪なのだろう。結局復讐を遂げる事はできずに、俺は家族を殺したテロリスト以下の殺人犯で終わってしまった。
「やっと、逢えたね」
伸ばされた両の掌で頬を撫でられて、そのまま抱き締められる。
青年の声は、震えていた。
かたかたと身体も震えて、そしてその氷のような銀色から、涙を流している。
「会いたかった、会いたかった、会いたかった…!」
床に膝を落とした青年に縋り付くように抱き締められて、俺ははっとした。瞬間その腕を振り解いて、距離を取るように立ち上がった反動のまま一歩後退する。
俺はその振り解いた一瞬の隙をついて短銃を取り出し、青年へ向ける。震えていたのは、どうやら俺の方だった。銃身が揺れ、狙いを定められない。
「誰だよ、お前、何なんだよ…ッ!」
青年は銀色の瞳に涙を溜めて、ぼんやりと立ち上がった俺の方を見ていた。
「無理も無いよ、君は僕を知らない。だけど僕は君をよく知っている。君が銃を握る理由も、その復讐の対象も。……僕は君を守りたいだけなんだ……」
何の迷いも無くそう言い放つ青年に俺は苛立ちを覚えた。このまま発砲してもよかったが、また魔法のように銃身の先から消えられては困ると思い、威嚇しながら質問を続けた。
「頭がおかしいのかよ、俺を守るって?今この状況見てなんとも思わないのかよっ」
ぺたりと床に腰を落としたまま青年は俺を見上げて、その瞳からついに溜まった涙が一筋零れる。その涙に動揺したのか、その後の言葉にか、俺は固まってしまった。
「逢いたかったんだ、ニール……」
ニール。
ニール。
ニール?
何故こいつは、俺の本名を知っているのだろう。
そんな疑問をぶつける前に、青年は言葉を続ける。
「君は生きなきゃならない、君が世界を変えるんだ。このままじゃ、君の大好きな人たちが…君の守りたかった世界が……」
青年ははらはらと涙を零しながらそう訴えた。
俺が、世界を変える?こんな腐った世界を?
その言葉に途轍もない魅力を感じた。テロリストどもを追い掛けるしか無い俺が、家族の仇を探し続けていた俺が、世界に報復出来る?
「お願い、ニール。僕は世界を変えたいんだ。君にも分かるだろう?聞こえるだろう?世界の嘆きが」
世界を変えたいという願いの元、集った仲間なんだ、と青年は言った。
「じゃあ、俺は…どうすればいい…!」
短銃を投げ捨てて青年の襟に掴みかかる。涙を流し続ける青年の瞳が、鋭さを取り戻した。
「僕と一緒にきて、ニール」



「これで準備は整ったよ」
じゃあニール、撃って、とアレルヤは言った。
「撃て、って、お前……この死体」
アレルヤは、俺のターゲットだった。そのターゲットと手を組むという事は、クライアントからの仕事を放棄するという事になる。その仕事をあたかも「成功した」と偽装工作するのが最初の仕事だと、アレルヤが死体を用意したのだが、
「……お前と同じ顔じゃないか……!」
「大丈夫、特注品だから魂は入っていないよ」
瓜二つのその人形は、アレルヤの双子の弟だと言われても疑う余地の無い程の精巧さだった。
そっとその人形の頬に触れる。死体と同じように冷たかったけれど、同時に人形とは思えないくらい肌の質感が、人間と同じだったのだ。
「僕のDNAを元にクローン培養したものさ。魂は入っていないけれど、この時代の検死解剖の技術なら十分に誤診してくれる筈」
そう言ってアレルヤはまるで本当に人形を扱うように壁に立て掛けた。
クローン技術は二十世紀後半に成功した技術ではあるけれど、人権問題などで人間には殆ど適用されない技術だ。生きていない…精神が存在しないクローンの身体だけを、アレルヤは用意してきた。
現在の医学では不可能なのだ。卵子と精子とDNA情報があれば確かに可能だが、まったく同じ核分裂は起きない。似ているレベルのものしか出来ないし、赤子の状態ならまだしも、姿形もまったく同じで、心肺停止の状態のクローン培養だなんて不可能の筈。
不可能を可能にする、アレルヤはまるで本当に未来からの使者であるかのように立ち振る舞った。
その人形を俺は撃ち抜く。
人形は悲鳴なんてあげなかった。

*****

「……まず、君は現実を受け入れなければならない」
脳みそが撒き散る惨劇の場を古ぼけたアパートの一部屋から確認して、その部屋を俺たちは後にした。
物語は俺のアジトで始まる。窓辺で椅子を向かい合わせて、神妙な面持ちで顔を見合わせた。
「僕は君の運命を知っている。……とても残酷な運命だ」
「運命?」
「そう、運命。未来とも言えるそれを、僕は変えたい」
「……俺の未来が世界の命運を握ってる、ってか?」
「さあ…そこまでは。僕はそんな未来を経験してないもの」
「どういう事だよ…」
言っている言葉はまるで精神異常者のそれだが、アレルヤと俺の会話は噛み合っていた。では虚言…妄想か。信じれるわけが無かった。
「参考までに聞くけれど…ニール、今君は何歳だい?」
「…19、」
質問に素直に答えるとアレルヤは何故かほっとしたように息を吐く。
そして少し険しい表情で、俺を見詰めた。
「このまま僕が経験した通り世界が回れば、君は六年後に死ぬ事になる。世界を虚実と虚構の混沌に落としいれて」
愕然とした。世界を変えるどころか崩壊に導き、死ぬのだと伝えられ、思わず声を荒らげてしまう。立ち上がった瞬間に、椅子が倒れてしまう程に。
「嘘だろ、俺、死ぬのかよ…!!!」
「そうならない為に僕が居るんじゃないか!」
アレルヤの大きな声に、俺はぐっと押し込まれた。
「……ごめん、怒鳴るつもりじゃないんだ……」
そしてまた、アレルヤは銀色の瞳を滲ませる。それを覆い隠すように、右手で目頭を抑えた。
「少なくとも君と僕が手を組む事によって、君が死ぬ事になる要因の一つは避けられる」
「要因って?」
「直接的な死亡の理由…聞きたい?」
そうアレルヤに尋ねられ、俺は迷った。たった数年後に自分は死ぬ、そう聞かされただけでも十分衝撃的だったというのに。
「……いや、やめておく」
アレルヤが【未来を知っている】という言葉は正直言って信じられなかった。ただ世界を変えるだけの力だ俺にあるのだと言われ、そこに食いついただけだったから。
「そう。…その方がいい」
「これが、俺が受け入れなければいけない現実?」
アレルヤはこくりと頷いた。
事実を受け入れろ、というよりも事象を受け入れろという事なのだろう。いつか人は必ず死ぬ。その曖昧な「いつか」を常に自覚しておけ、といった意味。
「君はいつも通り、このスナイパーの仕事をしていればいい。ただ、守って欲しい事が三つだけあるんだ」
守れる?とアレルヤは俺を嗜める。
たった三つの約束を守るだけで世界が変えられるのなら安いもんだ、も二つ返事を返した。
「一つ、君が依頼された仕事の内容を僕に全て伝える事。二つ、僕が用意した仕事は、必ず僕と二人で実行する事。みっつめは……」

「ぼくを、ずっとそばにおいてね」

そう言ってアレルヤが微笑んだ。
初めて見た時の険しい顔でも、涙を流して俺にしがみつく時の顔でも無く、ただ穏やかに。
その三つ目の約束がどれだけ深く答え難く、そして重要だったかなんて、その時の俺には分からなかった。
答えられなかった。
まるで一度俺と離れてしまったかのようにアレルヤは呟いたのだ。
そして未来を握るアレルヤと俺は世界に病み、此処で巡り合った。
夢物語は始まる。
もう一度チャンスをください、と。

next…?


11/09/11 UP







むぎ様リクエスト、スナイパーニール×超能力者アレルヤでした。
あんまり超能力者っぽくないですが、まどまぎのほむらちゃんみたいにニールの狙撃を予知して瞬間移動で避けてます。
あとスプーン曲げの要領で遠隔ライフル曲げ…。
そして時間移動者。タイムスリップです。
超能力者ってこういうイメージしか無かったんですすみませんでした…
詳しい設定を伺いたかったのですがリターンアドレスが無く!すみません…こんな感じです…

二万hitリクエストはまだまだ受け付け中です〜
ありがとうございました!












ぼくがきみを守るから
だから女神さま、もう一度チャンスをください
もう一度彼と同じ時間を過ごさせて
もう一度彼と一緒に生きてみたいんだ

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