間違いなんて言わせない

その肩を抱く事を夢見ていた。
ああ、あと10センチなのに。
すぐ隣に君がいるのに、何処か遠い。
「ー…本当に、驚きましたよ。まさか貴方が生きてるなんて…」
じっとその銀灰と蜜金に見詰められる。
きらきらと、夜空に輝く満点の星のようで、思わず言葉を失う。
溜息が出そうな程美しく成長したアレルヤは、長い髪を一房に纏めていた。
すらっと伸びた手足は以前と変わりは無いけれど、豊かなその黒髪は女性的な印象さえ与えた。
だけどその長い髪に縁取られた顔は相変わらずの切れ長の瞳と、少し下がった眉が特徴的なただの青年だった。
「リジェネのお陰だよ。あいつが見付けてくれなきゃ、まじで亡霊やってたからさ」
「そうですね。前の戦いでも、彼が影で暗躍していてくれたから勝てたようなものだから…」
「…はやく、ティエリアにも会えたらいいんだけど」
未だ姿を現さないティテリアの姿を思い浮かべた。
卵型の子宮を思わせる装置の中で、或いは青白く輝く電子演算処理機であるヴェーダの中で、彼は眠りについている。
「ティテリアにも貴方のこんな元気な姿見せてあげたい」
そう言って、アレルヤは微笑を浮かべた。
以前の寂しげな笑顔ではなく、ふんわりと温和なものへと変わっている。
どうしてこのような表情が出来るようになったのか。
答えはすぐに理解できた。
「なあ、俺に対しては?驚いただけ?」
こっそりアレルヤの肩に触れた。
不自然に見えないように、力をいれてしまわないよう最善の努力をして、引き寄せる。
背後の壁に凭れ、手摺を握るもう片手にはたくさんの汗と、力がこもっていた。
焦りを誤魔化すように、視線は透明に外を映し出す壁を向く。
薄暗いこの展望室もまた、昔とは変わらずに仄青い地球が瞬いていた。
「嬉しいですよ、純粋に」
嬉しいのは俺の方だ、とは言えなかった。
夢の中で気付いた恋に、俺はもうどうしようも出来ないのだと諦めていたのだから。
抱き寄せる腕の力が強くなる。
このままぎゅっと抱き締める事が出来たらいいのに。
「それはそうと、あの」
「……ん?」
アレルヤの声が震える。
まさか肩に回していた手が邪魔だったかと思い、少し手のひらの力を緩める。
「少し、近いです……」
身を捩るようにして、どうにか俺と視線を合わせないようにアレルヤは抵抗した。
気恥ずかしいのだろうが、そんな可愛らしい行動をされるともっと虐めたくなってしまうのは、性なんだろうか?
「そうか?」
ふつふつと加虐心が芽生え出した俺は、少々荒っぽくもう片手を手摺からアレルヤの腰へと回す。
そして肩に回していた手と合わせて、更にぐっとこちらへと抱き寄せた。
至近距離でアレルヤの顔を覗き込むと、ほんの少し、その頬が紅潮しているのが分かった。
それに気を良くして、抱き締める力はけして緩めなかった。
「離して下さい…っ」
いやいやをするように、アレルヤは両手で俺を阻む。
嫌なら本気で抵抗すればいいのに、アレルヤはどうしてかそれをしない。
アレルヤなら簡単にこの場を脱出出来るくらいの力がらあるだろうに。
「なんで?ふつーにスキンシップしてるだけだぜ。……アレルヤは、俺が帰って来て嬉しかったんじゃないのか?」
少し意地悪っぽく言ってしまう。
アレルヤともう一度再会出来て、触れ合う事が出来ただけで、舞い上がっているのは俺の方なのに。
「それとも、俺がこうやってお前さんに触れるのはダメなのか?」
「違…ッ、こんな所、マリーに見られた誤解され…………マリー?!」
「あ、ドーモ」
しゅん、と軽い空気圧の変化を伴い、感知式の扉は侵入者を許す。
侵入者はアレルヤが熱をあげている女…マリーで、彼女は驚いた顔一つせず、開いた扉の前で立ち往生している。
「…アレルヤ、」
「マリー、誤解なんだ!これはその、彼の、ニールの普通のコミュニケーションで…っ」
「……良かった!アレルヤはなんにも言わないから、二人は仲が悪いのかと思ってたの!本当は仲良しさんだったのね」
そう言って、アレルヤの必死の弁解をスルーして、マリーはぱっと花が咲いたように微笑んだ。
たしかに、俺がアレルヤをデュナメスリペアで助けてからここに戻るまで、二人とは事務的な会話しかしていない。
ただ単に、どんな話を、言葉を掛けたらいいか解らずに迷っていただけなんだが。
「刹那は二人は仲が良過ぎるくらいだって言っていたけれど…本当だったのね!二人が仲良しなお友達で良かった!」
きらきらと金色の瞳を輝かせて、曇り無い視線をこちらにマリーは向ける。
「ニールさん、いつまでもアレルヤの良き理解者であって下さいね。この子、無口だし感情表現が苦手だけれど、誰よりも優しい子ですから…!」
マリーは俺に握手を求め、俺もそれに応じた。
左手でアレルヤを抱き締めたまま、右手を差し出すと、マリーは両手で俺の手をぎゅっ握り、祈るように瞳を細め、そしてまた微笑む。
アレルヤの彼女、というより、どちらかといえば母親のようなその言葉にはどれもYESと答えたかった。
答えたかったけれど、何も返せない。
「……んじゃ、アレルヤともっと理解を深めるために、頂いちゃいますかね」
皮肉だ。
せめて身体だけでも、と足掻く俺は、傍から見ればどれだけ醜く、浅ましいのだろう。
「?…ああ、積もる話もありますよね、私の用はたいしたものじゃありませんから。どうぞごゆっくり」
その言葉を聞いて俺は気付く。
この女には、一生掛かっても勝てないのだと。
この女は既にアレルヤの心を手に入れている。
だからこのようなあからさまな場面を見ても動揺せず、そして引き離そうと嫉妬もしなかった。
「ま、マリー…!」
そうしてぱっと手を離して、マリーは感知式の扉の奥へと消えた。
助けて、とアレルヤが言う前に。
「さて、アレルヤ。≪誤解されたくない≫って、何を?」
「…っぁ、」
嫉妬をしていたのは俺の方だった。
制服の裾から人差し指を差し込んで、ツツ、と下腹部をなぞる。
指先には触り慣れたアンダーウェアの繊維の感覚が伝わったが、布越しでも分かるその筋肉は、八年経った今でも衰えてはいない。
逞しい背筋は、俺の胸の中でぴったりフィットしている。
ああなんて心地がいいのだろう。
このまま組み敷いて、俺のものにしてしまいたい。
「何をして…、っっ」
アレルヤは息を詰まらせて抗議する。
だけれどかなり緩まった腕の中から出ようとはせずに、ただ俺の胸を手のひらで押して、身を捩るばかりだった。
「言っただろ?≪もっと理解を深める≫って」
お前だけに、特別をあげたいんだ。
指先の侵入を止める。
ゆっくりとアレルヤの頭を撫でて、その肩口へ額を押し付けた。
抱くことは出来ない。たとえ抱きしめる事は許されても、世界が許しても、アレルヤが俺を許さないと解っているから。
「アレルヤが知らない、…いや知ってるか」
自重気味に呟く。
さっき、アレルヤが何気に発した言葉だ。
まだ、俺からは伝えていないそれを。
「アレルヤ、俺の名前、解る?」
「……ニー…」
「待って、まだ」
一度人差し指で口を継ぐませる。
肩を抱いていた手を、腰に回していた手を、アレルヤの両頬に添える。
うっすらと濡れているその唇に、口付けた。
小鳥のようについばみ、それだけを望む。
「アレルヤ、ニールって呼んで」
ちゃんと向き合って、名前を呼んで。
そうしてくれたら、諦めるから。
ぎゅ、とアレルヤを抱き締めた。
諦める決意をした。だってアレルヤは知っているんだ。
俺が自らのエゴで死んだ事も、その恨みの連鎖を断ち切れなかった事も、全て。
だからこの先何があっても、アレルヤは俺を許しはしないだろう。
この口付けも、暗に隠した告白も。
思いを告げる事すら、俺は諦めた。
「……なんで、そんなことするの?」
アレルヤの声が震えていた。
思わず抱き締めていた手を離してしまう。
はらはらと涙を流すアレルヤが、そこに佇む。
「ぼくは、貴方の事なんて、好きじゃない」
「アレルヤ…ッ。ごめん、ごめん…!」
こんな事するつもりじゃなかったんだと弁解する。
本当はただ、お前を抱き締める事だけ夢見てただけなのに。
本当はただ、アレルヤに本当の名前で呼び掛けて欲しかっただけなのに。
俺の浅ましい独占欲で、欲望で、アレルヤを傷つけてしまった。
「好きじゃない、これは恋なんかじゃないって、八年間ずっと思い込んでたのに、なんで、なんで…っ」
「もう手遅れなのに、もう手に入れられないって…!」
ついにアレルヤは俺の腕を振り切って、一歩後退する。
長い髪を振り乱して、アレルヤは嘆く。
「僕に、マリーを裏切れというの?」
「ごめん、アレルヤ、本当にごめん、忘れていいから…!」
「これ以上、貴方の事忘れたりなんか出来ない…!」
アレルヤの言葉の意味が理解出来なかった。
裏切れない、と最もな事を言うくせに、何故アレルヤは、どうしてこんな思わせ振りな言葉ばかり吐くのだろう。
好きじゃない、恋じゃない、なんて、俺に期待をさせて、どうやって崖の底へ突き落とすつもりなのだろう。
「お願い、心はあげられないから、今だけでいいから、僕を抱き締めて」
アレルヤの言葉に、俺はもうどうしたらいいか解らなくなってしまう。
抱き締めたかった相手に抱擁を求められたのに、本当に抱き締めていいのか困惑する。
「間違いだなんて言いたくないから、僕を貴方のものにして」
「間違いだなんて言わせない!」
そして肩を抱く。
人差し指は、今度は直に触れた。
心には触れられなかった。
だけど間違いではないと、自分自身で肯定したいんだ。





*****




「いいのかよ?彼女公認の浮気って」
「あら、ライルみたいに誰にでも手を出すような人じゃないわ」
扉の向こうで、緑の青年と、銀髪の女性が歩いていた。
ふわふわと微重力に流れ、二人は語らう。
「ちょ、それ誰に聞いたんだよ。…マリー、兄さんには言うなよ?」
「解ってるわよ?だから一つお願いがあるの。私たちが知ってるって事、内緒にしてあげてね?」
「俺だって解ってるさ。…兄さんも、アレルヤも大事だし…」
緑の制服を纏った、ライルと呼ばれる青年は、先程目撃してしまった実兄と、親友の熱い抱擁を思い出す。
その熱い抱擁が、熱い口付けへと変わるのを見届けて、見付かる前にその場を去ったのだ。
「アレルヤはいい友達が出来たわね」
「よせよ、照れるだろ」
銀髪の女性…マリーは、先程ライルの兄、ニールに見せた時と同じ笑顔を浮かべる。
ふふ、と軽く声を零して笑っていた。
「……色んな愛の形があるの。友愛、情愛、家族愛、恋愛、…名前を付けるのは簡単だけど、どれに分類するかは難しいわ」
「あんたとアレルヤは純愛だけど、…兄さんとアレルヤは友愛…じゃないなァ」
「解釈は人それぞれ。納得出来なければ、求めるまでしかない……」
マリーの微笑は、凛とした表情へと移り変わる。
その様子を見たライルは、その話題に乗るように腕を組み、思考した。
隠れて見届けたあのキスは、友情でするようなものでは無かったのだ。
「思いが通じない事もあるな。たとえ俺が恋情を抱いていても、相手がただの隣人愛だったりしたり…」
「私とアレルヤはそれで納得してる。手を繋いで、お互いを抱き締めて、傍にいるだけで満たされる」
マリーは自分自身を抱き締める。
事実、アレルヤとマリーの間には肉体的にも精神的にも、隙間など無かったのだから。
アレルヤはマリーに聖なる女性像を求め、マリーはそれに応えた。
性的な行為に及ばなかったのは、必然的に二人の間にはそれが不必要だったからとも言えるだろう。
手を繋いで、お互いを慰め、励まし、抱き締めあった。
仲間として、家族として、そして恋人として、二人の間には性行為が無くとも、心で繋がっていたのだから。
それで二人は満足していたし、アレルヤは信じるべきものを手に入れ、それに性的なものを求める程愚かでは無かった。
「兄さんは俺に慈愛を、俺は兄さんに怨嗟を…」
「ね?憎しみも悲しみも、全て愛なの」
「だから二人を容認すると。なあマリー、あんた、本当の女神だよ」
そしてライルは思う。自らの掌を宙で翻し、見詰めた。
元は一つの命だったのに、自分と兄はどうして別の人間として産まれてしまったのだろう、と。
自分勝手な劣等感ばかり抱いて、逃げるようにして寄宿学校に編入した。
鏡の筈なのに、どうして兄は自分の先を歩くのだろう。
ずっと隣で歩いていたかった筈なのに、どうしてと。
言えなかった。
自分が実体を持たない鏡の中の偽物だと告げられたく無かったから。
そして憎んだ。ニールを、そして自分自身を。
少なくともこうして兄の後を継いで、ロックオンになった今では、憎むべき相手を間違っていたと思える。
「これは私の考えじゃないわ。ソーマと、大佐…お父さんがいてくれたから、そう思うようになっただけ」
「怒り、恐れ、恨みも全てが愛なら…私はそれを許そうと思えた」
マリーは、アレルヤがソーマの事をどう思っているのか、時々不安でならない。
たしかにソーマは、マリーだ。マリーもソーマだ。
だけれど、マリーはソーマの人生を奪ってしまった。
ソーマとして生きた人生を、無かった事にしてしまった。
時々とても悲しくなる。
アレルヤが居なくなって寂しくて、壊れそうになったこの心を守っていてくれたのはソーマなのに、動けなかった屍の体で、走り、飛び、世界を感じていてくれたのは、ソーマなのに。
超兵としての重責を背負っていてくれたのもソーマ。
生きる為人を殺したのもソーマ。
そんな固く閉ざされたソーマの心を優しく解きほぐしたくれたのは、お父さん。
ソーマの全てを否定してしまったのは、皮肉にも愛しいアレルヤだった。
「それを強要する訳じゃないけれど、私の存在でアレルヤには悲しんで欲しくないから」
≪だから、間違いなんかじゃない≫







11/08/01 UP

別にライマリって訳じゃない
映画でアレマリライが仲良しだったのでそれにニールを馳せ参じたらこうなった
何故
ニールとアレルヤには、なし崩しの愛というのが一番似合う気もします

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