現実的な現実逃避
ディランディ双子を祝いたいだけのSS
※全体的にみんな生きてる

暗闇から、火薬の爆ぜる音が聴こえた。
一般人なら発砲音と聞き間違えそうなその音は、それより幾分も軽快で、火薬の臭いはしなかった。
少しばかり気を抜きすぎたと思う。
本当にこれが銃声だったらなら、今頃自分はあの世だ。
瞬間パッっと電気が付いた頃には、自分は紙テープと紙ふぶきにまみれている。
「ああ刹那、タイミングが早いよ」
「暗闇のなかで引いたら意味が無いだろう」
紫の衣装を纏った青年と、橙の男が青い男を注意する。
「む…そうなのか…」
手にみっつもパーティーポッパーを構えた刹那は、本当にタイミングが解らなかったといった顔でバツが悪そうに俺の顔を見る。
「ま、仕方ないか。ほら僕の分けてあげるし…刹那もう一回」
アレルヤは煌びやかなビニールが巻かれたパーティーポッパーを刹那に持たせる。
「せーのっ」
そしてその掛け声で、また爆竹のような音がした。
「「「ライル、誕生日おめでとう!!」」」
久し振りにその名を呼ばれたような気がした。
最後にそう呼んでくれたのは誰だったか。
藤色の彼女を思い出した。
「……オイ、もう30だぞ…」
正直言って祝われるような年じゃない、と気恥ずかしく訴えた。
先程以上にテープまみれになった体は、そのまま佇んでいる。
「っつか、なんで、誕生日知ってる…?」
「「「「双子だから」」」」
重なった声が一つ増えた。
入り口付近で立ちっ放しだった自分の後ろに、桃色のまだあどけなさを残す女がいた。
してやったり、といった表情でこちらを見られる。
その手にはチョコレートケーキとショートケーキが半分ずつ貝のように合わせられた大きな四角いケーキがある。
皮肉っぽく、3と1の数字のロウソクが立っている。
「なんなんだよ、コレ…」
呆れた顔しか出来ない。
「ストラトスさーんっ誕生日おめでとうですー! …あっ今日はライルさんでした!」
フェルトの後ろから、嬉々とした声で茶髪の少女が現れる。
まだ年半ともいかない彼女の手には、丸々と太ったチキンが二羽、美味しそうな匂いをたてている。
焼けたてのそれは、昔むかしの誕生日に食べたものと同じ匂いだ。
呆けている俺を尻目に、フェルトは俺を通り過ぎて部屋のセンターにあるでっかいテーブルにケーキを置いた。
「ライルさんテープだらけです…もう、アーデさんたちはどれだけクラッカー鳴らしたんですかー?!」
「むっつ…?」
ティエリアは自分の手にしていたものと、刹那が誤射したものと、アレルヤが刹那に分けたものを数える。
「やっぱりミレイナもクラッカー鳴らしたかったです……、えいっ」
「あっミレイナ…!」
残ってあるパーティーポッパーを見つけて、ミレイナは俺めがけて先程の三人のように紐を引っ張った。
制止を叫ぶフェルトの声を聞かずに鳴らされた爆竹音で、フェルトは思わず耳を塞ぐ。
伸びたテープと紙ふぶきがケーキの上に落ちた。
「みなさん、お皿とフォーク持ってきましたよー、って、ミレイナ?」
新しく部屋に訪れた銀髪の女性は、入ってきた途端部屋の惨劇を目の当たりにする。
「ああ…パーファシーさんんんんっミレイナやってしまいましたあああああああああ」
「大丈夫よ、ミレイナ、ちょっとしか乗ってないから避けたら食べれるし」
マリーに泣きつくミレイナをフェルトが優しく慰める。
マリーは皿を置けずにミレイナの頭上に持ち上げて、ミレイナを受け止めていた。
それにアレルヤが気付き、アイコンタクトでフェルトの間から皿を取りテーブルへと置く。
優しい姉二人に抱き締められているミレイナは、まるで本日の主役のようだ。
「ママお手製のケーキ…」
やってしまった、といった顔でミレイナはケーキを見詰めた。
じ、と刹那とティエリア、アレルヤの視線が何故か俺へと突き刺さる。
慰めろ、という表情だった。
「ぐ…」
被害者は俺だ、と叫びたかったが、流石に十代の少女に突っ掛かるほど子供ではない。
色々なパターンを計算して、一番最良の言葉を選んだ。
18歳という花の盛りの少女用に。
「これくらい気にしてねーし、そんな、泣くなって!」
しかしあまりいい言葉は出なかった。
子供をあやすのは苦手なんだ…と声には出さずに言い訳をする。
「ライルさんは別にいいです、これは元々ミレイナたちのケーキなんですぅ」
ぶーたれた表情でミレイナは言う。
折角慰めてやったのに、なんだと!?
眉をひくつかせて、またもぐっと言葉を飲み込んだ。
怒りに震える俺の様子をみて、フェルトがぷっと吹き出す。
その声で、後ろからもクスクスと笑いが零れた。
「くっ、くくっ… ミレイナ、君のせいじゃない。悪いのはそんな所で突っ立っているライルだ」
笑いを堪えるティエリアはフォローの言葉に見せ掛けた言葉で俺をなじる。
吊るし上げの如く、刹那とアレルヤがまた肩を揺らしていた。
「ていうかっ、俺の、誕生日ケーキじゃないのかよ!」
「ごめんね、元はそれお雛様用にリンダが作ってくれたものなの」
憤慨する俺にフェルトが言葉を掛ける。
ハタチそこそこの女にケーキ如きで慰められる俺。
恥ずかしいったらありゃしない。
オヒナサマ?
聞いた事の無い言葉に首をかしげた。
「ようは女の子の日って事よぉ」
「ママァ!」
今度はミレイナの母、リンダの登場だ。
その手にはたくさんのグラスが抱えられている。
ということは、
「懐かしいわー昔お爺様の家で私も祝ってもらったものだわ」
酒瓶を大量にぶら下げた戦術予報士のスメラギだ。
「女児の健康を願う日だったか?」
刹那が説明を付け足すように言った。
「成る程…俺はついでって訳ねぇ…」
「そーだライル、お前なんて俺の娘の足元にも及ばねえよ」
「いくらなんでもそれは酷いだろうが、おやっさん」
既に出来上がったイアンをラッセが連れて来た。
オマケ扱いにがっくりと落胆する。
スメラギの酒と、ラッセの持ってきたパーティーランチがテーブルの上に揃った。
「さっ、全員揃ったし!今日はミレイナとフェルトとマリーの日って事だったけど、急遽ライルの日よ!」
遅めの登場だったスメラギが急に仕切り出す。
十中八九早く酒にありつきたいのだろう。
一個だけオレンジジュースを注いだグラス以外にワインを注いでいき、それを回していく。
「よしっ皆グラス持ったわね!? っかんぱーい!」
早々に祝杯の音頭は上げられ、みなが一斉にグラスを持ち上げた。
勢いよく、しかし零れないように、割れないように、意気揚々と皆がグラスを鳴らして最後に祝いの言葉と共にグラスを共に鳴らした。




女子はケーキに群がり、大人たちは既に出来上がった状態になっていた。
どこか懐かしい味のするチキンを頬張り、合間にワインを口に運ぶ。
壁際に持たれかけて時折チーズなども挟んで、ほろ酔い気分を俺はまだ楽しんでいた。
「ああ…そうだ、これ」
ふいにアレルヤに声を掛けられる。
その手には通信機器があった。
「誕生日プレゼント。彼女の連絡先」
「…お前の?」
「なんでだよ。…気になるなら聞けば?」
冗談で言った言葉を跳ね除けられる。
「聞いたらお前俺殺すだろ」
こいつの彼女への執着心は俺以上だと知っている。
「殺す、って……。それより要るの?要らないの?」
「……要る」
アレルヤの手から通信機器を奪い、自分のものへデータを移送した。
「誰が調べたんだ、これ…っつか、本当に…アニューのなのか…?」
「ティエリアのお墨付きだよ」
ヴェーダの中にもいなかった運命の人を、俺はずっと探していた。
偽者でもいい、双子の弟だろうとなんでもいい。
同じDNAハプロタイプを持つ女性、もしくはそのタイプの持ち主が幸せに生きていることを知りたかった。
彼女はいまもまだ、電子の海か人ごみの中に紛れて生きてはいるはずだった。
「トレミーの元クルーにね、スーパーハッカーがいて、その子に彼が掛け合ってくれたんだ」
アレルヤは笑う。
その言葉を聞いて、思わずずるり、と壁を伝いしゃがみこんだ。
「彼…?」
アレルヤは少しはなれた場所で、他の人と楽しげに会話をし、ケーキを食べているマリーを遠目に見詰めた。
「きょうは、へいわのひ」
女性蔑視を脱する。
性は人々にまんべんなく、平等に与えられるものだと。
「ぼくは…マリーに、しあわせになってほしいから…」
ひとはいつか、わかれるときがくる。
ひとはいつか、はなれるときがくる。
別れもまた、人生において必要なプロセスだと何か知ったように笑うアレルヤは、そのままこっちを見て、そしてまた瞳を細めた。
「ぼくとマリーが別れることで、他の人が幸せになれるならそれでいい。ただ僕はマリーの幸せを守る。それだけ」
「お前、出来た男だよ本当に……」
出来すぎて、そして酷く脆い。
年下のこの男は、恋人に対して、卓越した考えを持っていた。
それもまた人それぞれの恋愛感だ。
「誕生日おめでとう、ニール」
その口から、初めてその名を聞いた。
「…アレルヤってさ、兄さんのこと大好きだろ」
いつだって愛されている兄は、いつだって自分の事を見守っていてくれているのだ。
いつだって自分を、ティエリアを、刹那を。
刹那とティエリアからは、どれだけ兄の事を愛していたか、好きだったか耳にする事はあった。
だけれどこの男には恋人がいて、キスをして、抱き合っていて、そういう話は聞いた事が無い。
「同じくらいライルの事も好きだよ?」
多分、こいつは好きの違いを解らずに兄と死別したのだと思った。
「あほ、冗談だ。…マリーさんはどうなんだよ」
もし仮に、こいつが兄さんのことを、「そういう」意味で好きだったとしたら。
「愛してるよ。……ライルも、アニューのこと、愛してるんでしょ?」
「うん……」
兄さんのことを考えた。
兄さんは俺のことを愛してくれていたのに、俺は兄さんを愛せなかった。
ずっと兄さんは傍にいたのに、俺は気付けないでいた。
「はは、今日は平和な日なのに…泣いてちゃ駄目じゃないか」
刹那もティエリアも、みんなが傍にいる、今日がどれだけ素晴らしく、そして掛け替えの無い日だった事に気付く。
兄さんはいない。
アニューもいない。
「誕生日おめでとう、ニール」
グラスに映った涙目の自分に呟いた。
「誕生日おめでとう、ライル」
いつの間にかアレルヤの両隣に立っていた刹那とティエリア、三人にそう言われた。
今日はただのライルが、泣いてもいい日だった。

UP 2011/03/03

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