あした


例えば、海風に揺れるそのモカ色の巻き毛だとか
例えば、月を見詰める青みがかったエヴァーグリーンの瞳だとか
例えば、快活で捕らえどころが無くて、でも時々今にも泣きそうな顔をしていたりだとか
好きな所だけなら、彼の全てがだと言えるのに




椅子に腰掛けて扉に背を向ける彼は今、黒い服にその肢体を隠している。
白い首筋が髪と服の間から覗いて、思わずそこに唇を落としてしまった。
それを誤魔化すように、そのまま後ろから彼を抱き占める。
「……アレルヤ?」
抱きすくめられた彼が首だけ此方を向けて、優しく名前を呼んでくれた。
「どうした?何かあった?」
僕から抱き占める事は両手で数えられるくらいしか無くて、その時その時に何かあったのか、と彼は僕を抱き締め返してくれた。
しかし今日は僕が後ろから抱き占めているせいか、その交差した腕に彼は手を添えるだけだ。
「ニー、ル、」
掠れた声で彼の名を呼ぶ。
「…今日はえらく甘えたさんだな」
彼の肩口に埋めていた頭を撫でられて、そのまま露出している左耳と髪へ口付けられる。
「甘えん坊な僕はキライ?」
「まさか。大歓迎に決まってる」
少し自虐的に言ってみる。
これはもう癖だ。
すぐ弱音ばかり吐いてしまう。
でも彼は、そんな僕ですら肯定的に受け入れてくれた。
肩口から顔を上げれば、向き合うようにして左手で少し頭を寄せられて、頬にキスを落とされる。
「大歓迎だけど、この姿勢は少しばかりキツいかな」
そう言って彼は僕の腕を解いて座ったまま椅子を動かし、背凭れを後ろにある机にくっ着けた。
そして着たままのジャケットを脱ぎ捨てる。
「何を、!」
するの、と問う前に解かれたまま行き先を失っていた腕を掴まれて彼の胸の中へと引き込まれる。
「ん、これでいい」
満足したように彼が微笑むが、僕は少し体を引いてその腕から逃れようともがく。
「逃げんなよ。前からじゃないとお前の表情がよく見えねえんだから」
長い前髪のせいだ、とは彼は言わないが、伸ばされた右手で一房掴まれる。
僕の両手は彼の両肩に乗せていたが、彼に腰ごと引っ張られてしまえば先程の回避行動は全く無意味になってしまった。
「もうちょい体重預けてくれても、俺は潰れないぜ?」
足で自重を調整していた僕の足は彼の腕によってそれを阻止されてしまう。
これでは彼の思うままだ、と僕はその腕の中で小さく抵抗した。
そっと彼の胸を押してそこから脱出を試みるが、肩と腰をがっちりホールドされて、やっぱりその抵抗は無意味に終わる。
優し過ぎる彼の腕の中は、僕には些か居心地が悪かった。
だけれど心地よくて、彼の左の肩口へまた額を押し当てる。
「甘えたなアレルヤくんは、次に何をして欲しいですか?」
茶化すように彼が右頬を指先で撫でながら問い掛ける。
「――このまま、明日まで……」
一緒にいたい。
擦り寄る胸の中が暖かくて、涙で視界が滲む。
「明日も、明後日も、明々後日も、毎日まいにち、だきしめてあげる」
そう言ってくれる彼をそのまま抱き占める。
今彼は僕だけの人、今僕は彼だけの人。
今だけはお互いを想い合って、理解している。
今だけは
明日までは
「ニール、僕を好きだと言って?」
おねがい、と零した。
「アレルヤが好きだよ」
僕の左手を取って、その甲と指の中間に口付けを落とされる。
「僕もニールの事が好き」
同じように僕も彼の左手を取って、同じ場所に同じように口付ける。
「……大好きなんだよ……」
口に出さずとも、解り合えている筈なのに。
声に出して、耳にしなければそれがとても不安になる。
明日までは
今日だけは
「明日、世界が終わってしまえばいいのに」
明日、僕はぼくで無くなって
明日、彼はかれで無くなってしまう
それは彼もよく理解しているのに。
「なんで俺達人間じゃないんだろう?」
彼は、たった一人の、僕の……
「俺達の元になった人間が憎いよ」
イノベイドとして生まれてしまった運命すら憎んだ。
沢山いるイノベイドの内の、その中のマイスタータイプである僕達は、二人しか無い。
他のイノベイドたちと違い、代えがきかない。
たとえそれが、僕たちの元となった人達の"代わり"だとしても。
個であり集である僕たちは
明日を望んでいる
たとえ明日終わってしまう人生だったとしても。

おわり




10/09/23 UP

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