ハグとハグとキス



夜で無くとも暗い闇が佇む世界、宇宙に一人の青年と一人の少年が航海に出ていた。
巨大輸送艦であるプトレマイオス号、通称トレミーに向けて小さな輸送艦を赤い軌道線に同期させて無重力空間のハッチの中へ静かに着艦を済ませると、いそいそと二人は小型輸送艦から自らの機体に乗り換えて整備のためにトレミーと同期させる。
ミッションデータを記録媒体にコピーして、刹那とロックオンはブリッジへと向かった。


ハグとハグとキス

「刹那、ロックオン、おかえりなさい」
一番に二人を迎え入れてくれたのは、ミッションオペレーターの隣りで演算処理を行っているアレルヤだった。
刹那の前を歩くロックオンは、真っ先にアレルヤに挨拶のハグをする。
「おう、ただいまアレルヤ、みんなも」
ぎゅっとアレルヤを抱きしめてそう言いながら一息深呼吸をしたロックオンは、振り向く戦術予報士にも同じようにハグをし、触れるか触れないかの距離で頬を交互に入れ替える。
そして後に続いてオペレーターであるクリスティナ・シエラやフェルト・グレイスにも挨拶をする。
男手たちとはがっしと手を掴んで振り、オーバーなロックオンの挨拶はそれで終了した。
「刹那、疲れたでしょ?」
その挨拶の様を後ろで刹那が眺めているのにアレルヤが気付き、声を掛ける。
「アレルヤ、抱擁やキスは挨拶なのか?」
「うん?」
どうやら刹那には、ロックオンが行うハグが挨拶だと解らなかったらしい。
「ああ…えーっと、ああいう風にぎゅーってしないで、ほっぺを交互に合わせるのが欧米の挨拶なんだって」
僕は欧米にはあんまり居なかったからなー、とアレルヤは零す。
ということは、だ。
ロックオンを始めとする大多数があのような挨拶をするのは、あれが世間一般からだろうか?
刹那の中には疑問が残った。
でもロックオンはアレルヤを除いて男達とはハグはしてないし、かといって女性陣と同じようにアレルヤとは頬をくっつけていない。
「…?」
自分もロックオンに抱擁されたり頬をくっつけられたりするけれど(その度突っ返しているが)、ティエリアやアレルヤにはしていない(いや今アレルヤを抱擁するのは目撃したけれど)。
刹那が思考に耽っていると、そのすぐ後ろでブリッジの扉がしゅんっと空気の出入する音をたてて開いた。
「おや、ロックオン・ストラトスに刹那・F・セイエイ。帰還していたのですか。……どうやらミッションデータの提出はまだなようですが」
「ロックオンが持っている」
刹那はデータを統合して保存している、とロックオンを指差す。
その指の動きに合わせて、ぎょろりとティエリアの眼光がロックオンへと向かった。
「わ、わりぃ忘れてた」
ロックオンはジャケットの内ポケットから記録媒体を取り出してティエリアに差し出すが、ティエリアはロックオンの手の内からばっとそれを奪うように受け取った。
「ていうかティエリアーったまには俺ら地上組を労ってくれよー」
「それとこれと何の関係が……っ?」
手渡された記録媒体を手にブリッジを去ろうとするティエリアを引き止めて、ロックオンは先程女性陣としたように、ティエリアを抱擁する。
ただし、頬はこれでもかというぐらいに押し付けて。
「何をしますか!髭が痛いのですが!」
ティエリアはロックオンの抱擁から逃れて、どうやらチクチクとくすぐったかったのか擦り付けられた頬を掻き毟った。
「いってえ!酷いぜ……。よっし刹那〜お前もティエリアをハグしてやれ!」
GO!とでも言うようにロックオンは刹那を急かす。
特に断る理由も無かったので、刹那は言われるがままティエリアを抱きしめる。
先程ロックオンが冗談でしたようにぐりぐりとではなく、痛くないように優しく頬を寄せた。
「なっ…刹那・F・セイエイ!?」
アレルヤに言われたように、ぎゅーっとはしない。
優しくティエリアの腰に手を回して、刹那は交互に頬を擦り寄せた。
「くすぐったいぞ……ん、」
すりすりと、ティエリアの肌はきめ細かくとても気持ちが良くて、それに刹那は感動して4,5秒ほど頬擦りを続ける。
「お前ら仲良しさんだなー」
ハグを続ける二人をにこにこと見詰めるロックオンは、アレルヤに「普段もああだといいんだけどな」と言葉を続ける。
「そうですね、そうしたらティエリアもロックオンに優しくなれるかもね」
「お、言うなあ」
してやられた、と言った顔でロックオンが微笑むとアレルヤはその隣でくすくすと笑みを零した。
大人二人のその様子を見て、また刹那の中に疑問が浮かんだ。
ティエリアには抱擁も頬擦りもするのに、アレルヤにしないのはおかしいのではないか?
他の男性陣は握手だけなのに、刹那やティエリアには女性陣と同じようにするのに。
「ロックオンはしないのか?」
「は?何を?」
「アレルヤにキスをだ」
それを聞いたアレルヤはえっ…と声を漏らす。
心なしかその表情は赤く見えたのだが、刹那はそれには気付かなかった。
「そういえばそうよねえ、ロックオン。アレルヤにはハグだけでしょ?」
後ろで酒を啄ばみつつ、ずっと四人を眺めていた戦術予報士であるスメラギ・李・ノリエガが言葉を差す。
「え、あ、そういう意味か。そうだっけ?……アレルヤ?」
スメラギの言葉にはっとして、ロックオンはアレルヤの顔を見やる。
「へっ!?な、なにがですか?!」
しかしアレルヤは頬どころか耳まで赤くして、スメラギを始めとする皆の顔をきょろきょろと見回す。
アレルヤの言動は、第三者の刹那やティエリアから見ても明らかに動揺している。
それにロックオンは小さく溜息を吐いて、眉間を押さえてアレルヤの肩を抱いた。
「『そういう意味』ってどういう意味かしらねえ?ロックオン」
「地獄耳だな…ミス・スメラギ。……ティエリアや刹那だったらまだしも。流石にアレルヤをこれ以上子ども扱いしちゃいかんでしょうよ」
言葉の裏に「アレルヤは怒ると怖い」と「子供に手は出さない」いう意味を含めて、ロックオンはスメラギに返すが「あら、じゃあ私を少女扱いしてくれてるって思ってもいいのかしら?」
と不敵な笑みを浮かべてスメラギは誤魔化しながら肘でロックオンを小突く。
それにロックオンは苦そうな表情ではは、と乾いた声を漏らした。
「まあいいわ。…アレルヤ!早くハグも卒業になるといいわね」
「えっえっ!?」
スメラギは四人の背を押して、さあさ出ていった出ていった、とブリッジから追い出す。
プシュンッと空気が扉で途切れ、思わずロックオンとアレルヤは顔を見合わせる。
刹那やティエリアはスメラギとロックオンの発言がどういう意味を指すのか理解できずに、じっと二人を見詰めた。
「……はあ〜っ」
静寂が四人の間を流れる。
その無言を、ロックオンの盛大な溜息が遮った。
アレルヤは今だ何があったのか理解できずに赤いままの頬を両手で押さえて俯いている。
刹那は自分が何かおかしい事でも言ったのかとロックオンに目で訴えた。
「まあ、その…なんだ。俺にとってアレルヤは特別なんだよ」
お前のせいじゃないとロックオンは刹那の頭をぽん、ぽん、と撫でる。
どういう意味の特別か、その時の刹那には解らなかったのだが、次にロックオンと二人でトレミーに帰った時、隠れてだがロックオンがアレルヤにちゃんとハグとキスをしていたのを刹那は目撃した。
ただし、キスは頬同士では無く、唇同士だったのだが。
なので刹那は「そういう事だったのか」と納得して、なるべくロックオンをトレミーに連れて帰ろうと考えた。
刹那のお陰でか、トレミーの中で密事であった二人の関係はあっさり周知のものとなってしまう。
約一名を除いて、皆二人の関係を受け入れてくれた。
その約一名を、刹那はロックオンのように嗜める。
もちろん二人と同じように、唇で。


おわり

ニルアレ要素が少なかったのでおまけ
「一応、特別にしてたんだぜ?……その、抱きしめたときにちょっと深呼吸して、長くハグしてた、とか」
「えっ…!?」
「キスの方が良かったか?」
「なっ、そんな、……ッ、選べません…!」
ばかっぷるです。





10/07/10 UP

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