魔法の指先



ぼんやりとした意識のなか、白いカーテンが風に靡く窓辺に柔らかな光が差し込んでくるのにアレルヤは気付いて目覚めた。
暖かい温もりに眼を擦り、また今日も朝日を感じることが出来た事実に感謝する。
ふと視線が時計のある位置に向かうと、普段なら起きているであろう時間を2時間も過ぎていた。
どんなに深夜に床に就いても、どんなに激しい運動の後や、武力介入後の精神的苦痛があろうとも、必ずその時間にはぱち、と目が開くのだが、今朝は珍しく脳内が蕩けきっている様で、此処が何処で今が何日かを理解しなかった。
きょろきょろと辺りを見渡してやっと此処がいつも使用する南の島にある駐屯施設の中の一室だと認識する。
白いすべらかな壁と床に柔らかなベッドに、さらさらとしたシーツの感覚を髪と頬で感じながら、ふと視線を横にずらすと温かいぬくもりの正体の、顔がそこにあった。
「う、わっ!?」
素っ頓狂な声を上げ驚きのあまり跳ね起きる。
はっと大きな声を出したのに気付いてアレルヤは口を押えた。
ロックオン!ロックオン!?
心の中で盛大にその人物に疑問の念をぶつけた。
大きな声を上げたにも関わらず、ロックオンのその端整な顔は歪められる事無く薄く開いた口唇からはすぅ、すぅ、と寝息を洩らしている。
気付けば二人とも全裸で、しかもロックオンの腕はアレルヤの腰に(横になっていた時ならば肩や胸のあたりにあっただろうが)回されていた。
昨日はミッションの後この駐屯地に戻るとすぐお互いを貪るように、無事を確かめあうように体を重ねた。
そして縺れた糸のように腕を、脚を絡めて眠ったのだ。
激しい戦闘だった、だからお互い気分が高揚して、いつもより激しいセックスだったのを覚えている。
(よかった、まだ寝てる……)
アレルヤはほっと胸を撫で下ろして、もう一度横になりロックオンの腕を抱きしめた。
昨晩の激しい情交をふと思い出して、どうしても顔が赤くなる。
実際している最中は羞恥など忘れて恥ずかしい言葉や恥ずかしいことを沢山したのに、ただ手を重ねただけでどきどきと胸が高鳴った。
愛しさと、恥かしさと、もっとしたいという欲望と、恋しさが入り混じり不思議な色を作り出して脳内を埋め尽くした。
(……そういえば寝顔、初めて見たなあ……)
ロックオンはセックスの後いつも、途中まで一緒に眠っていてもアレルヤが起きる前に自室に戻ってしまう。
それをアレルヤは寂しいとは思いながらもロックオンを引き止めはしなかった。
二人の関係は、他のマイスターやクルー、ヴェーダにも知られていない超秘匿項目だ。
だからいつ誰に見付かるか、ヒヤヒヤしながら声を押さえて隠れながらセックスをしている。
昨日は二人が関係を持って初めての地上待機を含むミッションだった。
二人っきりのシンとした空間で、理性も自制心も無くなってていたのだろう。
ただ耳に出来たのは彼の感じている声と、自分から上がるあられもない声と遠くから響く潮騒の音だけだった。
初めて見るロックオンの寝顔は、うっすらと開いた唇から舌がチロチロ覗いて、とてもエロティックだ。
寝顔にまで興奮する僕は、とんでもないロックオン馬鹿だとアレルヤは思う。
それ程までに僕は彼に恋しているのだ。
―考えている内容は、恋心とは程遠い汚れたものだけれど。―
(、手袋……いつの間に)
昨晩しっかと外す所を…というか口で外すように言われ外したのにも関わらず、既にロックオンの手には常日頃嵌めているガントレットが装着されていた。
セックス中以外は殆ど、というかまったくと言っていい程その手は何かに覆われていた。
そこで明るい日の光の下でこの手を見てみたいという感情がアレルヤの中で渦巻く。
指先の余った布を口に含んでみると舌に触れて口の中に革の匂いが広がり、その少し化学的な味に淡く欲情する。
歯形が付かぬよう唇で食んでゆっくり引っ張ると、するりと案外簡単にそれは抜けてしまった。
普段余り手袋を外さないせいか、他の場所より白い皮膚が現われてアレルヤは些か胸が躍り、しかし緊張した。
誰の物でも無い彼の手が、いつも優しく頭や頬を撫で、銃を握りトリガーを引く指先が、自身の穢れた手の中にある。
悦びと共に、もっと触れたいというドロドロとした欲望がアレルヤを苛む。
手は動かせない。
動かしたら今度こそ彼が起きてしまうかもしれないからだ。
でも、ガントレットを脱がしても起きない彼は結構神経が図太いのだろうか。
それをいい事にアレルヤは、思わずその白い指先を口に含んでしまう。
「……んっ………」
ぴちゃ、ぴちゃと水音だけが響く。
爪の先から生え際、皮膚との境目、指の付根、関節、てのひらまで余すとこなく舌を伝わせた。
ロックオンは指の間の皮膚の薄い所や、指先が弱いのか、舐めるたび鼻に掛かった甘い気持ちの良さそうな声を上げた。
それを快く思い執拗に舐めてしゃぶっているとびくりとロックオンの指先が動いた。
起きてしまった?
どうしよう、と困惑しながら動きを止めた。
だが、それがよくなかった。
「……こーら……」
起きた、起きてしまった。
ぱっちりと開いてしまった瞼から碧い眼がアレルヤの眼を捉える。
その眼にじっと見詰められて、アレルヤはただ狼狽するしかなかった。
「ごめん、起きちゃった…?」
指を口から話して、恐る恐る尋ねる。
「"起きちゃった?"じゃない……何してるんだ?」
声色からして、ロックオンはどうやら怒っている訳では無さそうだ。
だが、頬を赤らめて苦笑いをしている。
「何って、ええと……んぅ!?」
「そんなに俺の指、おいしそうだった?」
何をしているのかと問われ、吃って誤魔化そうとすると、先程まで舐めていた指がいきなり口の中に押し込まれ驚きアレルヤは抵抗しようとする。
「めちゃくちゃエロい顔して舐めてたよ、お前」
ニヤニヤとロックオンは笑いながら、ぐちゃぐちゃと口の中を犯す。
息苦しくて、なんとかその指の動きから逃れようと抵抗するが、指を噛んでしまいそうでどうにも上手く出来ない。
「ぷはっ、見てたの…!?ずる…っんぅー!」
「スナイパーの指舐めて興奮した?」
「そんな、ことして、ない!ぅっん、はっぁ、んっ」
「本当かあ? じゃあちゃんと検査しなきゃだな」
上体だけ起こしていた体勢から、ロックオンは膝を立ててシーツを捲ろうと、左手を下方に伸ばす。
「ちょ、本気で止め…!」
今は真昼間で部屋も明るいし、そもそも下着も何も身に着けていないのにシーツを捲られたらきっと恥ずかしくて憤死する。
もう構ってられないと、アレルヤは本気で抵抗する覚悟を決めた。
「じょーだん」
アレルヤが本気で嫌がる様子を見て、ロックオンは濡れた指を抜き唾液を舐め取る。
冗談のつもりだったのだが、アレルヤの反応が可愛くてつい本気になってしまった。そう言うと、泣きそうな顔でアレルヤに睨まれてしまった。
「ごめん、ごめんって」
慌ててなぐさめるが、完全にご機嫌ナナメになってしまったこの子はどうにも手が付けられない。
慰め方が解らないのだ。
「お前の嫌がることはいつもしてないだろ?」
「……いつもやだって言ってるのにいれてくるくせに…」
「それは、…それとこれとは別!」
揚げ足をとられそうになるが、それとこれとは話が別だ。
…自制の枷が時々外れてしまうのは、自分の悪いところだとよく理解しているつもりなのだが。
「どうだか……」
「ごめんって言ってるだろ?機嫌直してくれよ、アレルヤ!」
「……キ」
「え?なに?聞こえない」
「今日の朝食、ホットケーキ作ってくれるなら許します」
「わ、わあーったよ!」
「焦がさないように気をつけてくださいね」
念を押すようにアレルヤに言われ、苦い顔をしながらもロックオンは肯いた。
「それと、今朝は刹那とティエリアがお腹を空かせてやって来る予定なんで急いで焼いてください」
「おま、それをもっと早く言えって!」
自分は聞かされてない、とロックオンは言うが、アレルヤは聞いてない貴方が悪いんです、とそっぽを向いてしまった。
刹那とティエリアが後三十分でやって来るとなっては仕方が無い。
ロックオンは急いでジーンズに足を通して、足早にシャワー室に消えた。



「今日はロックオンの朝食か……」
「ロックオン・ストラトス。アレルヤ・ハプティズムはまだ起きてないのですか」
備え付けのキッチンに立つロックオンを見て、刹那は少し残念そうに言葉を漏らした。
ティエリアもきょろきょろあたりを見回している。
大方アレルヤに「ホットケーキでも焼いて待ってるね」などと言われたのだろう。
そういう所は俺には出来ない事を学んでいるとロックオンは思った。
仮にロックオンが言っても二人がこうも素直にやって来る訳が無い。
最初は料理の出来ないアレルヤに教えたのはロックオンだったのだが、気が付けばアレルヤは料理の師であるロックオンより料理上手になってしまったのだ。
元々、ロックオン自身はあまり上手でもないのだが。
「あ、ああ」
「まったく、本当にアレルヤはガンダムマイスターとしての自覚がありませんね」
「そう言いなさんな、ティエリア。…今回は俺が悪い」
溜息を吐いてアレルヤを責めるティエリアを宥め、こういうことに至ってしまった経緯は伏せるが自分が悪いのだと説明する。
「そうなのですか?」
「理由は言えないけれどな。刹那もそう睨むなって。夕飯は二人の好きなもん作ってやれって俺から言っとくから」
「……小休止中の菓子もだ」
納得いかない、と刹那は三時のおやつまで要求してくる。
…まったく、アレルヤはどうやってこの聞かん坊たちをどうやって餌付けに成功したのかと問いただしたいくらい、ロックオンは頭を抱えた。
「解った、俺も手伝うからアップルパイでいいよな。ティエリアもそれでいいだろう?」
アップルパイはまだアレルヤに教えてる途中だから、と説明を加える。
「仕方ないですね、それで手を打ちましょう。あなた達の作るアップルアパイは味だけはおいしいですから」
この間作ったときは、味は美味しかったがとても不器用な仕上がりになってしまったのをロックオンは思い出す。
「今日は見た目も綺麗に完成させる!」
そう意気込むロックオンだったが、二人とも信じてくれなかった。


「……って事があったんだよ」
「はあ」
前回より多少上手に出来たと見えるアップルパイを胃袋に収めながら、ロックオンは言う。
「どうやってあのティエリアを懐かせたんだ?」
「どうも何も、作ってみた料理を食べてもらっただけですけど」
湯気を立てる紅茶を揺すりながら、アレルヤは両手でカップを持ち口に含んだ。
「刹那は?」
「地上ミッションでここに立ち寄ってた時に作ったのを置いてってるんですよ」
知らなかった?なんていうものだから、きっと刹那はあまりに美味しくて俺の分も食べてしまったのだろうと予測を巡らせる。
「…ふうん」
どうにも釈然としないが、まああの二人に懐かれるということはとても光栄なことなのだろう。
そうロックオンは思って、自分が食べてないアレルヤの作るメニュー達を思い浮かべた。
「夕食どうします?二人のリクエストきくんでしょう?」
勝手に取り付けられた約束をアレルヤは律儀に守ろうと尋ねる。
「刹那はハンバーグ、ティエリアはオムライスだって」
「やっぱり子供ですね、二人とも」
味覚センスがというか、なんというか。
やはり二人はどんなに大人びていても、大人顔負けに戦うけれど、中身はやっぱり歳相応の少年なのだ。
それがちょっぴり二人には嬉しくて、ふふ、と笑みを零す。
じゃあ組み合わせてハンバーグオムライスにしましょうか、というアレルヤの手をロックオンは掴んだ。
今朝アレルヤにされたいたずらのように、指先に口付ける。
びくりと揺れる指先に軽く抵抗されるが、そのままロックオンは手のひらに唇を押し付けた。
「魔法の指先、だな」
この指からあたたかい料理が生まれて、それが自分や刹那、ティエリアの腹を満たしてくれる。
最初はなんとなく教えた料理だったのだが、アレルヤはスポンジのようにそれをどんどん吸収していく。
自分が教えた料理は全て、ロックオンが教わった母親と同じとおりの味付けになっていた。
「そうかなあ、僕はロックオンの方が、よっぽど魔法使いだと思うよ」
手袋を取ると、意外とロックオンの指先はあたたかいのだ。
そんな指を隠して銃を握る。
時々刹那の頭を撫でて甘やかしたり、ティエリアの肩を叩いて励ましてくれたりもする。
こうして僕に料理を教えてくれたのも貴方だ、とアレルヤは言った。
ロックオンの指はなんにでも触れていた。
まるでそこから魔法に掛かったように、みんなが彼に惹かれていく。
一種のカリスマ性を持つ快活で向日性の彼が、こんなにも自分を好いていてくれるという事はとてもアレルヤにとって誇らしく、そして幸福なことだった。
同時に訪れる不安感や、こんな自分で彼を支えることが出来るのか、というマイナス思考さえも、ロックオンが傍で笑っていてくれるだけで忘れられた。
「そうかな」
「そうだよ」
アレルヤの右手を掴む両手に、アレルヤは左手も添える。
「…でも、この思いは、魔法なんかじゃないよね?」
この両手から、いったいどんなものが産まれて行くのだろう。
アレルヤは、その先が見てみたいと思った。
その先に、彼と共にいる自分もいればいい。
幸せの魔法に囚われていた。
彼の指先からかけられる魔法に。





10/05/30 UP




おまけ
「ところで俺からの夕食のリクエストなんだけどさ」
「はい?」
「俺はアレルヤが食べたいです」
「…!?」

ば…ばかっぷる

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