キスから惨劇






それはたった一房から始まった悲劇だった。

滴る汗、繰り返される吐息、匂い立つ甘い香り。総てが一つに重なっていた。指先から、唇、胸、腹と、息苦しくは無い程度に、ずしりと体重をかけられて、下半身だけは淫らに絡み合っている。息をするのも辛いくらい、汗が、吐息が、愛液が、強い性を放っていた。
じっとりと肌が汗ばんで、たくさん出した精液で、シーツはもうぐしょぐしょになってまた皮膚に纏わりつく。熱い肌に、水分を含み冷えたシーツはとても心地良いい。緩やかな律動は止まる事無く、既に精根尽き果てた性器は腹の上に横たわり時折裏を押し上げられて潮を噴く程だった。
だが快感は覚めやらずに射精を終えた後も快感中枢をえぐられ、幾度もドライオーガズムで絶頂を迎えさせられて、ぴくぴくと全身が震えて性感体に変わっていた。まだ、もっと、と体が求めている。
ふと、部屋の湿度が気になった。じくじくと、下半身から犯される感覚が鈍くなって、絶頂を迎えるのすら煩わしく思えた。
ずっと口付けていた唇から離れる。視線は室内を泳いで、結局何処へも行き着かなかった。すると彼が不思議そうに見詰めて来て、頬に唇を落として耳元で囁く。
「満足出来たか?」
彼の性器は既に萎えていて柔らかくなっていた。にゅぶにゅぶと長い間ずっと律動を繰り返し、それでも狂った様に絶頂を迎えていた自分が恥ずかしくなって、目を合わせないように顔を逸した。唇は耳を掠め、そして首筋に埋められた。汗を含んだ髪が襟足に絡み付いて、少し気持ち悪く思えた。
ああ、どうしよう。
「甘い……」
髪を口に含み、彼がそう呟く。
「ちょ、何して……っ」
「んー…なんとなく」
理由を聞いてるんじゃない。
彼は手に取った髪を一房一房、丁寧に舐め上げる。普段なら嫌悪で彼を突き飛ばしている所だが、事後の甘い匂いのせいで、そんな力も無く震える腕で彼の頭を引き剥がそうとするしか出来なかった。
彼に髪までに性感帯にされてしまいそうで、怖かった。もうこれ以上触れられたくない。彼の指先はまるで魔法のように、触れた所から快感を引き出して人を狂わせる。恐ろしいまでに、彼に僕は改造されてしまったのだから。




暇を持て余していた。
読み耽る本も無く、本日のトレーニングは終了していて、一人。いや、二人。
どうせ“また”するんだろうなあ、と口付ける中考える。すぐに何も考えられなくさせられるなら、自我のある今の内は少し冷めていてもいいだろう。彼がシャツの中に手を差し入れた、その瞬間、
「…ん……、ぃたっ」
「え、痛かった?……あ、血…」
反射的に彼が唇を離す。するとツ、と血が顎を伝い落ちた。きっと唇の引きつった皮膚が千切れたのだろう。
「切れた……あー」
ぽとぽとと血が溢れるそこは裂傷のように止めど無く血を流し落ちてじわじわと服を汚す。
「これじゃ薬も塗れないなあ……ん、」
口内まで鉄の味がして、気付けば彼にぺろぺろと動物のように舐められていた。
「血止まるまで舐めとく」
その性的さを一切含まない彼の舌が、より一層セクシャルに僕の目に映る。
矛盾してる。快感に抵抗しながらも、いつだって彼を狂おしい程に求めていた。彼はまるで僕の発情スイッチのようだ。指先一つで魔法のように乱れて、シーツの海に沈む。
「髪にちゅーした時も思ったんだけどさ」
「……はい?」
また、彼の唐突な発言が飛び出た。
「お前すげーキスするの好きだろ」
「はっ!?」
唐突、突然なその言葉に僕はすっ頓狂な声を上げて、思わず彼を睨む。そのセクシャルな唇から、真剣な声で、まったく不純した言葉だったのだから。
「だっていつも気持ち良さそうな顔してる」
「そんなに俺とのキス気持ちいい?」
「うわ、わ、ああああああああああ!!!」
「んな恥ずかしがらなくても」
近くにあった枕を彼に投げて、蹲り耳を塞いだ。無意識とは恐ろしい。
いや意識的にキスをしていたのは確かだけれど、それは、それは……!
「あ…貴方がっ!……キスするの、好きなんでしょ!?」
「うん」
即答されて、もう耳どころか首まで真っ赤になっているのが自分でも解った。顔が熱い。血液が沸騰して、ゆでだこになってしまいそうで、頭がクラクラした。こんなの、セックスしてる時だってならない。
「お前はさー、こういうコミニュケーション、馴れて無いのよく分かる」
「……?」
冷たい掌で両頬を包まれて、横たわったまま彼の方を向かされた。
「だから今日はせいいっぱい、……しようぜ?」




キスやペッティング、手コキ足コキ素股…エトセトラetcで、その日はいれずの5発。
「どうよ、たまには挿れないのもいいだろ」
「なんていうか…今日は何度でもイける気がする……」
「お望みとあらば致しますが?」
「もう結構ですっ!!!」
長ったらしい前戯だけだなんて、これ以上辛いものなんてない。感じるだけ感じさせられて、イけるだけイかされる。慣らせるだけ慣らしといて、これでお終いだなんて酷い。
「やっぱりこれ、欲しい?」
「だからもういいって言っ……、!」
ぴとり、と腰に熱の感覚が走った。
「俺まだ2回しかいってないんだけど……?」
「〜〜っ!!!」
今夜はあと何回キスをして、あと何回いってしまうんだろう。
そしてこの先どうなってしまうんだろうという、一抹の不安が僕の頭を過ぎるのだった。






10/02/23 UP


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