優しい両手
時折ティエリアは、アレルヤが何を考えているか解らないことがあった。昔も今もそれは変わらない。だが、ふとした瞬間に見せるアレルヤのその憂いを帯びた表情が何を意味するのか、今になって解る事になるとはティエリア自身思ってもみなかっただろう。
「アレルヤ・ハプティズム、入るぞ」
「やあティエリア。どうかしたの?」
「……制服に着替えたのか」
救出されたアレルヤに新しく振り分けられた部屋へティエリアがやってくると、渋みのある橙色の制服を着たアレルヤが手袋を嵌めていた所だった。昔と変わらぬ穏やかな笑顔でアレルヤはティエリアを部屋へと招き入れる。
「さっき刹那が持って来てくれたんだ」
「やはり、その色はお前に似合っているな」
暖色の、鮮やかな色だ。あれは何時だったか、ニールがあの色は太陽の色だと称していたのを、ティエリアはふと思い出す。
「ありがとう、ティエリア。……所で、僕に何か用があったんじゃなかったのかい?」
「ああ、これを渡しに来た」
アレルヤに言葉に思い出したように、ティエリアは懐にいれていたあるものを取り出して、アレルヤの手にそっと握らせる。
「手袋?手袋ならもう刹那に渡して貰ったけれども」
「違う、これは……ロックオンの遺物だ」
その刹那、アレルヤの表情が無くなった。
「……………え?」
アレルヤは茫然として、その表情は戸惑いを隠しきれず、ティエリアとその手の中にあるものを交互に見やる。
「大破した、前のトレミーで見つかった。捨てるのは忍びなかったから……」
ティエリアは真っ直ぐにアレルヤを見詰め、アレルヤを慰めるようにこう言った。
「アレルヤ、使ってやってはくれないか。僕や刹那には大き過ぎるんだ」
「ごめんね……ティエリア……」
アレルヤからの突然の謝罪にティエリアは困惑した。
「何故君が謝る?」
「だって、一番哀しいのは、ティエリアだろう?だって君が一番泣いて、君が一番彼の事が好きだったから」
アレルヤは儚んだ声で言う。まるで自分が一番哀しんでいないかのように、静かにティエリアの瞳を見詰めかえした。本当は自分だって泣きたかっただろうに、本当は自分だって好きだったろうに。なのにアレルヤは自分が悪いように言うのだ。だがティエリアはそれを見抜いていた。
「……お前だって、悲しんでいるだろう」
言い聞かせるようにティエリアはアレルヤをそっと抱きしめる。それでもアレルヤは苦しむように瞳を伏せながら言う。
「僕はいつかきっと忘れてしまうよ」
絞り出すような掠れた声が発せられる。
「……お前にとって、「ロックオン」とはそんなに軽い存在だったのか」
「違う、でも……ねえティエリア。僕が忘れても、覚えていてくれる?」
アレルヤは知っているのだ。
「忘れさせなどしない。「ニール」を想う気持ちは、みんな同じだから」
ティエリアは知らない。己と他者の、彼の人への想いの違いを。アレルヤは、それを知っていた。何故ならアレルヤも、彼の人によって想えることを知ったのだから。
そして、彼の人が愛していた人を、知っていたから。




「刹那、あいつは哀しい男だ」
モニターに映し出されたアレルヤは、銀髪の女性パイロットと唇を重ねていた。ティエリアはその女性が誰なのか知っていた。脳量子波とウェーダから見たアレルヤの情報の、一番深い所にいたのは彼女だった。自分を好きだと言っていた男ではない。アレルヤが好きだと言っていた……
「……だが、これも一つの愛の形なのではないだろうか……」
隻眼の男が何を想い、考えていたのかもう知る術は無い。ただ記憶に残る優しい両手だけが、悲しく空を仰いでいた。

刹那はティエリアのその呟きに、ただただ頷くしかなかった。




09/05/10 UP

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