喩えばそれが偽りだったとしても
 空が青いものだと、海が蒼いものだと、彼が教えてくれた。
森は緑に溢れ動物が住み、水にも生き物が在れると彼が教えてくれた。
 世界は、こんなにも蒼くて美しい。
 地面を踏み締める度、草花を倒す。歩く分にはコンクリートの道の方がましだ。僕は黒いジャケットの内ポケットから折り畳んだ紙切れを出して、門に書いてある文字と紙に書いてある文字を確認した。

(えっと、オックスストリートのダブリン市南共同墓地……?)

 一字一句間違って無い事を確かめ、一歩門の中に足を踏み入れた。霊園内の地図が書いてある看板の前に立ち、ファミリーネームで区切られていると知りSの欄を見る。

(無い……よ、ね)

 間違ったのでは無かった。ただ脳が、体が勝手にそこを見る。そこによく見知った“Lockon Stratos”の文字は無かった。

 この場所を知れたのは、本当に偶然でしか無かった。知らなかったら僕は一生この場所に足を踏み入れる事は無かっただろう。目指すは小高い岡の中腹。腕の中には花屋の店員に勧められるがまま買った霞草と金木犀。強い馨りが鼻腔をくすぐり、小さな花たちは風にさわさわと揺れた。

 喩えばそれが嘘の名前だとしても、確かに貴方が存在していた事が幸せだったのに。

「こんにちは、かな?久し振り?それとも初めまして?」

 墓前には白いチューリップと牡丹と薔薇が、綺麗に並べられていた。墓碑の前に跪き、そこに彫られた“名前”を指でなぞる。
“Nile Dylandy”
知らない名前だった。紙に書かれた番号と、この場所は間違ってなどいない。だから、ここは“彼”の墓なのだとよく解った。

「にー、る…ニール、ディランディ……」

 声に出してみる。やっぱり聞いた事も無い名前だった。ここが彼の墓なら、ここが確かに“彼”の墓なら遺体は無い筈だ。だが、僕がそれを確かめる術は何処にもなかった。ただ、紙に書かれた情報だけを頼りにここまで来たというのに。

「ロックオン……僕は、間違っていたのだろうか……」

 例えここが貴方の墓であったとしても、来なかった方が良かったのだろうか。知らぬ名前が主の墓前に頽れる。ふと視線を上げると、黒い髪の青年と栗色の髪の青年が遠くに立っていた。

「ニール、ごめんね。さようなら」

 顔も知らぬ故人の名を呼び、謝る。
空は蒼く澄み広がっていたが、ぽつりと一粒雨が落ちた。




【if your end】




09/03/29 UP

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