小説 | ナノ


▼ ギルベルト・バイルシュミット / APH


All You Need Is Love

 手始めに訪ねた坊ちゃんの家でエリザからフライパン攻撃をくらい、フランシスとアントーニョの奴らは電話をかけてもまったく出てくれない。フェリちゃんは電話には出てくれたものの遠出をしているようだったし、本田は遠すぎるからダメだ。イヴァンは番号を一瞬だけ表示させたが考え直してやめた。ちなみにヴェストには仕事中だからまた後にしてくれと机に積み重なった大量の書類を見ながら本気の声色で言われてしまったので泣く泣く諦めた。
 そうなってしまった俺が向かう先はもう一カ所しかない。
 今日はどうしても誰かにちょっかいをかけたい気分だったので、文句を言われることを覚悟しながらもそいつの家に向かった。

「誰もいねぇのかよ……」

 チャイムを鳴らしても誰一人として出てこない。街の中心から少し外れたところにあるこぢんまりとしてそれでいて荘厳な趣のある屋敷は、人っ子一人いないように静まりかえっていた。今日はあいつは仕事はなかったはずだ。何故それを知っているのか?言っておくが俺が暇だからではない。あいつはデートの翌日にめったなことじゃ仕事はいれないし、そして昨日がそのデートだと先週辺りに嬉々として話していたからだ。
 もう一度呼び鈴のボタンを軽く押すが、チャイムの電子音が扉の向こうからくぐもって聞こえただけで相変わらず反応はない。風が冷たく俺の身体に吹き付ける。
 なんだかむなしくなってきてきびすを返しかけたところで、もしやと一つの考えが頭をよぎり、取っ手に手をかけてみると案の定鍵はされておらず、その用心のなさに呆れながらも恐らくはそこにいるであろういつもの場所へと向かった。
 そしてその予感は的中した。入り口から長く伸びる廊下をずっと進んだ先にある中庭を見渡せば、手入れのなっていない茂みの隅に彼女はこちらに背を向けた状態でしゃがみ込んでいた。
 ヴェストにはあまり構うと怒られるんじゃないのかと何度も言われているが、俺以外の誰がこいつを構ってやるんだ。
 足音を忍ばせそっと近付き背後で立ち止まり、やけに質の良い紺のワンピースの襟を思いっきり引っ張ってやった。
 中途半端な中腰まで持ち上げたところで手を離すと、振り返った名前は思いっきり俺を睨み、そして叫んだ。

「シワになるでしょ、やめてちょうだい!」

 名前とは長い付き合い――いわゆる幼馴染みというやつだ。他の男の前では絶対にしない怒鳴り方でこちらをなおも睨み続ける。その瞳は赤く頬も紅潮し、ほんの数秒前まで泣いていたことがはっきりと分かった。

「こんな茂みの中にいながらよく言うぜ」

 ため息をつきながら手を差し出せば不服そうな顔をしながらも彼女はその手を取って立ち上がる。一瞬よろめいたのですぐに支えながら足下に視線をちらりと向ければ、馬鹿みたいに細くて高いヒールを履いていた。

「ケセセ、またフラれたのかよ」

 慣れないことをしてる彼女はあまり好きではない。嫌みったらしく笑ってやればムキになって反論してくるかと思ったのだが、言い返そうと口を開きかけ何も言わず俯いてしまった。なんだかバツが悪い。
 顔を上げない彼女に一瞬同情しかけたが、彼女の恋愛遍歴を思い出すと謝る気にはなれなかった。
 今回のお相手は確かエリザのとこの映画俳優だかなんかだった気がする。その前は会社経営者、その前は歌手、その更に前は医者で、高級ホテルの若手シェフなんかもいたはずだ。
 彼女はいつもいつも恋をする。そして決まってお相手はそういった“敷居の高い”やつらだった。何が良いのかは分からないが毎度運命だなんだと騒がしくしていたかと思えば、相手の趣味に合わせたような見慣れない服を着て出かけ、デートの回数が片手の指より多くなるかならないか辺りで一日にして化粧が地味になる。そしていつもこの中庭で一人で泣いているのだった。フラれたことはあまりにも明確すぎた。

「ただの都合いいだけの女じゃねぇか」

 私の何がいけなかったんだろうとこぼす彼女に、俺はいつもむかむかと胸の辺りでぼやけた赤いもやのようなものをくすぶらせていた。
 相手の男たちはきっと大して彼女に不満など抱いてはいないだろう。ただし彼女と同じ重さの恋心も抱いてなどいなかったのだと思う。彼女はいつもまっすぐだった。まっすぐに進みたいから必死になるし、自分を変えることもいとわなかった。そんなもの、都合が良い以外表現のしようがない。
 それでもこの幼馴染みは恋に生きたいだのともがくのだ。

「うるさい」

「遊ばれてんだよ」

 だから俺のことなんてシャットダウンするように拳を握る彼女に、つい畳みかけるようにきつい言葉をかけてしまう。

「うるさい放っといて!」

 その言葉は中庭に響いた。ふさぎ込むようにしゃがんだ彼女がヒールのせいでまたふらついて、でもすぐに膝を抱えなおし、その行動に心の中のもやが渦巻き始める。
 本当は名前はそんなことぐらい分かってるんだろう。分かってるのに、やめられない自分がいるのだろう。それでも追いかけたい自分がいるのだろう。
 どうして自分をそんなにも傷つけてまで恋をするのか俺には理解できなくて、理解のできない自分が何より苛立った。

「スペックばっか気にしてどうすんだよ、釣り合ってねぇし」

「…………」

「だいたい、人間相手に高望みしすぎなんだよ」

 嫌な感情が混ざり合って言葉になって出てきてしまう。ふさぎ込む彼女の顔は見えやしない。意地っ張りだから是が非でも反応を示さないつもりだろう。いつもならだだをこねる子供をからかうように笑ってやるそれも、今じゃ心の不安定を加速させる材料にしかならない。

「いつまでも一緒にいれるわけじゃねぇんだぞ」

 そんなにも誰かといたいなら。
 そう続けようとして言葉を止めた。誰かといたいのなら――なんだ。俺は彼女に何を求めている?
 まるで恋愛を人生の全てと言わんばかりに突っ走って、気ばかり遣うから相談をする友達すら作れなくて、人のことをいつもひとりよね笑いながら本当はいつも独りの幼馴染みに、俺は。
 ……あぁ、そうか。
 涙を拭うためのハンカチを用意してる理由だって、ヴェストにあれこれ言われながらもちょっかいをかける理由だって、聞きたくもない知らない男の話を聞いてやっていた理由だって、いつだってひとつだったじゃないか。

「何が言いたいのよ」

 言いたいことは一つだ。でも気が付いてしまうと恥ずかしさがこみ上げてくる。赤いもやはじわりと火照る球体になった。
 どう言っていいのか分からずに黙ったままでいると、彼女はようやっと顔を上げてこちらを見た。泣き跡の残る目元をこすり、不安げに下唇を噛んでいる。
 上手い言葉が見あたらず、俺は口の形を何度も変えるがなかなか声が出てこない。

「……何」

 不機嫌そうな声色にぎくりとした。言うなら今しかないだろう。

「あー…」

 何秒黙ったか分からないが、とにかく声を出さなければ始まらないと頭をかきながら名前を見つめた。

「……俺様にしとけってことだよ」

「は」

 ようやく出てきたその言葉に、名前は間抜けな表情のまま固まってしまった。
 瞬き一つせずに目を丸くする彼女にいつまでも見つめられていると、これ以上は心臓が持たない。
 強引に腕を掴み、よろめいてもお構いなしに彼女を引っ張り廊下へと向かう。

「おら、行くぞ」

「ね、ねぇ!今、なんて」

 声をかけられても振り向けない。自分の顔が段々と火照っていくのがはっきりとわかるからだ。
 名前は足取りおぼつかないようにふらふらと歩きながら、ねぇだのなんでだのと何度も何度も名前を呼んでくる。その事実が嬉しくて、ひどく恥ずかしくて、でも勝った気がして、扉の手前で立ち止まりお望み通りに振り向いてやった。

「……っだー!もう!黙って俺を選べばいいって話なんだよ!ったく、何度迎えに行けば気が付くんだよお前はっ」

 手を掴んだままでも仁王立ちなのは照れ隠しというやつなのかもしれない。
 そもそも幼馴染みなわけだし、こいつの泣き顔を散々見てるんだから、少しぐらいこんな顔を見られてもいいだろう、などと特に根拠のない思考回路になってしまうのはありえないくらいに心臓が早く鳴っているからだ。

「あ、あたしでいいの」

「そんな顔すんじゃねぇ!お前はお前でいいんだよ!」

 ぶっきらぼうに言い返せば、名前は眉を下げ泣きそうな顔をして何度も頷いた。
 リビングに向かう途中で立ち止まった彼女は、その馬鹿みたいに細くて高いヒールを脱いで掲げ、ようやく歯を見せて笑った彼女に、俺も釣られて笑ってやった。


written by ゆくね(燃え尽きたフィアンセ





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -