ラッキーカラーはオレンジ!




 今日は朝からツイてない。
 朝は寝坊して遅刻しそうになるわ筆箱忘れるわ日直だわ……その上、今日の日付は私の出席番号。もう既に三回は当てられた。(しかも答えられずに恥ずかしい思いまで)
 二時間目の授業が終わった今、早々に私は疲れきってきた。

『早く帰りたい……』
「そんな君にこれ!」

 黒板を消しながら溜息と共に出てきた独り言を掬い上げるような明るい声と背後に立つ影。振り返ると、ふわふわしたオレンジ毛の彼がニコニコしながら私にオレンジ色のシャーペンを差し出した。

『千石くん……これ?』
「うん、君にあげる!」
『あげるって……そんな、申し訳ないよ』
「今日は朝からアンラッキー……って思ってたでしょ?」

 な、何故分かるの...。図星を刺されて歪んだ私の顔を見てクスクスと笑う千石くん。

「その顔は当たりだね? 〇〇座の今日のラッキーアイテムはシャーペン、ラッキーカラーはオレンジ。俺、ちょうどピッタリのもの持ってたから」

 ハイ、と有無を言わさず私の手を取り、掌にシャーペンを乗せられた。今日は筆箱を忘れたから、正直有難いのは有難いんだけど……

『でも、なんか悪いよ』
「いーの、いーの! 気にしないで。むしろ君にラッキーをあげられて俺の方がラッキー! だからね」

 おお、ウインクし慣れてるなあ……じゃなくて、やっぱり千石くんは優しいな。

『ありがとう』
「そのペンが君を守ってくれるからね。それじゃ」

 守ってくれる、か。そういえば千石くんは占いが好きなんだよね。いつも彼の周りには、運勢を聞きたい女子が集まってるっけ。掌のシャーペンを見つめてボーッとしているとチャイムの音が。急いで黒板の残りを消して、私は席に戻った。

****

 日付と出席番号が一致している人が最も警戒する授業として、数学を挙げる人は多いのではないだろうか。もちろん私もその一人。そして予想通り、日付なんていう理不尽な理由で私は先生に当てられていた。

『――です』
――はい、正解です。

 ふっふっふ。しかし焦ると思っているのは大間違い。今回は宿題が出ていたから、それの答え合わせから。最初から当てられると分かっていれば、それ相応の準備も出来るというもの。しかも最初に当てられてしまえば、しばらく順番は回ってこない。

(今回は運が良かったな)

 今日初めてウキウキした気持ちで教科書に顔を落とした時、自分が握っていたシャーペンが視界に入る。

(千石くんにコレ貰ったら本当にラッキー起きちゃった)

 ありがとう、と彼の背中に心の中で手を合わせていると、急に後ろを振り返った彼と目が合った。千石くんは(たぶん)私に向かってニコッと微笑み、ピースをして見せた。

――はい、次。千石くん。
「えっ、ああ! えっと……どこでしたっけ?」
――よそ見しない。

 教室が笑いに包まれる。千石くんも笑いながら、周りの人に次の問題を教えてもらっている。千石くんとその周りは、いつも笑顔でいっぱいだなあ。先程の笑顔とピースする姿が頭をよぎって一瞬ドキリと胸が跳ねる。何故か熱くなってきた顔を隠すために私は教科書に顔を落とし、頭に全く入ってこない数字の羅列を何度も何度も目で追った。

****

 前言撤回。やっぱり今日の私はツイてなかった。
 体育の授業はサッカー。大して得意でもない私はそれなりの力で頑張っていたところ、思いっきりこけて膝を擦りむき保健室へ。もうすぐ授業も終わるのでそのまま先に教室へ帰りなさいと言われ、痛む膝を庇いながら教室に戻ってきたのだ。

(さっきまではいい感じだったのにな)

 机に突っ伏し、千石くんから貰ったシャーペンを眺める。眺める……眺める。

(体育の時はシャーペンを持ってなかったから?)

『いやいや、まさか……』

 思わず独り言で自分を否定する。そりゃそうだ。そんなことありえない。とは分かってるけど……どうしよう、ちょっと怖い。

(とりあえず今日はこのシャーペンを肌身離さず持っていよう)

****

 私は基本的にオカルトなんてものは信じていない(怖いから)。占いもそう。朝の番組で何気ない情報として入るくらい。一位ならラッキー、最下位なら少しテンションが下がる。ただそれだけ。しかも家を出る頃にはそんなものも忘れてしまうくらい。

『……千石くんって魔法か何か使えるの?』
「どうしたの? 急に?」

 そんな私でも流石におかしいと思ってしまう。さっきの授業、何も起きなかった。先生から当てられなかった。そんなことと思うかもしれないが、今日朝から自分の身に起こっていることを考えれば奇跡のように感じてしまう。真実を確かめるべく、お昼休みに千石くんの席へ事情聴取しに来たという訳だ。

『だってさ、千石くんから貰ったこのペン持ってると不運が起きないの!』

 目の前にペンを突き出すと、千石くんは目をまん丸くしてペンと私を交互に見つめる。すると何故かみるみる顔を赤くし、私から目を逸らした。

『どうしたの?』
「いや……あの、何でもない」

 絶対何でもないことない。

『もしかして、私がおかしなこと言うから笑いこらえてる?』
「いや、それはほんと、違うから……うん。ごめん」

 私から逃げるように目を合わせてくれない千石くん。その赤い顔、絶対笑いこらえてる! ジト、と千石くんを見つめると「ごめん、ごめん」と慌ててカバンから一冊の本を取り出した。

「残念だけど俺は魔法使いじゃないんだ。その代わり、これ」
『占いの本?』
「そ。すっごくよく当たるんだ」
『その本に、私のラッキーアイテムがシャーペンで、ラッキーカラーがオレンジって書いてあったの?』
「そういうこと」

 バチンという効果音が鳴りそうなウインクはアイドルみたい。
 しかし、ここまで魔除けみたいな効果を感じると占いという一言だけでは説明がつかない気がする。けど、確かにこの本は見たことある。詳しくは知らないが、たぶん有名な本だ。

『へえ……ん?』

 今の話し聞き、手に持ったペンを見つめてあることに気付いた。

『シャーペンは勿論だけど、確かにラッキーカラーがオレンジも当たってるね!』
「ん?」
『だって千石くんの髪の毛もオレンジ! 私今日、千石に助けてもらったもん』

 今のはかなり名推理じゃない? 千石くんにペンを貰わなかったらもっと悲惨だったかもしれないし。かなり得意げに言ったものの、当の千石くんはキョトンとした顔。
 あれ、何か間違ったかな……?

「……勘弁して」

 急速に真っ赤に染っていく顔を手で覆い隠す千石くんは力無く呟く。その顔。千石くん、もしかして……

(照れてる……?)

 その言葉が浮かんだ途端、ぶわっと顔に熱が集まってくる。

「え、えっと、その……」

(何が名推理!? どうしよう! 何言ったらいいの!? 何で私まで赤くなるの! というか何で千石くんは照れてるの?!)

 ドキドキと鳴る心臓。千石くんに聞こえるかもしれないと思うくらいにうるさい。次の一手に困り果てていると、手で覆い隠した顔から目だけをそっと覗かせ、席を挟んで立っている私を上目遣いで見てくる。

「あのさ……」

 覆われた口元からはくぐもった声。この雰囲気……なんか、すごく、緊張する……張り裂けそうな程高鳴る心臓に耐えつつ彼の言葉を待っていると、

――千石くーん! 今日も私の恋愛運占ってよー!
「『っ!!』」

 他のクラスの女子が数人、急に間に入ってきた。ビックリした。完全なる意識の外から入ってきた大声に、別の意味で心臓が飛び出るかと思った……

――あ、ごめん。話してた?
「えっ! ううん、何でもないよ!」
『うん、もう終わったとこだから! それじゃ千石くん、ありがとう』
「あー……うん。いいよー。またいつでもおいで」

 千石くん、何か言いかけてたな。まあ何でもないって言ってたし、大したことじゃないか。
 それにしてもさっきの雰囲気。

(思い出すだけでまた緊張してきた……)

 何だったんだろう。



『終わっったー!!』

 良かった、何事もなく……は無いけど、千石くんにペンを貰ってからは平和に過ごせたな。本当に良かった。帰りに俺を言おうと思っていたけど、女子に囲まれてそのまま部活へ行ってしまい言えずじまい。明日、何かお礼しなきゃな。

****

――今日の1位は……〇〇座のアナタ! 何をやってもうまくいくよ! 恐れずチャレンジしてね! そして……大きな転機が訪れるかも!

 昨日とはうってかわって、何をやってもうまくいく。その上大きな転機か……なんだろ、食堂で新しいメニューでも出るのかな。

――ラッキーカラーはオレンジ、ラッキーアイテムは猫

 流石に学校に猫は持って行けないな。ラッキーカラーはまたオレンジ。まあ昨日のは千石くんの本に書いてあったものだし。
 そうだ。千石くんの今日のラッキーカラーなんだろう。昨日のお礼のクッキー、その色のリボンにしようかな。うん、名案……って、あれ? 千石くんって何座なんだろう? 誕生日も知らないなあ……向こうは知っててくれたのに、なんだか申し訳ないな。

『仕方ない。私のラッキーカラーでいいか』

 オレンジ色のリボンをクッキーの包みに結びつけ、昨日より幾分も余裕を持って家を出ることが出来た。

****

 さすが一位。何事もなく学校に着いた。今まで占いなんてあまり意識したことなかったのに、なんだか得した気分。

(クッキー、いつ渡そうかな……やっぱり朝だよね)

 少しソワソワしながら千石くんの登校を待っていると。

(来た!)

 いつものように女子をはべらせた千石くん。

(しまった……千石くんの周りっていつも女の子沢山いるよね。渡しにくいなあ)

 私が迷っている間に始まりを告げるチャイムが鳴ってしまった。仕方ない、もう少し機を伺おう。渡すチャンスはどこかにある!

(……って! 全然タイミングない!)

 伺い続けて数時間。遂に昼休みになってしまった。そして今も千石くんの周りには沢山の女の子。

(どうしよう……朝より増えてる……)

 昼休みということあってか、朝よりも大勢の女の子が。こんなことなら朝渡せばよかった。昨日の昼休みように、みんなで運勢を見ているようだ。

――ねえねえ! 私の恋愛運は?
――私は金運知りたいなあ!

「順番順番! まず、君は何座?」
「そっちの君は?」
「そこの君は?」

 あれ? そういえば千石くん、私の星座知ってたな。なんでだろう。どこかで誕生日を教えたりしたっけ? ……いやいやいや。そんなことより今はこれをいつ渡すか。どうしよう。


 ……なーんてこと考えてたら学校終わっちゃったよ。私のバカ。朝勇気を出して渡していれば……こうなったら部活が終わるまで宿題でもして待ってよう。

****

 宿題、キレイさっぱり終わったな。沢山時間あったもんね。カバンにクッキーを潜めて校門で帰りを待ちぶせするなんて、なんだか告白するみたい。うっ。そう考えるとなんだか緊張してくるな……
 目の前を部活終わりの生徒がぞろぞろと歩いていく。キョロキョロと辺りを見回すと、目立つオレンジ色を見つけた。

『千石くん!』

 名前を呼び近寄ると、周りには同じテニス部の人たちが。恥ずかしいな……

「あれ! どうしたの?」
『あの、その。これ、昨日のお礼……みたいな』
「本当に? ラッキー! 嬉しいなあ。もしかして、これ渡すために今まで待ってくれてたの?」
『渡すタイミング逃しちゃって……』
「そっか、そっか……みんな! 先帰ってて! 俺、今からこの子とデートだからさ!」
『えっ』

 千石くんの言葉を聞いて、一緒にいたテニス部の人たちはハイハイ、と慣れたようなリアクションで別れを告げる。一部「あれって告白ですか?!」なんて聞こえてくる。変な噂広まらないかな。でも一緒にいた南くんや東方くん、良い人だからそんなことしないよね。

「じゃ、行こっか」

 さて。どこに?

****

 渡されたオレンジジュース。何度もお金を渡そうとするも受け取ってもらえなかった。お礼したいのはこっちなのに「デートに付き合ってもらったお礼」らしい。

「ここ。綺麗でしょ」

 来たのは学校からそんなに遠くない、夕焼けがとっても綺麗に見える公園。

『うん! すごく綺麗。こんな場所あるなんて知らなかった』
「穴場なんだ。二人だけの秘密ね」

 人たらしって千石くんみたいな人を言うんだろうな。人気者なのは優しいからだけじゃないんだね。

「クッキー、ありがとね。あ、これ。オレンジのリボン。今日の君のラッキーカラーだ」
『よく分かったね! 私も朝の占い見たんだ! ……そういえば千石くん、よく私の星座知ってたね! どこかで話したっけ?』
「え? ……っとー、それは……うん、前一度話したよ」
『そうだったんだ。うーん、思い出せない……』
「……」
『千石くん? どうしたの?』
「……ごめん。嘘ついた」
『え?』

 夕焼けに照らされた千石くんの顔。眩しいのか、眉をひそめ目を細めて少しだけ俯いている。その表情はまるで、苦悩するようにも見える。

「君の星座を知ったのは……他の子に聞いたからなんだ」
『……そうなんだ?』
「分かる?」
『? ごめん、分からない……』
「そうだよね……ねえ。俺の話し、聞いてくれる?」
『いいよ! どうしたの?』

 いつも明るいあの千石くんが、少し苦しそうな気がする。何か悩みでもあるのかな。私に出来ることは少ないけど、聞くことくらいなら。

「俺、好きな人がいてね」

 まさかの恋愛相談。本当に聞くことしか出来ないよ、私でいいの?いつも周りにいる子の方が……いや、その中にいるのかな。千石くんの言葉に何故かすごく動揺してしまい、胸がドキドキ苦しい。

「なかなか自分から話しかけられなくて……」

 千石くんが話しかけられないってどんな人なんだろう。すごく美人か可愛い人なんだろうな。

「でも最近、やっと沢山話せてさ。すごい嬉しかったんだ。俺浮かれちゃって」

 照れくさそうな千石くん。すごくかっこいい。無責任な言い方かもしれないけど、こんなかっこいい人、振る人いるわけないよ。

「毎日朝の占い見て、その子の分のラッキーアイテムまで持ってきて……いつか渡せないかとチャンスを狙ってたんだ。そしたら……来たんだ、そのチャンスが」
「昨日」

 そう言った千石くんは私の目をしっかり見据えていて。まただ。また昨日のお昼休みみたいに、全身で鳴っているかのように心臓がドキドキとうるさい。

「君が好きなんだ」

 言葉とともに差し出された掌には、可愛らしい猫のキーホルダーが乗っていて、心臓がより一層ドクンと跳ねた。少し眉を下げて困ったように微笑む千石くんの顔は夕日に照らされてまるで映画のワンシーン。
 どうしよう。何か言わなきゃと思えば思うほど何も出てこない。喉に何かが詰まったかのように。

「ごめんね、急に」

 ビックリしたでしょ? と笑う彼に、私は頷くだけで精一杯。

「だよね。だからさ、返事は今すぐじゃなくてもいいし……むしろ俺としてはアピールするチャンスがもっと欲しいというか……つまり、その……これからは俺のことをちゃんと意識してほしいんだ。俺、頑張るから」

 私は間違っても映画のヒロインになれるような器じゃない。しかし目の前で私に向かって告白しているのは、間違いなく主演俳優のような王子様。非現実的なことが起こりすぎてふわふわとする頭で今朝見た占いのことを思い出す。

――大きな転機が訪れるかも

「……どうかな?」

確かに大きすぎる転機。

『……千石くんが占いにハマっちゃう気持ちも分かる気がする』
「え?」
『うん。お願いします……っていうのはちょっと変かな?』

 彼の掌に乗せられた猫のキーホルダーを受け取り、そっと千石くんの様子を伺うと、目を見開いたり瞑ったりコロコロと表情が変わっている。最後に大きく溜息をつくと、先日のお昼休みの時のように手で顔を覆い隠してしまう。

「……嫌われるかもしれないけど……言っていい?」
『なに?』
「今、すっごく君のこと抱き締めたい……です」

 顔から火が出そうとはまさにこのこと。ぶわぁっと顔を中心に全身に熱が広がる。そんな時、再び脳内に蘇る今朝の記憶。

――何をやってもうまくいく!恐れずチャレンジしてね!

『……その、いつか、……そうなったら、うん……』
「えっ! 本当? ……本当にいいの?」
『え、いや、だから……例えばというか、いつかというか……』
「……君の中で俺との先を考えてくれるだけでめちゃくちゃ嬉しいよ……」

 先程より千石くんの顔と空気が緩んだ気がする。これはさすがの私にも分かる……嬉しそう、とっても。そんな彼の態度は、今までの告白が嘘じゃないと改めて私に実感させる。今朝の占いに押されて告白まがいのことまで言ってしまったのもあり、胸の高鳴りが収まらない。

「好き」
『……ありがとう』

 としか今はまだ言えないけど。違う返事が出来る日はそう遠くないんだろうと、手の中にあるキーホルダーを見つめながら自分で気付いてしまった。
 ラッキーカラーがオレンジの日、次はいつかな。





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