あめ




 雨の日なんて、気分が落ち込む上に湿気がまとわりついて気持ち悪いだけ。そう思っていた。
 だがその日の雨は、湿気とともにある出会いを連れてきてくれた。

 とても傷付くことがあった訳でもない。しかし、なんとなく嫌な気持ちが積み重なり、そこに雨まで振られると、時には涙まで零れそうになったりもする。生きていれば人間、そんな日もある。その日の彼女もそうだった。なんとなく気分が落ち込み、気分転換のため散歩に出たはいいものの、急な雨に振られ公園の雨避けへ逃げ込んだ。雨で澱んだ空気や重い空を見ていると、より気持ちが沈んでいく。手にぶら下げたコンビニ袋を見つめながら、意味もなく溢れそうになる涙を堪えていた。

「大丈夫? もしかして、体調でも悪い?」

 頭上から聞こえた声に顔を上げると、オレンジ毛をした男子が心配そうに彼女を覗き込んでいた。急に声をかけられ驚いた彼女には、素っ気ない返事が精一杯だった。

「そっか、なら良かった」

 無愛想だったのではと心配する彼女をよそに、その男子はニコッと懐っこい笑顔を見せる。明るい毛も合わさり、彼の周りだけ湿度が低く、カラッとした陽気な空気を感じさせる。

「急な雨で困っちゃうよね」

 自然な流れで話しを続けるがこの男子、よく見ると手に傘を持っていた。彼女と彼は初対面。何故自分に話しかけてきたのか、彼女は少しの不信感を募らせながら横目で彼を観察する。
 彼女から彼への第一印象は「山吹中のチャラそうな人」。綺麗な顔立ちをしているが、髪の毛もオレンジ。コミニケーション能力もかなり長けている印象。制服は言わずもがな。この付近であそこの制服を知らない人はいない。要するに目立つのだ。面倒な人に絡まれた、というのが彼女の正直な感想。気持ちの沈みもあり、誰かと話すよりも一人になりたかった。彼女は彼の世間話に適当な相槌を打ちながら、どうにかしてこの場から切り抜ける方法を考えていた。

「ねえねえ」

 その男子は一粒の飴玉を彼女に見せると、慣れた手つきで両手をグーに握った。

「どーっちだ」

 あからさまに右手に入っているのが分かる握り方であった。もしかしたらからかわれているのかもしれない。ニコニコしている彼の笑顔から他意は感じられないが、彼女はより警戒心を強めながらも右手を指さした。男子はふふっと嬉しそうに笑うと、右手を開いてみせる。彼女は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。なぜなら、開かれた右手は空っぽだったからだ。

「手、出して」

 言われた通りに手を差し出すと、男子は彼女の掌の上で左手を開いた。すると、ポロポロと三粒の飴玉が彼女の掌にこぼれ落ちてきた。予想とは反対の左手、しかも三粒に増えた飴玉に驚きを隠せない。そんな彼女の反応を見て、その男子は嬉しそうに目尻を下げる。

「おっ。三倍になるなんて、君ってラッキー! ツイてるね!」

 手品なんて、どれだけ不思議でもテレビで見るとどうせタネがあるんだろう、なんて冷めた目で見てしまう。しかし実際に目にすると、いくらタネがあると分かっていても人々は感嘆の声をあげてしまう。今彼女の目の前で行われたことも、簡単な手品だろう。そんなことは本人も分かっていた。しかしこんなに至近距離で見てしまうと、彼女にとってはもはや魔法のようにも感じられた。

「雨、弱くなってきたね」

 つられて空を見上げると、確かに先程より雨足は弱くなっていた。これなら走って帰れるかもしれない。そう思っていた彼女に、その男子は持っていたビニール傘を差し出した。意図が分からず首を傾げると、男子は小さく微笑み飴玉が転がっている彼女の手に傘の柄をひっかけた。

「その飴玉ね、元気になる魔法かけといたから」

それだけ言うと、彼女が口を開く間もなく「じゃあね!」と大きく手を振って走って行ってしまった。その背中をただぼーっと見つめる彼女。掌に転がった「元気になる魔法がかけられた飴玉」を見つめている間に、雨はいつの間にかあがっていた。

****

「元気になる魔法かけといたから」

 あれから何度も何度も、彼女はその台詞を反芻する。

 理由が曖昧な気分の沈みは、些細なきっかけや、一日、二日寝れば解決することも多々ある。彼女も例に漏れず、「些細なきっかけ」で元気を取り戻していた。そんな彼女が今立っているのは「些細なきっかけ」の公園。手には、あの日受け取ったビニール傘。あの日から二日。実は彼女、昨日もこの公園に来ていたのだが、あの男子と再会することは叶わなかった。彼がどこに住んでいるのか、名前すら分からない。ただ彼があの日、テニスバッグを持っていたことを彼女は思い出し、更にこの近くにテニスの屋内コートがあることも知っていた。そうであれば、彼がまたここを通る可能性はある。
 彼に傘を返すため。その為に彼女は昨日から引き続き、この公園に来ていた。
 しかし、待てども彼は来ない。再び彼と会えるまでは何日でもここに通おうと決めていたが、冷静になればなるほど決心も緩み不安が大きくなってくる。自分がやっていることはストーカーじみてないだろうか。一度芽吹いた不安は時間が経つごとに大きくなり、今日の空模様のように暗い雲が心を覆い尽くしていく。

「あれ? 君は一昨日の……」

 待ちに待った声に条件反射で首が動く。二人の視線が交差する。彼のクリクリとした目が、驚いて余計に真ん丸く開いている。あんなに待ち焦がれていたのに、いざ目の前にすると緊張で言葉が詰まる。一度話しだだけなのに待ち伏せなんて気持ち悪いと思われないか。彼を前にして、彼女の中では不安がより大きく渦巻くが、ここで黙っていたら余計に不審がられる。彼女は緊張で頭が真っ白になりながらも、手に持っていた傘を差し出し、やっとの思いでお礼の言葉を口にする。

「もしかして……昨日も待っててくれた?」

 どんなに誤魔化そうとしても、人は急に痛いところをつかれると咄嗟に上手い嘘はなかなか出てこないもので。そうでなくとも余裕のない彼女は正直に答えてしまう。そして、後悔は口に出してからやってくる。今すぐこの場から逃げ出したい衝動を抑えながら彼の返答を待つ時間は、彼女にはまるでスローモーションのように感じられた。感覚も無駄に研ぎ澄まされ、自分の心音、彼の息遣い、今なら全てを捉えられるような気がしていた。ほら、今。言葉を発するために、彼は軽く息を吸う。

「……ごめん!」

 彼のしっかりとした声音が、もやもやとした空気を裂く。予想外の反応に彼女の息は一瞬止まる。

「昨日は晴れてたからここには来なかったんだ……俺としたことが、女の子を雨の中待たせるなんて……知らなかったとはいえ、本当にごめん!」

 謝る顔は真剣そのもの。一方的に待っていたのは彼女の方なのに。心底申し訳なさそうに謝る彼を見て、彼女の心にかかった靄が少しづつ晴れていく。しばらくは二人で謝罪の応酬を繰り広げていたが、最終的には気付けばどちらともなく笑っていた。

「傘、ありがとね」

 そう言う彼の手には彼女が返したものとは別に、既に一本の傘が握られている。今日は雨なのだから傘を持っていて当然だ。しかし彼に傘を返すことばかり考えていた彼女は、再会した日が雨の日だとどうなるか、完全に思考から抜け落ちていた。しかし、そんな彼女の視線に気付いた彼は優しく目尻を下げる。

「ちょうどこの傘壊れててさ。コンビニでビニール傘買おうと思ってたんだ……っていうのは、さすがに苦しいかな……ま、つまり」
「君にまた会えて、嬉しいってこと」

 彼は少し困った表情を浮かべたと思えば、歯の浮くようなセリフを堂々と口にする。爽やかに。この時彼女の頭に浮かんだのは、彼に抱いた第一印象。
 チャラそう。自分の直感は間違っていなかったと思いながらも、何故か不快な気分になることはなかった。一度だけ、しかもほんの少し話しただけで彼のことは何も知らない。それでも彼女は、目の前の彼の笑顔が嘘には見えなかった。
 その後、彼と彼女は「今更だけど……」とお互い自己紹介をした。千石という名の彼は山吹中テニス部で、外で練習できない雨の日は近くの屋内コートに来ているということであった。

「さて。名残惜しいけど、そろそろ時間かな」

 どのくらい話したのか、気付けば辺りもすっかり暗くなっていた。彼、千石は彼女を送ると言い張ったが、疲れている練習後に引き止めてしまった後ろめたさもあり丁重にお断りした。そんな彼女に千石はとても不満そうにしていたが、断固として首を縦に振らない彼女に根負けしたようだった。

「じゃあ俺、こっちだから」

並んで歩く二つの傘が立ち止まる。

「傘、本当にありがとね。あと……今日は元気そうでよかった」

 また話そうね、と言い残し、大きな傘は離れていく。彼女は離れていく大きな傘と、手に握られたもう一本の傘をぼーっと眺めながら先程の言葉を思い返していた。
 元気そうでよかった。
 三倍になった飴玉は、ただの自分の思い上がりだと思っていた。火照った体から発する熱は、小さな傘の中ではサウナのようで。少し肌寒い夜の雨も、今の彼女には涼しくて心地よい。鬱陶しい上に気分も落ち込む。彼女にとって雨とは不快で、思わず眉を顰めてしまうようなものだった。しかし今では、思わず顔が綻び、心躍るほど待ち遠しい日。

****

 前回は傘を返すためという大義名分があった。
 じゃあ、今回は?

 今は梅雨時。待たなくても、雨なんて毎日のように降ってくる。その中で彼女は一つの問題に直面していた。
 彼に会う理由がない。
 前回は傘を返すため。誰もが納得する言い訳だろう。じゃあ次は?二度しか会ったことのない人物に理由もなく会いに行くのは、それこそストーカーじみてないだろうか。教室の窓から見える雨粒を眺めながら必死に頭を捻らせるが、何も出てくることはなかった。そのまま午後を迎えると、目で追っていた雨粒の量は減っていき、黒い雲の隙間から段々と晴れ間が覗いていく。下校する頃には完全に雨も上がり、運動部の生徒たちは元気にグラウンドを走り回っていた。残念なようなホッとしたような。複雑な心境だが、とにかく一日の猶予はできた。学校のものよりも、よっぽど難しい宿題を抱えた彼女はウンウンと唸りながら夜通し言い訳を考えるのだった。

****

「お待たせ。待った?」

 会話だけ聞けば付き合っていると誤解する人もいるだろう。

「聞いてよ! 今日さ……」

 夜通し頭を捻ったが結局彼女にはいい案は浮かばず。通りすがりのフリをして公園を覗いていたところ、後ろから来た彼に見つかった。言い訳にならない言い訳をしたが、千石は深い訳は聞かず「また君と話せてラッキー!」とただ笑うだけだった。それからは雨の日はなんとなく公園に集まって三十分ほど話す流れに、気付けば山吹中に友達なんていないはずの彼女が、千石の話しを聞いているうち一方的な友達が沢山できていた。

「あ、雨止んだね」

 梅雨も大分過ぎた。最近では雨が降っても短時間で止むことも多く、以前より二人が公園に集まる頻度は減っていた。

「それじゃあ、またね」

 梅雨が終わってしまうことが、こんなにも悲しいと思えるのも彼女くらいだろう。空は晴れ、ジメジメと夏が近付く気配がする度に、彼女の心は曇っていった。

****

「梅雨、もうすぐあけるんだって」

 そう言う千石の横顔を、彼女は見ることが出来なかった。

 暑さはもちろん、セミの大合唱は人々に夏の到来を実感させる。ついこの間まで暗く重かった空はこれ以上ない程青く、高い。しかし、雲ひとつない青空を見上げる彼女の心は、暗い梅雨に逆戻りしていた。梅雨の終盤になればより雨も減り、降っても屋内コートを使うほどの降雨量ではなかった。山吹中テニス部は大会に出場しているらしく、練習もとても忙しい時期のようで。何度か小雨の時に公園に行ったが、そこに千石が現れることはなかった。
 玉砕覚悟で告白すべきだったのではと悔いても、それももう遅い。梅雨が連れてきた恋は、梅雨とともに去っていってしまった。


 彼女が千石と会わなくなり、どれほど経っただろうか。未遂で終わった恋の傷はそれほど深くはなく時間とともに薄れはしたが、後ろ髪を引かれるような切なさからはなかなか脱することができなかった。
 そんなある日。彼女が朝目覚めた瞬間、耳に入ってくるのは窓を何かが叩く音。飛び起きてカーテンを開けるといつもの澄み切った青空はなく、重く暗い雲が空を覆い尽くし、大粒の雨が降り注いでいた。空を見上げる人々の顔からは、折角梅雨があけたというのに、という声が聞こえてきそうだ。そんな中、彼女だけは子どものように目を輝かせ、今にもスキップしそうな体を抑えていた。

 いつも以上に長く感じる授業。受けている間も雨が止まないか心配で、何度も何度も外を見る。授業が終わればすぐに学校を飛び出し、家に着けばカバンを放り出し急いでクローゼットを開ける。普通雨の日ならお気に入りの服は避けるのだろうが、彼女は親に見られれば怪しまれそうなほどのオシャレをして、鏡の前で何度も自分を確認していた。
 そして時間になり、いざ出掛けようとドアノブを握った瞬間、彼女の動きは止まった。早くあの公園に行きたいのに、何故だか分からないが体が動いてくれない。ドアノブを握る手が震えてくる。

 もし今日、来てくれなかったら

 嫌な予感が彼女の頭をよぎる。初めて自分から会いに行った時と同じ。一度芽吹いた不安は、なかなか消えてくれないのだ。あんなに楽しみだったのに今は行くのが怖い、頑張ってオシャレしたのに、そんな自分が段々と滑稽に見えてくる。不安が大きくなり、彼女の心を蝕んでいく中、ふと、ある笑顔を思い出す。彼女はカバンの中から、彼に貰った飴玉を取り出すと、まだ一度も手をつけていないそれを一つ包装紙から取り出し、口に含む。それを舌の上で転がすと口の中に甘みが広がっていく。口内に広がった甘みは喉を伝い、胸へと落ちる。

 元気になる魔法かけといたから

 落ちた甘みは胸の中で優しく広がり、彼女の中にある不安を少しづつ塗り替えていく。その感覚は千石の言う通り魔法のようで。しばらく飴玉の味を楽しんでいると、気付けば彼女の心は軽く穏やかになっていた。彼女は大きく息を吸い、もう一度ドアノブを握る手に力を込める。開かれた扉の先には重く暗い雲と地面を叩きつける大粒の雨。どんな快晴や雪よりも、彼女にとっては最高の景色だった。


 公園の雨避けで空を眺めながら、彼女は思い出していた。初めて千石と出会った日のことを。あの日、落ち込んでいた彼女に追い打ちをかけるように降り注いだ雨。何故落ち込んでいたのかなんて、彼女はもう思い出せない。しかし、あの時話しかけてきた千石が雨空に浮かぶ太陽のようだったことだけは、彼女ははっきりと覚えていた。

「久しぶり」

 そう、こんな風に。


 雨の日なんて、気分が落ち込む上に湿気がまとわりついて気持ち悪いだけ。そう思っていた。
 だがあの日の雨は、湿気とともにある出会いを連れてきてくれた。

「元気にしてた?」

 しかし梅雨が終われば、彼は雨とともに去っていった。

「うん、俺もそこそこ」

 そして再び、雨は彼を連れてきてくれた。彼女は一年に一度しか会えない織姫と彦星の気持ちが、ほんの少しだけ分かったような気がした。

「……」

 今日が終わればまたしばらくは会えないだろう。それをお互い分かっているからこそ、うまく言葉が出てこなかった。

「えっと……今日の君、とっても可愛いよ」

 ハハ、と照れ臭そうに指で頬をかく千石。そう思ってほしくてオシャレしたはずなのに、実際言われても彼女はただ顔を赤くし、靴を眺めることしか出来なかった。
 人通りもなく、雨の音と隣にいる千石の存在を感じるのみ。あまりの静けさに、彼女は世界に二人だけになったような錯覚を覚えそうだった。

「そろそろ時間かな……」

 そんな彼女を現実に引き戻す言葉。彼女が思わず隣を見ると、眉を下げ口元だけ笑った千石と目が合った。

「君にまた会えて嬉しかった」

 似たようなセリフを以前にも聞いた覚えがある。しかし、もうあの時のように「また話そうね」と気軽に言える雰囲気ではなく、もはやそれは別れの言葉のよう。
 しかし、引き止めるには彼女にはあと少し勇気が足りなかった。漫画やドラマではそんなヒロインを見て歯痒い思いをしていたが、彼女は現実を知ってしまった。あまりに激しく鼓動する心臓は全身に響き、うまく思考できない。「どうしよう」という言葉だけが何度も何度も駆け巡る。それでも彼女は、今にも消えそうな千石の影を必死に手繰り寄せようと、必死に喉から声を絞り出そうとした。

「どーっちだ」

 千石は一粒の飴玉を彼女に見せると、慣れた手つきで両手をグーに握った。あからさまに右手に入っているのが分かる握り方であった。いつか見た手品だ。急なことで混乱する彼女に、千石はもう一度同じセリフを口にする。彼女はおそるおそる右手を指さした。千石は眉を下げた笑みを見せると、右手を開いてみせる。彼女の想像通り、開かれた右手は空っぽだった。

「手、出して」

 言われた通りに手を差し出すと、千石は彼女の掌の上で左手を開いた。すると、三粒の飴玉・・ではなく、四つ折りの小さな紙切れが彼女の掌にこぼれ落ちてきた。飴玉という予想を裏切られた彼女は思わず驚きの声を口にする。千石はそんな彼女に何の反応も見せず、ただじっと俯いている。何も言わない千石に困惑しながらも、彼女は掌に転がる紙切れをそっと開いた。そこには謎の英数字が羅列してあり、首を捻る彼女。千石の顔を見てみると、手で顔を覆い隠しており表情が読めない。謎のメッセージについて聞こうと彼女が口を開いた瞬間、

「それ……俺のIDだから……」

 覆い隠していた手を目元だけどけた千石に言葉を遮られた。

「うん……あの、緑の……メッセージアプリの……」

 目元だけ見える千石の顔は、そこだけでも分かってしまうほど赤く染っていた。手に持った紙と千石の顔を何度も見比べる彼女に、千石はバツが悪そうに目をそらす。

「……恥ずかしいから……あんま見ないで」

 そんな千石に、点と点が繋がりやっと状況が見えてきた彼女の顔も真っ赤に染っていく。

「その……よければなんだけど……晴れの日も、また君と会いたいなって」

 いつもからは想像できない程弱気な千石の声に、彼女は思わず顔が綻んでしまう。そして熱くなる目頭を堪えながら、何度も首を縦に振った。そんな彼女に「本当に?!」と無邪気な笑顔を見せる千石。
 二人はしばらくの間、恥ずかしさで真っ赤な顔を笑いあって誤魔化していた。

****

「暑っつー!」

 ラケット片手に汗だくになっている彼に彼女はスポーツドリンクを手渡す。お礼を言って受け取った彼は、瞬く間に半分ほど飲み干してしまう。

「ごめんね、練習付き合わせちゃって。君もちゃんと水分補給してる?」

 手に持っているスポーツドリンクをニッコリと見せつける彼女に、彼は「よしよし」と微笑む。

「暑いけど、天気がいいとやっぱ気持ちいいねー!」

 彼女の隣に座った彼は、絵の具を垂らしたような青い空を見上げる。

「でもね。俺、今は結構、雨好きなんだよね」

 不思議そうに自分を見つめる彼女に気付いた彼は、何故だか慌てた素振りをみせる。

「何でって……えっと……それは内緒!」
「さーてと! じゃあ練習再開しよっかな!」

 文句を言う彼女に後目に、彼はラケット片手に立ち上がる。不満そうに応援の言葉を口にする彼女にクスクスと笑う彼は、彼女に聞こえないように呟く。

「きっと、もうすぐ分かるよ」





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