夏なんてなくなっちまえ。
そうやって思うのも、恐らく今年で17回目。
夏生まれだから夏が好きだなんて、そんなデタラメがあってたまるか。
俺はきっと赤ん坊の頃から、このねっとりと纏わりつく湿気が嫌いだったに違いない。
「日撫ー!」
「っ、ぐぅ!?おえっ、げほっ、うぇっ…あ"い!?」
1年D組と書かれたプレートのぶら下がる教室。その手前から二つ目の廊下に面した窓を勢い良く開ければ、苦しそうな返事が返ってくる。
箸で持ち上げられた玉子焼きが半分欠けているところ、どんどんと、ない胸を叩きながら涙目になっているところを見る限り、驚いて咀嚼中のそれを詰まらせたらしい。
女にしては随分と短い、聞くところによると実兄に切り刻まれたらしい黒髪を、わしゃりと掴むと「ひぃぃ!」という悲鳴がこぼれた。
日撫があわあわと両手を動かし、その弾みで落ちた黄色の物体が、正面に座っていたパッツン眼鏡女の弁当箱へと転がっていった。
「な、ななな、何ですか先輩っ」
「おめぇ…俺が昨日言ったこと、忘れてやせんか?」
「は?へ?ぬっ!?ティ、ティ、ティンパニはちゃんと仕舞いましたよ!グロッケンも拭いときましたし、チャイムも同じようにしました!ちゃんと帰ってメトロノームと二時間にらめっこしました!」
「部活のことじゃありやせん。もっと記憶を遡れ。昨日の昼でィ」
「き、昨日のお昼?昨日のお昼は…今日と同じお弁当でした。あ、今日はから揚げですけど、昨日はハンバーグでしぃたいたいたいたい!先輩っ、髪抜けちゃう!」
握っていた髪へ、少し力を込めればガタガタと椅子と机が鳴る。引っ張る俺から逃げようと、立ち上がってこちらに頭を押し付けてきたので頭突きをかましておいた。
「ふへぁぁあぃぃぃいたぁぁいぃぃ…」などと半音ずれた様な悲鳴に、「悠月、先輩にパン買ってあげとくんじゃなかったの?」という平坦な声が重なった。
椅子の上にうんこ座りをしながら頭を抱えていた日撫が、今しがた思い出した!という顔で飛び跳ねる。
ガタガタと震えながらこちらを見た日撫へ、にやり、と笑ってみせれば、すでに人間が使う言語とは言い難い音を発しながら財布を掴みあげて教室を飛び出していった。
「悠月の先輩さん」
「なんでィ」
「悠月のことが可愛いのは同じSとして私も認めますけど、あんまりいじめないであげてくださいね。結構打たれ弱いとこもあるんで」
「何言ってんでィ。俺ァただ昨日のあいつの言葉を信じて弁当とりに来ただけじゃねぇか。日撫が忘れてたことを言ってやらなかったおめぇよかマシだろィ」
「知ってますか、悠月の先輩さん。明らかに勝敗の決まった勝負で、負けた側にパンを買わせに行くのは"パシリ"って言うんですよ」
「へぇ、初耳でィ。そんなにパシリの定義が狭ぇなんて」
窓に背中をあずけながら、日撫の親友であるパッツン眼鏡女と数回やり取りをすると、廊下の向こうから話題の人物が走ってきた。
どこかで一度転んだのか膝が赤く擦りむけて、さらに、ずっと全力疾走だったのか頬は赤く額に汗が浮かんでいる。
「すみっま、せ…せんぱ…コロッケパ、も、なかった、です…」
後輩と書いてパシリと読む