月に帰る(シンキラ♀/種運命)
アスラン、シンがモデルの設定
キラは子役出身→AV女優という設定
「あんたさ、本気で人を好きになった事ないんだね」
「急になんだよ」
「ま、いいけどさ。就職おめでとう」
ルナマリアが言っていたことを思い出す。彼女が何を意図してあんな事を言ってきたのかは、俺には分からない。そもそも俺がルナと付き合ってたのは、彼女が強引に迫って来たからというのもあるし、本気で好きだったかと聞かれると正直何とも言えない。
実を言うと俺には、画面の中でしか出会えない理想の女性がいるのだ。
長い茶髪の女性が、大きな胸を揺らしながら切なそうに顔を歪めている。モニターの中で。
それは、ヨウラン達が内緒なと俺に言い、気紛れで押し付けて来た一枚のDVD。それを見てしまってからは、今やこの女優が出ている媒体全てをコンプリートしてしまった。教師、姉弟、年上彼女もの、そりゃもう色々。
俺は彼女の虜になってしまったのだ。
「社長、少しお話が」
「キラちゃん。話ってどうしたの?」
所変わり、とある事務所にて若い女が年配の男性に頭を下げる。
「次回作で女優を引退したい?」
「はい」
女は申し訳なさそうな様子だ。長い茶髪と、奥ゆかしい紫色の瞳。清楚な服装からも分かる位美しいプロポーションをしている。
「もう古株だし、新しい子達の方はどんどん人気が出てきてます。地元に戻って、叔母さんの畑を手伝うつもりです。」
「今まで頑張ってくれてはきたけど、確かに人気は下火気味だよなぁ。仕方ないな」
「はい。」
キラは事務所を出ようと廊下を歩いていると、歓声が聞こえた方向に顔を向ける。どうやら近くの撮影現場が盛り上がっているようだ。
何となく気になって、気付かれない程度に扉の隙間から覗くと、どうやらグラビア撮影の最中だったようだ。赤毛の女の子二人が可愛い水着を着てフラッシュを浴びている。
確か、ホーク姉妹だとキラは思い出した。ティーンの男の子達に人気の今をときめくグラビアアイドル。
この手の業界、赤毛の女の子は派手で目立つし、人気も得やすい。グラビア時代、同期にいたフレイ・アルスターもそうだった。彼女は財閥の跡取り息子と結婚した後は、早々に芸能界を引退していった。
(それに比べ僕って、何もかも中途半端だ。)
彼女も子役の頃は一躍人気の時代もあった。しかし同時期に出てきた男の子役に人気を奪われ、あれよあれよという間にこの年齢になってしまった。
(僕もフレイみたいに明るければ、もう少し違ってたのかなぁ。)
事務所を出て、スクランブル交差点に差し掛かる頃。商業ビルの巨大なモニターに映るのは、飲料のCM。藍色の髪に色白の、スタイルの整った優男が映っている。
(アスラン・ザラだ。モデルになってたんだっけ)
子役時代に共演したな、と彼女は懐かしさに表情が緩んだ。当時子役であった彼女の人気を、全てかっさらってしまった張本人ではあるが。
また、キラには双子の姉がいる。カガリというが、キラとは正反対の見た目をしている。彼女は幼い頃から様々な舞台で成功を収め、知らない者はいない位の有名女優だ。そして、つい1ヶ月前に目の前に映っているアスランとの熱愛をマスコミにスッパ抜かれている。
(カガリとも碌に連絡とってないや。地元に帰ることだけは伝えないと。アスランとも末永くって言おう)
「芸能界を辞める?お前が?
どうしたんだ、いきなり!」
とある某ビル内のオフィス。一方、カガリはスマホ片手に大きな声を発した。側にいたダークブロンドの髪をした少年ーおそらくカガリの後輩にあたる子役であろうーが驚いた顔をして彼女の様子を伺う。カガリは悪い、と手でジェスチャーを送ると席を外す。
「私達、子供の頃からずっと頑張って来たじゃないか。どうしてそんな」
『でも、次から次へ才能のある子達が出てきて活躍してる。僕も潮時だと思ったんだ』
「だが、それにしてもいきなり過ぎやしないか」
カガリは窓際にもたれ、困ったようにキラに言う。
彼女は、キラがAV女優である事を知らない。彼女の性格上そういった界隈には疎いという理由もある。が、キラが芸能界で輝いていた頃はまだ9歳。不遇にも、同期のアスランに人気を掠め取られたせいもあり、翌年には忘れ去られた存在になってしまったのだが。
今のキラが、あのかつての子役だと気付いている人間は限りなく少ない。
「それで、辞めた後は?どうするつもりなんだ」
『カリダおばさんの家に帰ろうかなって。畑を手伝いながら、仕事も探すつもりだよ』
キラとカガリの実母は、二人を出産してすぐに失くなっている。よって、叔母のカリダが育ての親なのだ。
キラはスマホの通話を切ると、一息つく。やはりカガリは納得しておらず、一度話し合いがしたいとのことだった。
「これから、どうなっちゃうんだろう…。」
ワンルームで1人、三角座りで項垂れる。亜麻色の長髪がさらりと肩に流れた。
「こちら、新しい所属モデルのシン・アスカ君ね。まだ子供っぽいから、ザラ君がビシバシ社会経験させてやって欲しい」
事務所のマネジメント担当であるアーサーが、物腰良くアスランに頭を下げる。
「アスカ君、先輩には頭をちゃんと下げるんだよっ。ごめんねザラ君」
「はぁ…。別に構いませんが」
「僕も別の案件が落ち着いてから、すぐ合流するから。その間ここでゆっくり話してて」
アーサーが離れた後、シンは先輩モデルであるアスランを上から下まで眺めた後、仏頂面で言う。
「顔とスタイルが良いからチヤホヤされてるだろうけど、俺は別にあんたに興味がある訳じゃない。後輩だからって、あんたのご機嫌取りなんかしないからな」
ムカつく。
アスランの、シンに対する第一印象だった。そっちがそう言うなら、とアスランも嫌味たっぷりに返す。
「グラディスさんの推薦だと聞いていたが、別の意味で大物だな。俺もお前を特別扱いするつもりはない。厳しくいくぞ」
腕を組んで堂々と嫌味で返す先輩に、シンはムッとした顔で睨み付けた。それからすぐ、コツコツとヒールの音が聞こえ、1人の女性がこちらへ向かって来た。
「アスラン、お疲れ様。いきなり新人育成を頼んで申し訳なかったわね。」
明るいブラウンの髪を内巻きにした、長身の美しい女性だ。シンもさすがに緊張するのか、崩していた姿勢を正した。
「改めて、アスカ君。所属モデルのマネジメント部長のタリア・グラディスよ。頑張りましょうね」
タリアはにっこりシンに微笑みかけ、横にいるアスランがすぐ口を開いた。
「ここで会うのは久しぶりですね。」
「そうね、もう忙しくっててんてこ舞い。ここの社長と懇意にしてる友人が、新会社を立ち上げたばかりだから手伝ってたわ」
「友人って、ああ。ラミアスさん」
「そうなの、彼女もなかなかやるわね。あのラクス・クラインが彼女の会社に移籍するって聞いたの。こちらも負けてられないわ。
ところで、二人ともここで誰かを待ってるのかしら」
「トラインさんがそろそろこちらへ戻ると」
「まあ、アーサーったら…。ここで待たすのも悪いから、応接室へ移動しましょうか」
タリアの厚意に甘え、二人は歩きだした。スンとした表情でシンを一瞥するアスランに、シンは腹立たしいとばかりに目を反らした。
翌日の昼頃、キラは空港でキャリーケースを有料ロッカーに入れると、目深に帽子を被り歩いていた。ここから程近いオフィス街に、カガリのいる芸能事務所があるのだ。彼女の約束通り、話し合いの為キラはそちらへ足を向けていた。
例え引退することをカガリが認めなくても、彼女は故郷へ戻るつもりでいた。
(怒っているよね、カガリ。きっと…。会いたくないな)