三日月、刀辞めるってよ(三日月/刀剣)

※モブ青年出てきます。全体的に暗い
※歴史修正主義者との戦いは無かった
※刀解描写(死ねた)あります




一番最初に恋をしたのは、実の兄だった。つまり自分と同じ刀。
兄もまた俺を心から愛してくれ、誰もいない所で二人きり、睦み合ったりもした。それも長くは続かず、俺はとある武家に引き取られ、兄との関係はそれきりとなった。しかし別れ際、兄が「いつか迎えに来る。その時は一緒に」と言ってくれた。その言葉を聞いた時、俺は嬉しくて泣いた。

兄の言葉を信じて、長らく待ち続けたが、とうとう再び会うことは叶わなかった。




次に、新しい主の屋敷で二度目の恋をした。それは、俺を生みの親の弟子にあたる鍛冶師が作った刀だった。打たれたばかりのその刀は、まだ幼く、愛くるしい姿で俺の元に現れた。名を尋ねれば、舌足らずだが答えてくれた。それから熱心に俺のいる屋敷へ姿を見せるようになり、ある日、「おれがおおきくなったら、めおとになってくれるか」と聞いてきた。「ああ、立派になったらな」と答えると、それは両目を輝かせ俺に飛びついてきた。今でも鮮明に覚えている。

その刀もやがて持ち主が決まり、俺の元から去って行った。悲観はしなかった。いつかこうなる事は分かっていた。






三度目に恋をしたのは、内乱の続く時代だった。

ある夫婦がいて、夫である男が持つ刀とだった。妻が所有する刀であった俺は、最初はあまりそれを好いてはいなかったが、とうとう絆されて懇ろの仲となった。祝言をあげた日は、目に映る景色すべてが美しく見えて、幸せだった。この身を抱いてくれたあの逞しく、温かい手が好きだった。やっと幸せになれたと、この幸はずっと永遠に続くものだと、信じて疑わなかった。

それなのに。

それでも、別れは突然訪れた。我が夫が住まう城が炎に包まれる様を、遠く離れた場所で眺めていることだけしかできなかった。何もかも、焼き尽くしてしまうまで。






「よって、お主に頼みがあるのだ。聞いてくれるか」

紺の狩衣を纏った麗人が、ガラス越しににこりと微笑む。麗人の視線の先には、何処にでもいるような大学生風の青年が立っていた。

麗人の頼みを聞いた途端、青年の額がさっと青く染まる。

「そんな事どうやって」
「難しい事ではない」
「考え直しませんか。もう一度、彼らに会う事が出来るかも知れない」
「いいや。会えたよ」

麗人は何処か淋しそうに笑う。

「みな人の体を得て、もう一度目の前に現れてくれた。だが、もう俺を思い出す事はないだろう。彼らは幸せに暮らしている。それが分かっただけで、もう十分だ。」


この一見何の変哲のない青年が、本体である刀の向こうに座した「人の姿」を黙認できたのは奇跡としか言いようがない。三日月は頭の隅でそう思った。

青年は翌日、博物館から元ある場所へ収蔵されるべく車の荷台に乗せられた三日月を、何とか盗み出す事に成功した。その間、三日月は青年を他人の目に晒さないよう周囲にちょっとした「幻術」をかけて青年を守った。



青年が三日月を腕に抱えてから数刻立つ。気付けば人気のない山中にいた。かき集めた枯葉の中に、三日月の本体を青年はそっと置く。

「お前と出会えて、俺は幸運だな」
「どうして……」
「何を悲しむ。お前の姿は誰も見えておらぬ故、持ち出した事は誰にも知られぬぞ」
「そんな事じゃない…」

俯いたままの青年の頬を、白い手が包む。

「術も長くは持たぬ。

早く、火を」

蠱惑的な唇がそう紡いだ。







灰を地中に埋めた後、青年は虚空を眺め息をついた。話なんか聞かなければ良かったと、今となってはもう遅い恨み言を心の中で呟いた。

未だ漂う煙の隙間に、居ない筈の人の姿が見えた。笠を被り、緋色の着物を纏った人が立っている。それは一瞬女性のように思えた。

だが見紛うことなく「同じ姿」をしたそれは、青みのある長髪を揺らし傾国の如き笑みを浮かべた後、背を向け消えていった。





おわり


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