辿る先々(姉弟/鋼)
※悲しい
肉体を取り戻した後、俺たちは二手に分かれ旅をする事にした。今までは弟と助け合いながら旅をしてきたからまだしも、女一人だけとなるたくさんの者から心配を受ける為、皆には内緒でだった。何より一番弟が心配していたが、「俺を誰だと思ってるんだ」と笑って言ってやれば、渋々引き下がるしかない様子だった。
もうあの頃のような錬金術は使えないが、師匠譲りの体術が残っている。だが、心配されて嬉しくない訳じゃない。着実に大人へと近づく弟の背を見送りながら、俺はそう思った。
あれから3年の旅を経、俺はこの故郷に帰って来た。旅路はもう少し続く予定だったが、やはり残してきた幼馴染とその祖母がどうしても気がかりに思えて仕方なかった。
俺は白い家の前に立つ。弟ともう一度やり直すために建てられた一軒家は綺麗なまま。
「――姉さん!」
扉を開けると、そこに立っていた。大切な弟――アルフォンスが。
「お帰りなさい。無事に戻って来てくれて…ほっとした」
「お前こそ…。いつ此処へ戻ったんだ?」
「ほんの三日前だよ。旅先の知り合いに『一度戻ってあげたらどうだ』って言われてさ」
「そうか。俺と同じ理由だな」
3年前と比べ、立派な成人と呼べる位に大きく成長したアル。声も随分低くなったと思う。それに比べ、俺は15の時と背格好は変わらない。
「それでね、実は話しておきたい事があって…」
「ん?何だよ」
アルとウィンリィの式は、村の人達に手を借りながら催す事になった。
都会のように派手なものとは言えないが、純白のウエディングドレスに身を包んだウィンリィはとても綺麗で美しい。長らく男のように生きてきた俺ですら羨望を抱くほどだ。
新郎らしい服装に身を包む弟が、彼女の手をとり指輪をはめる。ふたりは神父に誓いの言葉を告げキスをした瞬間、盛大な拍手が贈られた。
『姉さん。僕ね、ウィンリィと結婚する』
『それは…本当か?』
『うん。一番に報告するなら、姉さんだと思って…』
『はは、そうか……やったなぁ!姉さん、嬉しいよ』
俺はお前の姉だ、弟であるお前の幸せを願わない訳がないだろう。今もそうだけど、これからもそれを願ってる。アルフォンス。大事な大事な、俺のたった一人の弟。
それからアルフォンスが引っ越しの準備が整うまでは、二人で生活をしていた。3ヶ月経ち、アルフォンスはウィンリィの家へ引っ越しこの家にいるのは俺のみになった。身体を取り戻す前に約束していた姉弟水入らずの生活は、たったの3ヶ月で終わりを告げてしまった。少々の心残りと寂しさはあるが、もう昔とは違う。
俺の人生があるように、アルにはアルの人生がある。どういう風に歩もうと自由な身になったのだから。
俺は時折、地下の物置を訪れ、かつてアルフォンスの魂が宿っていた鎧に会いに行く。二人が辛く長い旅路を共にした思い出の一部だから、手放す事ができなかった。温もりはないけれど、俺がピンチになった時いつも差し出してくれていた手を、そっと握ってみる。
――アルフォンス。
俺は目を伏せた。
「今晩シチューを作ったんだけど、エドも呼びましょうよ。好物だから、きっと喜ぶかも」
ウィンリィの提案に乗った僕は、さほど距離のないあの家まで姉さんを呼びに行った。結婚してから色々と忙しかったから、姉さんに会える日が減った。けれど姉さんは笑顔で迎えてくれるから、その度安堵したものだ。
呼び鈴を鳴らすと、小さな足音が聞こえた後扉が開いた。
「…おう、アルか。どうしたんだよ」
「えっとね、今晩ウィンリィが姉さんの好きなシチュー作ったから、食べに来ないかなって」
その時、姉さんの目が少しだけ曇ったような気がした。
――
姉さんが自分に対する戒めとして伸ばしていた長い髪を切ろうとした時、僕が止めた。
「こうすればとてもキレイだよ」
姉さんの三つ編みを解くと、ゆっくり櫛でとかしてやる。ほんの少しクセがあって、すごく柔らかい。姉さんの髪は、母さんの血を受け継いでいる証。母さん似だと言われる僕は、髪質が硬めだから、きっとこれは父さんの血だ。
「あ、ああ。ありがとな、アル」
照れたのか、頬を染める姉さんはとても女の子らしくて、可愛かった。
――
「ありがとう。でも今晩は遠慮しとくよ」
「え…?」
「今日は朝から家ん中整頓しててさ、少し疲れてるんだ。ウィンリィにも、よろしく伝えておいてくれ」
「あの、姉さん」
扉は締められ、僕は家の前で立ち尽くした。
俺は相変わらず、あの地下室へ足を運んでいる。だが少し変わった事がある。
アルは肉体を取り戻し、ウィンリィと幸せに暮らしている筈だ。でも、鎧から聞こえるんだ。変声期を迎える前の、俺たちが旅をしていた頃の弟の声が。
もう気付いている。俺は、ついに狂ってしまったのだと。
「アルフォンス。」
――どうしたの?兄さん
「日にちが変わる前に、此処を発とう。向かわなくちゃならない所があるんだ」
――賢者の石の在り処かな?
「ああ。俺たちが元に戻れる鍵が、眠ってるかも知れないんだ」
さようなら、アル。俺は"弟"を連れて、リゼンブールを去る。本当の幸せが在るのなら、何処へ辿り着こうが構わないさ。
例えそれが、「扉の向こう」だったとしても。
もっと早く、不審に気が付けば良かった。僕は姉さんのいる家へ、合鍵を使って強引に入る。家具や調度品はそのままに、姉さんの姿はどこにも無かった。
一つ気付いたのは、僕の魂が定着していたあの鎧が消えていた事だ。