Helianthus(cj♀/jojo)
※特殊、年の差ネタ
ある町の片隅で、小さな花屋を経営する若い男がいた。男は季節の変わり目になると、街から少し離れた田舎を訪れる。そこには広大な山が聳えていて、管理する人間がいない為、男は自由に気に入った植物の種をとり持ち帰っていた。
初夏の季節になり、男は例の山に立ち寄った。整備されていない道を登り、深緑の美しい木々の下を潜っていく。迷わないよう目印をつけながら進んでいた先に、息をのむ程の光景が彼を迎えた。
男を迎え入れたのはヒマワリの群生だった。幼少からヒマワリの花がいたく気に入っていた男は、一輪を手にし愛でる様に触れた。
感嘆の声を漏らしていると、背後から茂みを掻き分ける音が聞こえてきた。
一人の少女が群生の中から飛び出して来たのだ。男の腰にすら届かない小さな子供だった。男は人好きのするような笑みを浮かべ、少女と目線を合わすようにしゃがんだ。
「やあ、お嬢さん。このヒマワリ畑は君が作ったのかい」
少女は視線を泳がせたが、こくりと頷く。癖のあるブルネットが可憐に揺れた。
「もう少し眺めて行っても構わないかい?実は今日が自分の誕生日でね。こんなにキレイな花畑を見つけられて幸運だ」
座るのに丁度良い岩の上で、男はヒマワリを眺めながら少女と談笑した。少女はあまり口をきけないが、男の問いには頷くか首を横に振ってはっきりと返した。きっと親御さんの手伝いで学校に行って勉強する暇がないんだ、と男も察した。
帰り際に少女は、切り花にしたヒマワリを紙に包んで男に渡した。
「Grazie. また、此処に来てもいいかな」
すっかり男に懐いた少女は、上機嫌に頷いた。気付けば男はあのヒマワリ畑へ、週に一度あしげく通う様になっていた。
今日は少女を連れて街へ下りる約束をしていた。少女はいつものズボン姿ではなく、白いワンピースを着て待っていてくれた。そんな可愛らしさに男は心を掴まれたような気持ちでいた。
二人は街の市場を回ったり、ゴンドラで水辺を渡ったり、とても美味しいと評判のジェラートを食べたりした。山から下りた事がないと言う少女にとって、何もかも満ち溢れた一日だった。男もまた、一つ一つの景色に感動するあどけない顔を見て、「まるでヒマワリみたいに眩しい娘だ」と思った。
男は少女を帽子屋に連れて行き、美しい装飾がなされたオレンジ色の帽子をプレゼントした。高価なそれに最初逡巡していた少女だったが、素直に男の好意に甘えた。
「Ma cherie」
男は堪らないと言った風に、少女の頬に口付ける。言うまでもなく、少女は顔を真っ赤に染め上げた。
雨の降る日、男は顧客先の女性と長話をしていた。顧客は使用人を介して、沢山花を買ってくれる良いマダムだった。花屋に訪れる使用人は気さくで若く美しい娘だった。お喋りに夢中になっていたせいで、男は少女が花屋の前まで訪れていた事に気がつかなかった。
雨が上がり男が扉を開けると、いつも少女が持って来てくれるヒマワリの花束が置かれていた。その上には彼が与えた筈のオレンジの帽子があった。
男は取り返しのつかない事をしてしまった、と悟った。
店をそのままに、男は街を出て少女が住む山へ向かった。しかし何度見渡しても、少女のいるヒマワリ畑は見つからなかった。まるで此処には最初から何もなかったかの様に、雑草ばかりが覆い茂っている。よく見ると、草むらの中に種だけを残したヒマワリが一つあるだけだ。
男は直感で理解した。あのヒマワリは少女であると。
誰にも気づかれずひっそりと自生していたヒマワリは、一人の男に存在を認められ、人の姿をなしたのだろう。そして恋の終わりを認めた彼女は魔法が解け、元の姿に戻ってしまった。
「どうか許してくれ。
…あともう少しだけ、一緒にいてもいいかい?」
終わりを迎えた"少女"に向かって、男は小さく問いかけた。