太陽の下で咲く(cj♀/jojo)
※特殊 めずらシーザー独白
JOJOとの出会いはガラス越しだった。
JOJOは見た目は若いが、俺が生まれるずっと前から生きていた。JOJO、いやジョセフは人ではない。人間の好奇心から生まれた、人間と植物の遺伝子を併せ持つ生命体である。
医学者を目指していた俺はJOJOがいる生態実験所に配属された。所長のリサリサ先生に直々に所内を案内されている時に出会ったのが始まりだった。
「人語は解せますか」
「簡単な言葉なら理解はするけど、話す事は出来ないわ。彼女には声帯が存在しないの」
それから日々を重ねる内、ジョセフについて沢山の事を知った。歩行、食事、排泄は人と同じだが毎日一定以上の日光を浴びる事や、水分を摂取しなければ衰弱してしまう事。
それから何故だか分からないが、彼女はジョセフと呼ばれるよりJOJOという愛称で呼ぶと嬉しがるのだ。だから研究員たちはみんな彼女の事をJOJOと呼んでいる。
普通の女の子として生まれていれば、今頃学校に通い青春を謳歌していただろう。JOJOはガラスの向こうの白い部屋の中で、太陽を背にニコニコと笑っている。
「シーザー、あなた気に入られたみたいね」
所長の秘書であるスージーQがからかい気味に伝えてくる。
「臆病な子だけど、あなたには妹みたいに甘えちゃうのね」
スージーQの血色の良い首筋を見た後、俺はJOJOをもう一度見つめた。まるで植物の根っこのような白い首筋をしていた。
「リサリサ先生。JOJO…いや、ジョセフのデータをいつまで取り続けるつもりですか。もう30年以上も経っているのに」
リサリサ先生は間を置いて、ようやく口を開いた。
ジョセフのデータはもう取り尽くしている。彼女は本来処分される筈だった被験体だった。当時研究員だったリサリサ先生はガス室行き直前だった彼女を被験対象として引き取ったのだ。
若くして産んだが、事故で死んでしまった娘によく似ていたジョセフを。
「あの子は死ぬまで此処から出られないの。だからせめて、最期が来るまではと…そう思っていた。シーザー、単刀直入に聞くけれど、JOJOの事を愛しているでしょう」
図星を突かれ、俺がとっさに誤魔化せなかったのを先生はふふと小さく笑う。
「JOJOは人間としては不完全だから、外の環境には適応できない。あなたが連れて行きたくても無理よ」
「先生…」
「でもJOJOにとっては、あなたが希望なのかも知れない。シーザー、あなたなりに出来る事をしてあげなさい」
ここ最近はJOJOの様子が芳しくない。白いベッドに横たわったまま何も反応を見せなくなった。
数日後には手足の皮膚が茶色く変色し始めていた。呼吸も弱々しく、髪も艶を失っていた。寿命が迫っている事実を信じたくなくて、俺とリサリサ先生はJOJOの側に居続けた。
「死ぬな、死なないでくれJOJO」
JOJOは胃液を何度か床に吐いた後微睡むように微笑んで、やがて動かなくなった。俺は涙を堪えきれなかった。
それから1ヶ月後に辞職を願うと、「あなたには此処は残酷過ぎたのかも知れないわね」とリサリサ先生は他の施設を紹介してくれた。去り際に呼び止められ、彼女に差し出されたのは小さな封筒だった。
「JOJOの胃液の中にあった種よ。誰にも言わずに持って行きなさい」
それから、俺はその種を自宅の庭に植え出てくるのを待った。
ジョセフの遺伝子を構成していた向日葵は、今では太陽に向かって燦々と輝いている。育ちの良いそれはもう一年あればこの庭を覆い尽くしてしまう。
この先幸せな家庭を築けたとしても、この向日葵畑を見る度にあの子を思い出すだろう。ひょっとすれば、黄色い影から姿を現してくれるかも知れない。
出会った頃と同じように、太陽の下でまた笑ってくれるだろうか。