Le Spectre de la Rose
子V+初代♀ 特殊
この屋敷に越してきたのは、バージルが生まれてすぐの事だった。木々を切り倒し平地にした後、屋敷は建てられた。すると、周辺で自生していた植物の蔓がやがて蕾をつけ、鮮やかな赤色の花が開いた。蔓植物の正体は薔薇であった。幼いバージルは母に連れられ、立派に咲き誇る薔薇を見ながら育っていった。
成長したバージルはある日、スクールの催しによる舞踏会に招待された。彼はあまり乗り気ではない様子だった。どうせなら家でゆっくり本でも読むか、薔薇の庭でも眺めていた方がマシだったと、彼は使用人に着飾られながら考えていた。
使用人が胸にコサージュをつけようとするのを制止して、彼は外に出て庭に咲いていた薔薇を手折り胸にさした。
舞踏会ではスクールの女の子達が彼を取り合った。バージルは、その中で数少ない友人であるメアリという少女と踊ることにした。メアリは子供にしてはどこか冷めていて、同じ性質であるバージルとは気の合う間柄だった。気が合うだけに、ダンスは快調だった。
舞踏会から戻ると、バージルは疲れのせいか、椅子に座ってそのまま眠りについた。
ほんの少し微睡んだ後目を開けると、赤いドレスを纏った見知らぬ女性が窓際にいた。女性は前髪で片目が隠れていたが、それでも美しい容貌をしていた。
「だれ?」
女性は微笑むと、ドレスの裾を摘み挨拶の意を示した。
「薔薇だよ。舞踏会にお前が連れて行ってくれた」
バージルはコサージュに使った一輪の薔薇を思い出す。しかし胸ポケットを見ても、あの赤い薔薇は存在しなかった。
「やっと会えた、バージル」
「俺のこと、知っていたの?」
「勿論、赤ん坊の頃からずっと見て来たよ。さあ、踊ろうか」
薔薇はバージルの手をとり、広い一室の中で踊った。
しばらくステップを踏みながら、薔薇の芳香が彼の鼻腔を擽った。
「甘い香りがする…」
「嫌い?」
「ううん、落ち着くから。…どうして人間になっちゃったの」
「分からない。神様の悪戯かも知れないな」
まだ幼さの残るメアリとは違って、薔薇の精は完熟した女性そのものだった。色香に眩暈を覚えながらも、バージルはその手を放そうとはしなかった。
「もう時間が来た」
「行かないで」
「いつでも会えるさ…、ずっと見守っているから。
――あの庭で」
薔薇はバージルの手を解くと、開け放たれた窓から闇に溶け込んで消えた。
そこで彼は目を覚ます。まだ椅子の上にいる状態だった。
周囲を見渡しても、薔薇の精など何処にもおらず。彼はようやく夢の中の出来事であったと悟った。