QA0X
S→D♀←V
R15
兄は嫌いだ。いつも機嫌が悪いし、気に食わない事があればすぐ私に当たる。
「のろま」「ぐず」「できそこない」
私を罵らない日などない。私は他に行く宛てなどない。だからこの家から出られない。
唯一機嫌が良いのは、私をベッドに組み敷いている時だけだ。あいつは私を母に見立て、欲情のままに腰を振る。暴力がこわいから、この時だけは母になったつもりで接する。
兄と性交した翌日はひたすら自己嫌悪し、私はいつも自殺を試みる。首を吊ったり、首をナイフで切りつけたり、高い場所から飛び降りてみたり。
でも死ななかった。私は人間ではないから、人間でいう致命傷を負った所で意味がないのだ。一刻も早く母のもとへたどり着きたいのに、不死身の肉体が邪魔をする。
何故私はあいつの妹なんだ。私は人間になりたい。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
でもそんな辛い日々を一転させる出来事があった。
父が家に戻ってきたのだ。いつものように死のうとしていた私は、ドレスに血をぶちまけたまま父にすがりついた。
全てを話すと、父は眉を寄せて「辛かったろう」と私の体を抱きしめてくれた。私は大声で泣きじゃくった。まるで小さな娘のようだ。
これで全てが終わると思った。
私は父の寝室のベッドで目が覚めた。その時ちょうど父が部屋に入って来て、あまり心配させまいと私は眠っている振りをした。父は私に近づき、静かに寝ている私の髪をそっと撫でてくる。親が子にするような仕草に思えて、私は幸せな気持ちだった。しかし。
「 」
父が呟いた一言は、私を再び絶望に貶めるには十分な内容だった。
しばらくして私は個室で一人きりになり、前のように自分の喉と胸の辺りをナイフで何度も刺しまくった。どんなに血達磨になってもやがて傷はふさがり、息を吹き返してしまう。
名を与えてくれたのは母だった。教養の深い母は遥か昔の詩人の名を私に与えて下さった。
私は私だ。母じゃない。
でも彼らは私を母だという。
どうしてなんだろうか。
私は死んだ母の代わりでしかないんだろうか。
誰か私を救ってよ。
誰か…。
「父さん。この人はだれ?」
写真立てに気づいた息子は、不思議な顔で尋ねた。
「それは俺の妹だ」
「この人はどこに住んでいるの」
「三年前に死んでもう居ない」
「嘘、どうして死んじゃったの」
「誤って湖に落ちてな、駆けつけた時にはもう。」
母の形見であるペンダントを握りしめ、水面に浮かぶ妹の顔は幸せに満ちていた。地獄の中でささやかな安寧を捉えたような。
妹は死を選ぶ代償として、「自分自身」を手に入れたのだ。