シンクロニシティ
1V♀1D同棲話
最初は冷たい水の中にいた。何も見えず、ただ自分の呼吸する音だけが響く空間だった。自分が何故此処にいるのか、一体何者なのか、それすら知らなかった。
ある日、上から誰かの声が聞こえた。女の声だ。
知らない誰かの名前を呼んでいる。
+ + +
「ただいま。良い子にしてたか」
ダンテは帰るとすぐ俺の頭を撫でてくれる。母の様な優しい手つきで、少しくすぐったい。
「掃除してくれたのか、偉いぜ。ありがとな」
事務所で留守番をしている間、俺は出来る限りの事はするようにしている。ダンテが、少しでも楽になってくれる様に。
ああ、また痛みが始まった。
時折、記憶が混乱する時がある。知らない筈の思い出がふと脳裏に浮かぶのだ。楽しい思い出もある。けれど悲しい思い出がフラッシュバックする時、痛みは強くなる。
「いたい…痛、い…」
「大丈夫、だいじょうぶ」
呻く俺の頭をかき抱いて、ダンテは胸に押し付ける。心臓の音がした。とても心地よい。
「また、見えたのか」
頷くと、悲しげに眼を細める。
「まだ、分からない?」
「わか、ら、ない」
「そうか。時間は、たくさんある」
ゆっくり思い出していけば良いと、ダンテはそう言った。
ダンテの悲しむ顔などみたくないのに。ずっと笑っていてくれれば良いのに。この脳の痛みよりも、ダンテの心の方が余程辛く思える。