無題

3D♀→ネロキリ?
よく分からないパロディ





俺とした事が、チケットを落としたのに全く気付かなかった。見知らぬ女が駆け寄ってきて差し出したのは、ポケットに無かった筈のチケット。

「あの、これ…」

済まないと一言添えて、俺は受け取る。だが女の顔を見て動きが止まった。

女が目を爛々と輝かせながらチケットを凝視していたからだ。



俺の婚約者――キリエは歌手として名が知られている。しかもコンサート自体かなりレアで、中流階級以上の者達しか購入できない程高くつくのだ。下々の人間はせいぜいラジオ位でしか彼女の歌声を拝む事ができないだろう。

「好きなのか」

問うと、女は激しく何度も頷いた。女はお世辞にも中流とまではいかないなりをしている。行きたいと思っても金銭的に手が届かない身分の彼女が、こいつに目を輝かせたとしても何らおかしくない。


それに、この女が拾ってくれてなかったらこのままチケットを紛失していたままだっただろう。礼もせず別れるのはさすがに忍びない。


「コンサートは今晩だが、ついて来るか?」
「えっ?…けど…」女は戸惑いながら言った。

「拾ってくれた礼だ」

チケット一枚でも、幸い連れ添いOKであった。丁度、気分的にも一人で見に行くよりかは複数で言った方がよっぽどマシだと俺は思った。



* * *



女の名はダンテといい、外れのスラム街で生活しているそうだ。顔立ちは随分幼いのに、年は俺より2つ上で少し驚いた。
キリエのように静粛としたものとは言い難いが、スラム街のとあるバーで歌手をして生計を立てていて、ダンテにとってキリエは歌手としても、女性としても憧れの存在であるらしい。

コンサートは素晴らしい形で幕を終え、一生に一度きりであろう出来事に満足感に浸るダンテを尻目に、俺はコーヒーを一口含んだ。


「へぇ、あんたも歌手やってるのか」
「一応な。そんな大したもんじゃないけど…」

あのキリエのように大きな舞台で歌うのが夢なのだと、笑いながらダンテは語った。

「ありがと、今日は良い思い出だ。吹聴して回りたい位だ」
「気にすんなよ。俺も借りは返す主義だから」


「ふふ。そういうの、嫌いじゃないぜ」

ダンテはコートを身に付けると席を立った。去り際に俺の耳に顔を近付け呟くと、手を振って喫茶から出て行った。

その口から告げたのは、彼女が歌っているバーの場所だった。俺は近い内に、会いに行ってやろうと思った。



後日、俺は彼女が言っていた場所へと足を運んでいた。


コンサートがあった晩ダンテと別れた後、すぐにキリエを迎えに行った。その時俺は、キリエの態度がぎこちないのを何となく察した。

「どうしたんだ?今回はちゃんと見に来れたのに…」
「ええ…ネロが座って見ていてくれてたの、分かった。すごく嬉しかったわ」



「ただ、知らない女の人と一緒に話してたのが、少し気になっただけ……」

俺は背を向けていたキリエの体を抱きしめる。キリエは驚いたような声を上げ身を捩ったが一向に構わなかった。

「何を言ってるんだ。別にそいつとは疾しい関係じゃない」
「ごめんなさい、許してネロ……。私、少しだけ不安になっていたの」
「謝るなよ。俺は今も昔も、お前だけしか見ていないから」

俯きがちだったキリエの顔が花が咲き誇ったように明るくなる。俺はキリエの顎をとると優しく唇を塞いだ。




キリエとダンテの二人は雰囲気からして正反対だ。キリエは修道院で生まれ品行方正に育った為、立ち振る舞いは上品だし、まさに清廉潔白といった感じだ。ダンテは淑やかなキリエとは反対に表情が豊かで、言葉使いもそんなに美しくはない。だが、出会ったばかりの人間に何かを刻み付けていくような、そんな魅力があった。

21時を回る頃、俺はネオンが怪しく光るスラム街の中を過り目的地へとたどり着いた。

店の扉を開いて中に入ると、青い照明が暗い店の中を照らしていた。客は疎らで、両腕にでかいタトゥーを入れた厳つい男や、酒瓶を片手に酔い潰れた男がテーブルに座っている。この店自体あまり、良い雰囲気とは言い難い。

誰も立っていないステージにバックライトが付き、そろそろ始まる事を理解した俺は空いていたテーブルに座る。

ステージの中心へ、背中の大きく開いた黒いドレスを着た女が歩いて来る。世間じゃ珍しいとか言われてるあのプラチナの髪には見覚えがあった。

間違いない、ダンテだ。

ダンテは静かに立ち、背後で構えていたピアノ奏者に目配せする。3秒程立って、ジャズ調の曲が流れ始め、俺は静かに席から見守った。



優しい陽の光に当たっているのがキリエだとしたら、さしずめダンテは影の中の存在だろう。太陽が照らしてくれるのをひっそりと待ち続ける、影の歌姫だ。



曲が終わって、俺が見た限りは手を叩く者は一人も居なかった。

ダンテは静かにステージを降りて行く。酔っ払った小太りの中年が、観客テーブルまで降りてきたダンテの所まで歩み寄り、腕を掴んだ。

中年男がズボンのポケットから紙幣を二枚出し、ダンテの手に握らせながら何か耳打ちしている。ダンテは頷いて、男に腕を引かれながら出口に向かって行った。嫌な予感しかしなかった。俺は席を立ち後をつけた。



男とダンテが裏路地に入って行ったのを見逃さなかった。迷う事無く進んでいくと突き当たりが見えたと同時に、ゴミ収集用の木箱の上で横たわるダンテと、股間を曝して彼女に覆いかぶさる中年男とばったり出くわした。

だいぶ乱暴を受けたのか、ダンテの頬は赤く腫れていた。


俺は中年男の胸倉を掴むと、顔面に拳を叩き込んだ。中年は鼻血を散らし、股間を曝したまま仰向けに倒れ気絶した。俺も教団のエースと呼ばれるだけあり、腕っぷしは並の人間よりも強いと自負している。

「………ね…ろ…?」

地面で固まったまま、ダンテは驚愕の色を隠せず俺を見つめている。驚いてるのはこっちの方だ、全く。

「いつか大きな舞台に立ちたいって言ってたよな、アンタ」
「………」
「ならもう金輪際、こんな事やめろ」



上着を着せてやった後手を差し伸べ、「立てるか」と聞く。ダンテは頷き俺の手をとり立ち上がった。

「――歌、聞きに来てくれたのか?」

俺は無言で前を向いていたが、ダンテは次第に肩を揺らし笑い始めた。弱弱しい笑いだった。

「何がおかしいんだよ」
「く、ふふ、……まさか、律儀に来てくれるとは思わなかったから」
「あんたが誘ったんだぞ。来ちゃ悪いのかよ」

ダンテは強く首を振った。微かに香水が馨る。


「何だか、借りばっかり作っちまったなぁ」
「別にいい。……あんたを見てると捨て置けないから、家まで送ってやるよ」

俺は「家はどっちだ」と、無意識にもダンテの腕を掴んでしまう。はっとしてダンテを見やるが、意外にも彼女は肩の力を抜いていた。ダンテは唇を弧の形に描いて俺を見た。



「じゃあ、お言葉に甘えて」

この時気付くべきだったかも知れない。自分がこいつの中の魅力に、とりつかれつつあった事を。




つづく



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