有限の涙
子V♀D。再録です
「返せよ!」「イヤ!」
ドタンバタンと騒がしい音を耳にした夫妻は、音源である子供部屋へと向かった。そこには珍しく怒り心頭な様子を見せる息子の姿と、分厚い本を絶対に奪われまいと強く抱きしめる娘の姿。二人ともまだ幼いせいか、身なりを覗けばまるで鏡合わせのように瓜二つであった。
ここまで大きな喧嘩はおそらく初めてだった。妹のダンテに書物を奪われ、兄のバージルはすっかり憔悴しきっている。一方のダンテも、おそらく打たれたのであろう、片頬を赤く腫らし怯えの混じった目でバージルを睨んでいる。そこで丁度部屋に入ってきた両親の顔を見るなり、彼女は体の力を弱めて、大きな声で泣き始めた。スパーダはダンテに歩み寄り抱え上げると、傍らにいたエヴァにそっと目配せをし、彼女もそれに頷いた。
別の部屋に移動し、未だ懐で泣き続けるダンテの頭をスパーダは優しく撫でてやる。先程の出来事からしばらく経過した為、ダンテの嗚咽は控えめなものになっていた。
「どうか泣かないでくれダンテ。バージルと何があったんだい?」
「…う、っく、ひっ」
「言ってくれないと、分からないよ?」
「ふっ、ばーじ、るがっ、」
遊んでくれないの。ずうっと、本を読んでばかりだから。
スパーダは納得した。勉学に傾倒し始めたバージルが書斎に入り浸っている事で、昔に比べダンテと遊ぶ機会が減ってしまっているのを。
「だから、バージルから本を取ったのか」
「…うっ、ふぇ」
「まずは、バージルに本を返してあげよう。その本は大切なものだから、バージルも困ってるだろう」
「、うん……分かった…」
「良い子だ。こんなにも素直なダンテが、まさかこんな事をするとは思ってなかったから、バージルもきっと驚いたんだろうね」
ダンテの赤みの残った頬にそっと触れ、スパーダは優しく告げた。
「…母さん、…」
「あなたを攻めるつもりはないの、バージル。何があったのか、母さんに教えてくれるかしら」
エヴァはそっとバージルの両肩をさすってやる。バージルは最初は戸惑いがちだったが、やがて事の次第を話し始める。
「そう、そうだったの…。きっとあなたと遊びたくて、ダンテはあなたの本をとったのね」
「おれと?」
「ええ。ダンテはあなたと遊びたくて仕方なかったから、本に妬いてしまったの」
何でそれを言わなかったのだろう。そう顔に書いたような反応をするバージルを見て、エヴァは微笑んだ。
そこにスパーダが再び来室し、二人の視線はドアのある方角へと向く。スパーダが片手に持っているものは、ダンテが奪った筈のバージルの読みかけの書物だった。
「ダンテが言っていたよ、『ごめんなさい』と。寂しがっていたから、後で遊んでおやり」
「はい。騒がせてしまって、ごめんなさい」
「気にしないで良いよ。ダンテなら、すぐ近くにいる。会いにいってあげなさい」
バージルはスパーダの言葉に頷いて、エヴァから離れると部屋を後にした。
「バージル…?」
「…ダンテ」
「バージル…さっきはごめん、もう、本とったりしないから」
「おれも、その……殴ったりして、ごめん」
「久し振りに外で、遊ぼうか」
「良いの?」
「うん、…日が暮れるまでならな」
「バージル、だいすき」