Turn to me.

V←D。性転換表現あり




兄貴をやっとの力で掴んだ時、兄貴は何かも失った様な、死んだ様な目で俺を見た。真っ直ぐに見つめてくれるのはそれが最後だった。

バージルは俺を何度も罵倒し、殴り付けた。俺はけして抵抗したり涙を落としたりはしなかった、後悔してしまうんじゃないかと思ったからだ。俺は無理矢理バージルを事務所から連れ出し、昔住んでいた屋敷へと戻った。それから二人だけの、何とも言いがたい生活が始まった。

助け出したあの日から、バージルはまるでただの抜け殻のように静かだった。それが寂しかった俺は、毎日兄貴のご機嫌取りに努めた。古書を届けたり、アルバムを持ち出しては思い出を一緒に懐かしんだり。だが兄貴にとっちゃハリボテみたいな気遣いにしか思えなかったんだろう。時折、憎しみで暴力に走る事は止まなかった。轡が切れたように、何度も何度も俺の顔を殴り続けた。


「お前のような愚弟なんか要らない」
「死ね」「死ね」「死ね」


バージルは母さんが好きだった。
でも母さんは生き返らない。
母さんを生き返す方法はないものか。


簡単な事だ。
俺が母さんになればいいんだ。




それから俺は髪を切るのをやめた。人間より細胞が活性化している自分の髪は間を空けない内にすぐ伸びた。バージルはそんな俺の姿を気味悪がって、以前に比べ拳を向けなくなった。でもそれだけじゃ駄目だ。俺は兄貴に笑って欲しいんだから。

俺は武器を持ち歩かなくなり、悪魔退治を止めた。数ヶ月で筋肉は殆ど落ち、鏡で見たら随分華奢というか、貧相な体になった。僅かでも、母さんに近付けただろうか?でもまだ足りないんだ。俺は男だし、母さんのように丸みを帯びた体つきじゃない。俺は知り合いの闇医者に頼み、性を変える事にした。手術前に何度も意思確認させられて、うんざりした。何も後悔なんて無いってのに、なあ。


それから数ヶ月経ち、鏡を見ると、まだ若かった母さんの姿がそのまま映し出されたようだった。声だってちゃんと女のものだし、体つきだって丸みを帯びている。死んだ魚のような目をしていたバージルにようやく生気が宿り、随分甘えるようになった。こないだ打った注射のせいか、俺はとうとう母性に目覚めたらしい――可愛らしくて、思わず微笑んでしまった。


そういえば、本当は俺、どんな姿してたんだっけ。もう思い出せないや。




「…母さん」
「なあに、バージル」
「愛してる」

あんだけ俺を憎悪してた兄貴が、今じゃこうして笑ってくれてる。でも、もしも出来るならば、母さんじゃなくて、俺の名前を呼んで欲しかったな。






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