L'intimité
モブと初代♀とネロアン
悲しい
今夜、いつもの場所で会いたい
往来の中すれ違う瞬間に言われた。断る間など無かったダンテは、彼の言うとおりいつもの場所で彼が現れるのを待っていた。彼女は何処か浮かない顔をしていた。
男は姿を見るなり安堵の表情を浮かべた。我慢できないといった様子で抱きしめられても、ダンテの手が男の背中を抱き返すことはなかった。
「何で今までずっと会ってくれなかったんだ」
男の言葉に彼女は息を詰めるが、口はつぐんだまま答えない。
便利屋を立ち上げて漸く軌道に乗り出した頃に、スラムのとある酒場でその男に話しかけられたのが始まりだった。男は都市部の企業で働く極普通の人間だった。堅気の人間には深入りしないと決めているダンテは、どう口説かれようが拒否した。
彼女の珍しい外見に惹かれて近付く輩は多い。軽く睨み(最悪殴り飛ばす事もあった)をきかせれば簡単に逃げていくし、この男も所詮その一部に過ぎないと彼女はたかをくくっていた。
「君を見たとき、こんな神秘的な女がいたのかと思った。時折影の差した表情が今でも頭に焼き付いている。どんな境遇かとか、僕には分からないけれど。
それでも、君はきっと優しい人だ。
君じゃないとだめなんだ。どうか、」
ダンテの事務所の二階には兄が居る。幼い頃から消息が掴めずにいたが、ある孤島にいた所を見つけ出し此処まで連れて来た。
意識は取り戻しているものの、人間の食物を受け付けず、ただ横になるだけしか出来ない。依頼を受ける間もなく四六時中付ききりになる事もあった。それが男と会えなくなっていた理由だった。
兄を助け出す前までは、依頼の間を縫って男と酒を飲みながら話を交えたり、ホテルの一室で体を重ねる事もあった。
この際、何もかも申し分ないこの男と一緒になっても良いかも知れないと思う時期もあった。
しかしあの頃とは違い、すっかり脆くなった兄の姿を思い出し留まった。
愚かな事を考えた。この人を置いていくという選択などない。救い出した時から存在しなかったと。
「もう俺の前には現れるな」
ダンテは静かに告げた。男の顔が悲しみに染まる。どうして、と口が動いているのが分かった。
指先で男の涙をすくい上げながら、ダンテは誰にも見せた事の無い美しい笑みを浮かべ、静かに離れた。