old cat
1V♀1D 悲恋
珍しく妹が家に訪ねてきた。赤いコートの袖から零れる手に提げているのは手土産だった。まだ幼い息子のことを考慮してくれているらしい。
こうやってパーソナルスペースに招き入れるのは恐らく初めてだろう。若い頃はお互い敵同士で、まだ純粋だったが故に俺は何度も妹を傷付け殺そうとした。妹は何もかも分かっていたようで、俺を一度も責めるような素振りは無かった。
「代わりにあんたが渡しておいてくれ」
「何故だ?」
「坊やが俺を怖がる」
咄嗟に名案が浮かぶ。
「一度その野暮ったい服をどうにかしたらいい」
「いいんだよ。仕事上」
「気にするな。俺が見てみたいだけだ」
妹は忽ち真っ赤になり、眉をしかめる。
「そういうのはな、もっと大事な奴の為にとっておく言葉だろ…」
家族以上に、大切なものなど今の俺にはないが。
「ねぇとうさん」
「ん?」
「ぼくおかあさんがほしい」
「どうした、いきなり」
「だんてがおかあさんじゃだめなの」
「……」
「きょうはねだんてが、いっぱいぼくとあそんでくれたの、だんてがおかあさんだったらいいのに」
ダンテは、俺の妹だ。
しかしダンテが母になれば、多忙で構ってやれないネロに寂しい思いをさせずに済む。
それでは彼女が悪魔退治を辞めなければならなくなる。最近は質の悪いものも湧いてきている。彼女もきっと望んではいないだろう。
「最近はよく会いに来てくれるな」
「まあな」
「ネロがお前の話をしていた。嬉しそうだったぞ」
「…そう」
「ダンテ。お前さえ良ければ、いつでも此処に住んだって構わない。人間ももう悪魔に対抗できる術が身に付いてきている。
お前がこの先一身に背負う理由なんて」
「バージル」
ダンテは意志の籠もった目で俺を見た。
「悪魔を殺すことは、俺にとっては課せられた宿命って奴だ。あんたがとやかく言う事じゃないんだよ」
…いいや、俺が言いたいのはもっと別の事だ。
「愛してるんだ」
「何を、言って」
「俺はお前を愛している。だから、もう何処にも行かないでくれ」
細腕を引き寄せ、彼女を深く抱き締める。ほんのりと香水が香る。臆病な息子の為に、血の臭いを消してくれているのだろう。
腕の中から離れる際、ダンテは言った。
「ありがとう。気持ちだけ、受け取っておく」
悲しい微笑みを携えて。
「そろそろ暇するよ」
「もう、か」
「近頃はな、人間の輩にも狙われてるんだ。あんたを巻き込みたくはないしな、しばらくは会わないようにするよ」
「本当に、大丈夫か」
「何だよ今更。俺がタフだって事、あんたも知ってるだろう」
ダンテ。
俺は結局、お前を救い出してやれなかった。
あの時お前が手負いだと知っていれば。
あの時すぐあんたの元を去って正解だった。
かなり前からだが、何処から情報を入手したのか俺を魔女と呼んで殺しに来る輩が出てきた。
前の依頼でヘマをして負った傷が治らないまま、そいつらに捕まりよく分からない場所へ連れ込まれ、拷問に近い暴力を受けた。
心臓を引きずり出され、釘を打ち込まれた時は、死を避けるための本能だったのか魔人化を繰り返してしまった。その姿を見て悲鳴を上げる奴や、失神する奴もいた。どうしようもない。俺の体には悪魔の血が流れている。
絶命する間際、バージルの顔が無意識に浮かんだよ。
嬉しかったなあ。
あんた、そんな風に俺のことを思っていたのか。
もし生まれ変われるなら、今度こそあんたの側にいて、見守ってやれたらいいなあ。
了