****************




 鏡に映り込んだ私は酷い顔をしていた。
 何を考えてるのか分からない顔。ぼんやりと遠くを見ているように光の無い瞳。
 それはきっと、本当に『遠くしか見ていない』からなのだろう。
 私はいつだって、眼を逸らすことしかしない。弱虫の意気地なしだから、気付かないフリをして、罪悪感を逃れようとするのだ。
 自分を守る為。自分が何よりも可愛くて、傷つくことを怖がる、臆病な私。
 そんな私が、どうして心から笑えようか。
 笑顔に囲まれるという幸せに包まれているのに、私は訳が分からぬまま重石を捨てることを恐れ、途惑う。身を預けれずにいる私は――他の人の優しさを無残に切りつけてしまっているのだ。
 それでも尚、私は無様に罪悪感から逃れ、足掻く。

 鏡の破片に手を伸ばすと、血色の無い指先にぷつりと赤い玉が浮かんだ。じわじわと伝わってくる痛み。ゆらゆらと揺れる視界の中、私はそれをぼんやりと眺める。
 鏡だったものが、きらりと光る。眩く、煌びやかに。けれど悲壮さを醸し出したそれは、私の心を動かすことは無い。乾いた唇が情けなく息を吐いた。

「―――」

 それでも唇を動かす。懸命に、ただ言葉を伝えたくて、それに映る『私』に訴える。
 鏡のは変に映る『私』は何も言わずに、ただ涙を零した。

 『私』は固まった表情で涙を零し、私はそれを茫然と見る。

 何が悲しいのか。何が辛いのか。何が怖いのか。
 無数に浮かんだ問いを、私は胸の内へ収める。
 私は『私』で『私』は私だから、聞いても無意味なことなんて分かっていたことだ。
 私が分からないのなら『私』も分からない。故に、『私』が分からないことは私も分からない。
 どちらも私だから。
 潤んだ瞳も、伏せられた睫も、白い肌も、流れる髪も、訴える様に縋りついている掌も――全て私。
 みっともなく咽び泣き、縋るものを求めて手を赤に染める。ガラスが肌を裂き、生きていることを示すような赤い血液が流れだしても尚、ぎゅうぎゅうと握りしめる。
 私がここにいることを、生きていることを、前の私とは違うのだということを、誰かに言ってほしかった。証明してほしかった。
 けれど、私はそれを訴えることすら、さらけ出すことすら出来ない。
 矛盾した心情に押しつぶされながら、私は独り嗚咽を零す。


『―――、あんたは』
 

(友人だった人の声に、ひどく恋い焦がれた)



************:::

ユサ様より頂きました!

見た瞬間発狂しました何これ素敵!!
こう……あ、大好物がここに! みたいな感覚でございます。シリアス大好きです。
何と言いますか、夢主の大人びた表情や、鏡の向こうの『私』など、構成にも深い意味を感じます。何より、何より、向こうの『私』が流す涙や引き攣った笑み、そして夢主の奥深いような瞳が印象的でした!!
本当にありがとうございました家宝にします!!
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -