とある暑い日。

急に冷たいものが食べたくなって用事を済ませたあと、近所の駄菓子屋に寄り冷凍ケースを眺める。小さい頃はメロンボールだとかガリガリくんだとかチューペットだとかをよく買っていたなあだなんて昔の記憶に思いを馳せる。最近はコンビニでも売っているようなアイスをこんな寂れた駄菓子屋にでも置くようになったから、時代は変わっていってるんだなあなんて思ったり。

これと、これと、これ。あとこれも。

気が付いたら溢れんばかりのアイスを両腕に抱えてカウンターに持っていった。ハキハキしていた名物おばあちゃんも今ではすっかり老いさばらえてしまった。でも可愛い笑顔は変わらないまま。ありがとうねえ、なんていうおばあちゃんにもっと長生きしてねと心の中で思う。

駄菓子屋から出てそう遠くない幼馴染の家まで走り出す。アイスが溶けちゃう。照り付ける太陽の光、じんわりと額に汗が浮かんでくるのが分かる。曲がり角を曲がればもうすぐだ、あともう少しで着く。涼しい部屋の中でアイスを食べてダラダラするんだ! なんて気を取られていたら角を曲がった瞬間にドン、と何かにぶつかり両手にアイスの入ってる袋を下げていた私は咄嗟に反応することが出来ずああ転ぶ!と目をギュッと瞑った。
ぶつかった相手があぶね!と声を上げ相手がサッと手を伸ばし私のTシャツを引っ掴んだ。お陰で転ぶことは無かったけど、よりにもよってTシャツを掴む?

目を開けると視界に飛び込んだのは向かっている家の住人である真っ赤なTシャツを着た幼馴染。

ああ、おそ松だ。


「お前〜〜! 急に角から出てくんなよ危ないじゃん! 俺じゃなかったらどうすんの?!」
「そ、それはごめん。急いでたから……。あ、ありがとう。でもTシャツ掴むのありえなくない?」
「灼熱アスファルトの上にケツ置くよりかはずっとマシでしょ! 俺じゃなかったらお前絶対ケツ焼いてたよ」


ケラケラ笑うおそ松の顔が太陽の光と相まって眩しい。でろっでろに伸びたTシャツの襟元が可哀想なことになっていてほんの少しだけ落ち込む。するとおそ松が「俺今からアイス買いに行くけど一緒に来る?」と言ってくるからすかさず私は両手の袋を見せて「たくさん買ったの!食べよう!」と言う。目をキラキラと輝かせておそ松は今日1番の大きい声で飛び上がった。早く帰ろ!早く帰ろ!と私から袋を全部ひったくって家へと軽快な足取りで戻るおそ松のあとを追う。

ガラガラガラと音を立てて「ただいまぁ」というおそ松に続いて私も「ただいまぁ」と言えばお前の家じゃねーだろとケタケタ笑いながら下げていたアイスがギッシリ入った袋をとられた。


「たくさん買ったねえ。おっ、これ懐かしー! やっぱり夏といえばこれだよなあ」
「冷凍庫入れなくちゃ!アイス溶けちゃうよ早く早く!」


袋の中を眺めて久方振りに見るアイスに思いを馳せてるであろうおそ松の背中をグイグイ押して台所へ向かえば、今度は私がおそ松にとられた袋を取り返して冷凍庫に突っ込む。


「あれ、そういえばさっきただいまって。チョロ松とかいるの?今日」
「んん? …いないけど」
「じゃあなんでただいまなんて言うの〜誰かいるのかと思っちゃった」
「あー、んー、癖みたいなモンだよお。今うちにいんのは俺とお前だけ」


じゃあ弟の分のアイスも冷やしたままでいっか、もしいるなら何か持ってってあげようと思っていたけど。いないならあとで帰ってきたときにでもアイスがあると伝えればいいか。

パタン、と冷凍庫を閉じると頭上に陰がかかる。振り返ると真後ろに立つおそ松。ぢゅー、とアイスを吸いながらじいっと見つめられる。


「なに?」


聞いてもおそ松はじいっと私を見つめるだけで何も言わない。変わらず吸われるアイスは容器から空気が吸われてベコベコになってる。立ち上がろうとしていた私は思いもよらぬ彼の行動に咄嗟に対応することが出来ずべちゃりと尻もちをつく。


「なぁにすんのっ! もう2階上がろうよ、暑いよここ」
「うん」
「うんじゃなくて! もうっ手邪魔!」


未だ両肩に乗っかってる両手が鬱陶しい。平からおそ松の体温がじわじわと伝わって両肩が熱い。触れている部分がじんわりと汗ばんでくるのも分かる。振り払おうとするとガッチリと肩を掴まれてはあ?!と素っ頓狂な声を私はあげた。


「nameちゃんさぁ、俺のことどー思ってる?」


やけに澄んだ目で私を見るおそ松。その黒い瞳に写り込んでる私は情けない顔をしている。
ぶっさいくだなあ、我ながらそう思った。


「ね、俺、聞いてんだけど」


あ、そうだおそ松。急に何を聞いてくるのだろうか。暑さでおかしくなっちゃったのかな。
どうだなんて、そんな、どうもこうもないよ。


「幼馴染だよ。大好きな私の幼馴染。それ以上でも以下でもないよ」


そう言えば咥えていたもう殆ど入ってないアイスの容器をぷっと吐き捨てて、私の両肩に置いていた手をおそ松はしゃがんで私の目線に合わせるのと同時に背後の冷蔵庫についた。

暑いよおそ松。近いよおそ松。


「俺はね、nameちゃんのことをさ、女の子として好きだって思ってんだよ」


ぽたり。額に滲んでいた汗が頬を伝って顎から滴る。Tシャツに染みを作ってしまったに違いない。
ねえおそ松、私の分のアイス溶けちゃうよ。
視線が交わってから私は捕えられてしまったのかびたりとも外すことが出来ない。おそ松の瞳に映る私はやっぱり情けない顔をしている。


「なんで今言うの?」
「なんでだろうね。nameちゃんが、チョロ松の名前出したからかな」
「私はチョロ松のことも幼馴染としか思ってないよ」
「うん。そうだろうね。俺のことも、チョロ松も、カラ松も一松も十四松もトド松も。nameちゃんはただの幼馴染って思ってんだろうね」
「だって、そうじゃん。そんな、好きだなんて、だって、私たちは幼馴染だから」
「だから何? 幼馴染同士だから好きになっちゃいけないとかそういうのあるの? ないでしょ」


ない。確かにない。でも私は考えたことがない。


「俺だけじゃなくてね、多分あいつらもnameちゃんのこと好きだと思うんだよね」
「そんな、」
「…暑さでバカになっちゃったのかもしんない。ね、nameちゃん」
「な、に」

「全部暑さのせいにしてさ、俺に──ちゃんちょーだい」


鼻と鼻が今にも触れそうな近さで、おそ松はそう言って私の頬に手を当てる。彼の言う意味が分からないわけではなかった。分からないわけではなかったけど、多分、きっと、私も暑さのせいでバカになっちゃったのかもしれない。ふわふわする頭で私は二つ返事を出して目を閉じた。
やんわりと顔を上げられて私の唇に触れたそれは、ほんの少しだけひんやりとしていたけど私の熱が交わって溶けていく。すぐ離れた彼の唇からはうっすらラムネの味がした。ほんの少しだけ涼しくなったんじゃない? 閉じていた目をうっすらと開けるとおそ松の瞳には熱が篭っていた。涼しくなったのは私だけ?


「余計なこと考えないで、nameちゃん」


そう言っておそ松はまた唇を重ねてきた。
今度はじっとりと、深く、食べ尽くすみたいに。ふっ、と息が漏れたのと同時にぬるりと舌が入ってさっきよりもずっと強くラムネの味が口いっぱいに広がった。さっきまで普通にしてたはずなんだけどな。なんてぼんやり考えながらやっぱり暑さで私もおそ松もバカになっちゃったんだ、そう思う。
ぷはっ、と口と口が離れて何気なしにおそ松の顔を見たらそれはそれは、とても。とても。


「ねえ、余計なこと考えないでって言ったじゃん。今は俺の事だけ考えててよ」


ほんの少し眉をひそめてほんの少し機嫌の悪そうな声で言った。ほんの少しだけ怖くて、ごめんを口にしようとしたら3度目の口付けが交わされる。もうラムネの味しないや。おそ松は私の頭の中を見透かしたのか短く私の名前を呼ぶ。
瞬間、胸がギュンッと締め付けられる。

そんなまさか、ね。この気持ちも全部暑さのせいにしよう。


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