∴ 考えてるほど難しいことじゃない
「あ…田沼悪いちょっと用事ができた。また明日学校で!」
「え…おい、夏目!?」

学校からの帰り道二人で歩いていると、急に夏目が何かをみつけたように立ち止まりその後急に駆け出して行った。
有無を言わせずという感じだった。
一瞬だが俺にもなにかの影が二つ見えた。

あれはきっと妖絡みだ。

今まで何度かこういうことがあったけれど、特に夏目に詮索したりはしないようにしていた。
以前ポン太のことを聞いた時にすごく言いにくそうにしていて、あまり言いたくはないんだろうと思った。

「でもやっぱり、それじゃだめだ…」

最近夏目が妖絡みのことで怪我をしたのを知っている。
普段二人で会っている時には思わなかったけれど意外に世話を焼くことが多いこと、相当危険なこともしていると友人の多軌にも聞いた。
前に熱があるのを隠して、目の前で倒れたこともある。
その時は一言でも言ってくれてたら、と思ったが心優しい夏目が自分から言うことはないだろう。
だったらこっちから関わっていかなければだめだと思った。
ただの友人としてじゃなく、それ以上の存在として夏目の傍に居たいと思うようになった。
最初から、話を交わす前からずっと惹かれていたのだ。
気持ちにはっきり気がついたのは最近だけど。
今からでも遅くは無い。

「どこに行ったんだ…?」

そう遠くには行ってないはずだと思いながら薄暗い森の中を歩いていると、どこからかボソボソと声がした。
音を極力立てないようにしながら近づくと、誰か居るのが見えた。
急いで茂みの影に隠れ四つんばいになりながらじりじりと接近していった。
話している内容が聞き取れる辺りまで来ると、物陰からそっと見やった。
はっきりとは見えないが、夏目の前に何か影みたいなのが一つ確認できる。

「名前を縛って悪かったな。今返すよ」

影に向かって何かを話しかけると、鞄から紙の束のようなものを取り出した。

「我を守りし者よ、名を示せ」

夏目が言葉を発すると、紙の束が触れてもいないのに風が吹いたかのようにパラパラとページをめくり始めた。
やがて1枚の紙がそこだけ見えないものに引っ張られているようにぴんと止まり、その部分を破いて口で噛んだ。

「ッ何だ…眩しい?」

宙を見上げてふっと息を吹くと、急に夏目の周りが光り始め紙から黒いものが出ているように見えた。
光が収まると口にくわえていた紙が空中に舞い、ふっと一瞬でどこかに消えてしまった。

「今の…は?」

突然のことに驚いてしまった。
妖を見る力はあると知っていたけれど、光る術のようなものを使えるとは知らなかった。
父さんがよくやっているお清めと似ているが多分少し違うのだろう。

「夏目………ッ」

ただの好奇心で何をやったのか聞いてみたかった。
けれど今すぐ出て行ってはいけないような気がして思いとどまった。
時々俺をわざと避けていたけれど、きっとこれが原因だったんだなとなんとなく感じた。

「う…っ…」

急に夏目が右足を押さえ蹲った。
衝動的に助けに行ってしまいそうになる。

「しまったな…足を挫いたのか…」

挫いたという部分を擦りながら困った顔をしているのが見て取れた。
このままでは家へ帰るのも困難だろう。

「よし…」

どうしてここに居るのか詮索されるのを覚悟で出て行こうと決心した。
俺はこういう時の為についてきたんだ。

「そういえばもう一匹妖が居た気がしたんだけど…」

立ち上がった瞬間に、突然体が何かにのしかかれたかのように身動きが取れなくなった。
夏目の言葉の意味に気づいた時にはもう遅かった。



『…こっちだ、夏目レイコ』
「どこだ!」

妖の声のする方を振り向いた瞬間、ドキッとし胸が飛び上がりそうになった。

「え…田沼…!?…ッ」

さっき別れた筈の田沼がそこに立っていて、声を掛けてきた妖が全身を使って彼の体にまとわりつき動けないように押さえつけていた。

『…お前はコイツの友達なのだろう?』

言いながらニヤリと気味悪く笑っていた。
そういえばさっき田沼と歩いているところに現れたことから、もしかしたら最初からこれを狙っていたのかもしれない。
どうしてもっと早く気がかなかったのか、悔やまれた。

「離せっ、田沼は関係無いんだ!」
『離して欲しくば、私の名を返せ…』

思ったとおり妖の目的は友人帳だった。
だったら直接俺を狙えばいいのに、どうして田沼を…。

「そんなことをしなくても、返すから。他の人を巻き込まないでくれお願いだ」
『人間は信用できないからだめだ。コイツを離して欲しければ早くしろ』

容赦ない物言いに焦りが隠せない。ここには今、田沼もいる。
名前を返すところを彼にだけは見られたくなかったのに、もう迷っている場合ではなかった。

友人帳を取り出す。

「我を守りし者よ、名を示せ」

示された紙を破いた。
本当は田沼の方を見たくはなかったのだけれど、妖怪の方を見なければ名前は返せない。
動けないまま驚いたようにじっとこちらを見る視線が痛く苦しかった。
それを口にくわえ息をふっと吐き出すと、紙に書かれていた文字が光りながら妖の額に吸い込まれ消えていった。

『おぉ…戻ったぞこれで………心置きなく友人帳を奪えるううぅぅッ!』

田沼に絡んでいた体を離し歓喜にぶるぶると震える妖は、一瞬でこちらに向かって勢いよく飛び込むように近づいてきた。
さっきまでの強気の姿勢といいきっと名を返したら襲い掛かってくることは、予測していた。
そうすれば田沼は解放されるというところまで読んでいた。
よかった、思ったとおりだ。

「夏目!」

心配そうな声に我に返ると妖が友人帳を奪おうと手を伸ばしていた。

「くぅっ…これは、友人帳はお前なんかに渡すわけにはいかないんだよッ!」

左手で離さないように強く握りながら、右手で拳を作り狙いを定めて殴りつけた。

『ぎゃあああああぁぁああぁ…!』

上手く目の部分に当たったので、妖怪は両手で押さえながら悲鳴をあげて逃げて行った。

「はぁ…はぁ…なんとか追い払えたか…?」

ほっと息を吐くと急に力が抜けてその場にへたりこんでしまった。
ずきりと足が痛んで、そういえば右足を挫いていたことを思い出した。

「おい、夏目しっかりしろ!!」

息を切らせながら慌てて田沼が駆け寄ってきた。

「あ、田沼…大丈夫か…」
「俺は大丈夫だ」
「よかった…」

とりあえず怪我がなさそうで安心した。
見えないのに捕らわれて動けなくなるなんて、きっと怖かっただろう。
自分のせいでそんな思いをさせてしまったことに、ひどく後悔した。

それでも、言わなければいけないことがある。

「ごめんな、俺…田沼にずっと隠してたことがあってちょっと厄介だし…こうして巻き込みたくないから隠してたのにこんなことになって…」

「ずっと嘘ついていたんだ…」

田沼の家の庭の魚が、本当は俺には見えていたこと。
違うものが見えていたということ。

「ごめん…」

最後には怖くなって顔をみることができずに、下を向いて俯いてしまった。
嘘つきと言われて傷つく癖に、自分が傷つかないように嘘をつく。
ガッカリさせただろうか。
怒らせてしまっただろうか。

もう嫌われてしまっただろうか…。

「いや、俺の方こそ…隠してたことがあったんだ」
「え?」

驚いて顔をあげると田沼の真っ直ぐな瞳と目が合った。
どういうことだろうか?一体何を隠してたんだろうか…。

「夏目が妖と関わってて、危険な目にあってるのは知ってた」
「田沼…?」

そうかなんとなくバレているかなとは思っていたけれど、田沼もわざわざ俺に気を使って話題に出したりしなかったんだな。

「今日だってそうだ。さっき別れてから、こっそり後をつけてきてたんだ」

別れた後につけてきてただなんて全く気づいていなかった。
いつからだろうか?
もしかしたら始めから全部見られてて、さっきの妖に名前を返した所も見られていたのかもしれない。

そうか、もう知っていたからあまり驚かれなかったのか…。

でも何故こんなことをしたのだろう。
以前ニャンコ先生のことを田沼に話していなくてバレた時は無理に言わなくていいと言ってくれた。
だから余計に変だなと感じたがこの間のカイの時の事を思い出した。
そういえば多軌に、田沼も探すのに協力してくれていたと聞いていた。
あの時もきっと俺にはバレないように行動してくれていたんだ。

「なんで…」
「前に森で探し物をしたじゃないか、桐の葉っていう妖だっけ?あの時に夏目が熱で倒れて…」
「あっ」

そういえばそんなこともあった。
みんなで友人帳の切れ端を探している時に急に体調を崩して倒れてしまって、迷惑を掛けてしまった。
意識を失う寸前にすぐ近くで支えられている温もりと、田沼の声が聞こえていた。

「あの時に思ったんだ。夏目はきっと嫌がるだろうけど放ってはおけないって」
「田沼…」

友達として心配してくれていることが、とても嬉しかった。
でも本当にそれだけだろうか…?

「妖が見えないいんじゃ役に立たないかもしれないけど、こんな俺でも…守りたいって思ったんだ」

大事なものを守りたいっていう気持ちは俺にもある。
家族や友人達…。
田沼も同じように感じていてくれていたなんて、知らなかった。

「なぁ、夏目…」

急に表情が険しくなりこれまで見たことのないほど真剣な眼差しを向けられて、内心ドキッとした。
田沼もこんな顔をするんだ…。

「俺は一番に夏目を守りたいんだ」
「え…それって?」

「…夏目が、好きだ」

「え…ええぇっ!?」

突然の田沼の告白にどうしていいかわからず、言葉を失ってしまった。
頬が赤くなっているのが自分でもわかる。

友達以上ということだろうか…?
本当に?俺なんかを?
同姓なのに、と多少気が引けたが喜びに胸が温かくなるのを感じた。

「返事はしなくていいから…」
「あ、いやちょっと待って!…その、なんて言っていいかわからないけど…」

田沼が辛そうに目を逸らしたので、慌てて右手を引っ張りこちらを向かせた。
傷つけたくないから、何か言わないと。

「俺も田沼を守りたいし…言われて嫌じゃなかったっていうか…嬉しかった」
「ほ、本当か!」
「う、うん…」

こんなのでよかったのだろうかと思いながら、喜び笑う田沼が無邪気な子供のようでおかしかった。
今はまだあまりわからないけれど、きっと一緒に居たら大切な何かがわかるような気がしていた。

「ありがとう」

言いながら田沼が右手を差し出してきた。
一瞬どうしようかと迷ったが、手を取った。

「家までおぶっていくよ。足、挫いてるんだろ?」
「へ?あぁ、い、いいよおぶるなんて…」

子供じゃないんだから流石に恥ずかしくて断った。
足を挫いてることを知ってるなんて、とっくに全部バレていたということか。

これからは、嘘をつく必要なんてないんだ。

「じゃあせめて肩ぐらい貸させてくれるよな?」
「あぁ」

笑顔で返した。
後でちゃんと友人帳のこととか全部、話そうと思った。


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