∴ もう君しか見えない
「夏目…っ…もう…」
「ひぅっ…はあ…あ…お、れもッ…っああぁ…!」

二人同時に腹の上に生暖かい温もりを吐き出し、ぎゅっと抱き合った。


「腰とか…大丈夫か?」
「え、あぁうん…これぐらいなら平気だよ」

先程から何回かこのやり取りを繰り返しながら帰り道を歩いていた。
付き合い始めて暫く経つが今日、俺と田沼はやっと結ばれることができた。
そのことが本当に嬉しかったし心配そうに何度も声を掛けるのがおかしくて、さっきから笑ってばかりいた。

「夏目様ー彼氏とお帰りですかー」
「ですかー」
「え、うわっお前達…いつの間にっ!茶化す………」

茂みから急にいつもの中級妖怪二匹が顔を覗かせ恥ずかしさに顔が赤くなっていた。
普段はこんなところで会わないのに今日に限ってしまったなと思いながら、慌てて田沼の方を振り向こうとして。

「うわああぁぁっ!」
「え…?どうした、田沼!」

振り返ると腰を抜かし地面に尻餅をつき、中級達の方を指差し明らかに驚いている様子で狼狽していた。
たまに二人で一緒に居る時に妖に遭遇するが、彼には影しか見えないはずなので別段驚くこともなかったのでこの反応はおかしかった。

「え、あ、俺っ…み、見える…変なものが…」
「えっ!ほ、本当か!?」

田沼の言う”変なもの”は多分妖達を指しているから、ということは…

「夏目様どうされたのですか?」
「わっ、しゃべった!?」

心配しながら俺の方に話掛けてきた中級達の存在がはっきりとわかっている感じだった。

「ちょっと待て田沼、こいつらの姿と声が…見えるのか?」
「あぁ…」

少し躊躇いがちに聞いたのだが、返事はすぐに返ってきた。
田沼は突然、妖が見えるようになったんだ。
不謹慎にもわずかに心に抱いてしまった嬉しさを隠しながら、詳しく事情を聞くことにした。

「すごいな…触れるぞ…!」
「もしかして妖を幽霊か何かかと思ってたんだ?」
「いや、まぁ今までがそんな感じだったし」

感動しながら中級達の体を何度もさわる田沼がおもしろくて、頬が緩んでしまった。

「でもどうして急にこんなことになったんだ…?何か原因が………」

こうなった理由を考えていて、なんとなくそうじゃないかと思えることがあったのに気がついた。
何日か前に見えるようになっていて、今日たまたま中級達に会ったことで発見したということもなくはないが多分違う。
なんとなく原因がさっきの田沼との行為のせいではないかと思った。

―――俺のせいかもしれない。

言うべきかどうか迷っていると田沼が急に顔を赤くさせうろたえ始めたので、同じことに気がついたんだなと思った。

「やっぱり…アレなのか…?」
「誰かに聞いてみないとなんとも言えないけど…そう、かもしれない」

聞くにしてもなんて言えばいいのだろうか。
ニャンコ先生には絶対に話せないし、それ以外の者に聞くにしても抵抗がありすぎる。

「とりあえず元に戻る方法が無いかだけは聞かないと…」

誰に相談すべきかうんうんと呻って考えると遠慮がちに田沼が呟いた。

「あ…俺は暫くこのままでも、いいかな…って…」
「田沼、何を言ってるんだ!!」

どういうつもりで言ってるのかわからず、思わず強い口調で怒鳴りつけてしまった。
少なからず今まで妖自体は見えなくても影が見えることで悩んでいたはずの田沼が、見えていてもいいと発言をするのはあまりにもおかしかった。

「夏目は、俺が見えるのが嫌か…?」
「…え…?」

わずかに困ったように眉を顰めてはいたが目は真剣だった。
その表情に胸がドキリとしてしまった。

「前は見えないほうがいいと思っていたけど、最近は見えたらなって思うことがあったんだ…」
「それって…」
「夏目と全く同じものが見えて、同じようにいろいろ感じることができたらなって思っていたんだ」
「…っ、でも…」

確かに自分が田沼の立場であったらそう思うかもしれない。
誰か…いや、好きな人と目の前で起こる事すべてを共有できたらきっと楽しいに違いないと。

けれどやっぱり俺はそれを望まない。
友人帳の存在があるから。
名前を返すことはどうしてもやりたいことだし、今までの経験から本当に危ない事なのは承知している。

妖達が見えるようになったことでこれから田沼も危険な目に遭うことが増えるだろうし、俺と一緒に居ることで確実に巻き込まれてしまう。
これまでなら用が出来たと言って上手く逃げれば、深く詮索してくることはなかったしそれが都合がよかったのに。

「いやーラブラブですなぁ」
「いいなぁ」

「うわっ、しまったこいつらが居ること忘れてた…もういいからお前達帰ってくれ!」

すっかり二人きりとばかり思って話していたので、急に話掛けられて恥ずかしさについ声を荒げてしまった。

「夏目様照れてますなー」
「なー」

「…ッ」
「ぷっ…」

益々からかわれてがっくりと肩を落したところで、田沼の笑い声が傍で聞こえた。

「あ、いや悪い。夏目がかわいくて、つい…」
「なッ…」

かわいいと言われたこと自体は嬉しかったが、このタイミングで言われるとまたからかわれてしまうのは目に見えていた。

「本当にお熱いですなーしょうがない、我らはこの辺で退散するとしますか」
「お幸せにー」

暫くうるさく言われるのかと思ったが、ニヤニヤと笑みを浮かべながら中級達はそそくさと本当に帰っていった。

「くそっ…あいつら…」

消えた方に向かって悪態をついている俺を見て、また笑っていた。
こんなに笑う田沼はあまり見たことがなかったので少し複雑な気分だった。

「あの、さ…やっぱり気になるから先生にでも聞いておくよ」
「そうか。あまり急がなくていいからな」

残念そうに笑う姿に胸がズキリと痛んだけれど、早く元に戻さないと改めて決心した。

「あ、そうだこの辺り妖達が多いんだけど、あまり反応しないようにしてくれるか。構うと危険な目に遭ったりするし…」
「そうなのか?」
「妖にもいろいろな奴がいるんだ。俺と一緒の時は大丈夫だと思うけど気をつけてくれないか」
「あぁわかった」

八ツ原には知っているのも多いし、悪い奴もあまり寄って来ないから大丈夫だと思うが万が一のことを考えると心配だった。
明日はいつもなにかと協力してもらっている妖達に一応紹介したほうがいいかもしれない。
なんだか気恥ずかしいが、いざというときに頼りになるいい奴らばかりだ。

「もう遅いし今日は帰るよ…」

いろいろと話しながら歩いていると、あっという間にいつも別れる所まで辿り着いてしまった。

「そうか、じゃあまた明日」
「うん…あっ…」

田沼の唇が軽く触れた。付き合い始めてからするようになったけれど、未だに慣れないで頬を赤くした。
あまりの出来事にすっかり忘れていたが、やっと結ばれることができたんだった。

「また、明日」

手を振りながら普段より浮かれている自分に気がついて、こういうのも悪くないなと感じた。

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