∴ アドレッセンス 3
「ま、待ってくださ…っぅあ…!?」

制止の声が届かないことはわかっていたけれど、易々とこんな状況を受け入れるつもりもなかったから的場さんを睨みつけた。
全身を這い回る黒い塊がおれの敏感な部分を遠慮なしに触れてきていたけれど、頑なに視線だけは外さなかった。
必死に唇を噛み締めてみじめな声だけはあげないように努力した。そうして心を強く保っていないとすぐに壊れてしまいそうなぐらい、追い詰められていた。

「いいですよ…どんなに酷い状況に陥ろうと諦めないその強さ。これからどう表情が変わっていくか楽しみですね」

不気味な顔で微笑んだ後、全身を襲っている蔦の動きが明らかに変動した。ゆるやかに体中を探っていただけの動きが、何箇所かの部分を集中的に狙うような動きになった。

「うぅ…ッ、く…」

主に下半身が中心だが胸や首などの部分にも及び、次第におれの意志に反してぶるぶると全身が震えてきていた。
至るところが火照りそのあまりの熱さに脳が焼けてしまいそうなぐらいだった。けれども意識を手放さなかったのは、まだ的場さんのほうをしっかりと見つめていたからだ。
的場さんに見られている、と思うだけで飛びそうになる意識を維持することができた。
この人だけには弱い自分を絶対に見せるわけにはいかない、という決意だけは最後までどうしても貫き通したかった。
例え無駄だとしても。

「随分と辛そうな顔をしていますね。せっかく君が楽しめるように術を施したのに…いいんですよ強がらなくても」

言いながら的場さんがゆっくりとおれに近づいてきた。お互いの息がかかってしまいそうなほど接近し、上から見下ろされた。

「強がってなんか、いません…ッ…」

冷静に言い返したが内心はパニックに陥っていた。心臓はドクン、ドクンと激しく鼓動を繰り返し、頬は熱く火照っている。
あまり顔を近づけられると、呼吸がかなり荒くなってきているのがバレてしまいそうで嫌だった。

「嘘ですね。ほら、ここが濡れてきているということは感じてるということではないですか?」
「ぅ…や、めてください…っ…!」

急に自身の先端を蔦につんつんと突かれて、思わず妙な声が口から出てしまう前に大声で拒絶の言葉を叫んだ。
目を覆いたくなるような光景だった。
根元付近は黒い塊にがっちりと縛りつけられていたのに、ほぼむき出しにされていた先っぽから透明な液体がほんの少しだけ溢れて濡れてしまっていた。
わざわざ的場さんに言われなくても、生理的に快楽に流されてきているのはわかっている。

「こうされても、まだそんな強がりが言えますか?」
「な……っ、ぅ…!」

両足を完全に開かされ、少しだけ後ろから抱えられるような格好で空中に持ち上げられた。
いつかはこうされることは覚悟していたけれど、そんな覚悟では足りないぐらいに焦った。
的場さんがおれの妖力を食い尽くすために体内に黒い塊を入れると言ったけれど、本当にその場所から入れられるとは思いたくなかった。
後ろの窄まりに蔦についた汁液がたっぷり塗りたくられるように押しつけられた。
粘液の冷たさにびくびくと体を震わせながら、これから訪れようとしている恐怖にのまれないようにするのが精一杯だった。
やがてその部分に二本、三本と複数の蔦が集まり始めいよいよこれからおぞましい行為が行われるのだと悟った。

「痛くはありませんが、なるべく力を抜いて下さると体にあまり負担がかからないですよ」

優しく語りかけられたがあまり頭には入ってこなかった。唇を引き締めて睨み返すだけだった。
そして遂に、その瞬間がきた。

「っぅ…!うぅ、ん、は…ッ!?な?な、んで……?」

激しい衝撃に耐えようとぐっと歯を食いしばったが、予想外に痛みもなく黒い塊が一本ぬめりを伴って侵入してきた。
あまりのスムーズさに疑問の声さえあがった。奇妙な感覚は感じているが、そんなに不快ではなくて起こっていることが信じられなかった。

「元は私の妖力の集まりですから大きさも硬さも自由に調節可能なのですよ。はじめてですから、特に注意していますし」

ここまで繊細な動きができるということは、やはり的場さんは相当な力の持ち主なのだと思った。妖ではきっとこうはいかないだろう。

「うぅ、ふ、ああぁ……ッ!」

張り詰めていた心がふっと緩んだ一瞬の隙に、二本、三本と次々に蔦が侵入してきた。
さっきと同様に気持ち悪さしか感じられなかったが、押しこむような圧迫感が襲ってきて叫ばずにはいられなかった。声を堪えようと思っていたことなどすっかり忘れ去ってしまった。
間中ずっと的場さんから視線を逸らさずにいたので、おれのみっともない表情を全部見られてしまっただろう。
けれどもうそんなことはどうでもよかった。
蔦がゆっくりと進んでいく度に理性が削り取られていくような錯覚が起こった。そして疼きによる快楽もどんどんと胸の内をしめていく。

「や、ぅ、うぅくッ…ん、ぅ…」

こんなのは普通じゃないと思った。
はじめてなのに痛みはほとんどなく、恐怖よりも悦びが勝ってきているなんて理解したくなかった。
やがて蔦たちは最奥の壁まで到達し、それ以上動くことはなくなった。それに少しだけ安堵してゆっくりと息を吐き出した。

「は…ッう…」
「怖い、ですか?怖いですよね?自分の想像以上に体が反応していることが」
「ま、とばさん……」

煽るように言葉を投げかけられたけれど、なぜだかそんなに不快に思わなかった。的場さんの言い分は正しかったから。
今まで起こってきたどんな出来事よりも、怖かった。何年も一人で過ごすうちにほとんどのことは自分で解決できるようになったけれど、今回は違う。
自分で自分がコントロールできない、なんてことはこれまで経験がなかった。
いつも聞き分けのいい子供だったおれは、何かに固執して自分がわからなくなるほど迷惑を掛けたこともない。どんなに理不尽な目にあっても常に正しく生きていこうとしてきた。
けれどそれができなくなってしまったのだ。

「い、やだ…こんなの…」

脳にまで浸透してきていた痺れが、思考まで奪おうとすぐそばまで近寄ってきている。
きもちいいのが怖くて、辛くて、もうどうしたらいいか自分がわからなくなっていた。

「では楽にしてあげましょう。最後の一歩を踏み出せば、きっと素晴らしいことが待っていますよ」

言い終わらないうちに、不意に苦しかったものが解放された。蔦で縛りつけられていた根元が解かれたのだと気がついた瞬間、悲鳴をあげていた。

「う、あぁ、あ、はああぁ…ッ、う、あ、あぁ…!」

下半身の麻痺が連続して起こり、先端から白い液体を盛大に吐き出していた。あまりの衝撃に縛られた手首の縄をぎしぎしと鳴らし、傷がつくことさえいとわなかった。
とても受け入れがたい状況だった。体内に得体の知れないものを入れられ、あげくに人前で自身を放ってしまうなんて。

「はぁ…はぁ、あぁ…」

夢だったらよかったのにと思うぐらいに、酷い有様だった。乱れた呼吸を落ち着かせながら、あまりのことに放心してぼうっとしていた。

「やっと本当の君を見せてくれましたね…夏目貴志君」

言いながらどうしてか的場さんがおれの頬を右手で掴んで、そのまま顔を近づけてきて――

「んっ…っ……?」

立て続けにいろんなことが起こっていたけれど、その中で群を抜いて意味がわからなかった。

(え?的場さんと、おれが…キスし、てる…?)

驚きのあまりに、闇の中に消えかけていた感情がぶわっと戻ってきて正気を取り戻していた。
抵抗もできずにただされるがままに唇を奪われていた。口内に舌が入ってきて、とても優しく撫でるように歯をなぞりその奥へと進めた。
おれの舌をみつけると絡めてきてぴちゃぴちゃと音を立てながら舐められていた。時折吸い付くように歯と舌の間に挟まれて、ズキンと腰まで響いた。

「ふ、っ…うぅ…」

あまり息が整っていないところで突然口づけをされたので、次第に頭に酸素が回ってこなくなり鼻から息が抜けていった。
瞼が閉じかけ、くらりと眩暈がしたところで的場さんの体が離れていった。計ったかのようなタイミングだった。

「はっ…は…ッぅ…」

行為の意味を問うようにとろんとした瞳で眺めたら、やっぱりよくわからない言葉が返ってきた。

「ご褒美、ですよ」
「…え…?」
「君が自分を解放する度に、これからご褒美をあげますから…だからがんばってください」
「そんな…ッ…!?」

胸の奥がズキズキと痛んだ。助け出されたと思った途端にまた奈落の底に落とされた気分だった。
的場さんの言葉が意味するのは、まだ行為は続くということだった。

「まんざらでもなかったのではないですか?私の口づけは。顔が赤くなってますよ」
「こ、これは違いますッ…!」

確かに頬が熱くなってはいたけれど、決して的場さんのキスが照れくさくてそうなったわけではない。
人としての感情を失いかけていたところに突然あんなことをされて、優しくされたのだと勘違いしたのだ。
少しだけ嬉しいと思ってしまったんだ。最悪なことに。

「たった一度だけで食い尽くせるほど君の妖力は弱くない。壊れないようにしてあげますから」
「的場…さん…」
「だから、最後までつきあって下さい」

そう言う顔は本当に機嫌が良さそうにすごく綺麗に微笑んでいて、おれはそれを直視できなくて視線を逸らした。

「ひ…ッああぁ、うぅ…ッ!」

動くことをやめていた塊が唐突に内側で暴れ始めて、腰が思わず派手に跳ねてしまった。
戻ってきた意志がまた急速に奪われてしまった。なんで、と戸惑っているうちに体の至るところが熱く弾けてきた。
引きかけていた疼きがじくじくと復活し、さっき出したばかりだというのにすぐに勃ちあがってしまった。

(こんなの嫌だ、いやだ…おれが、おれでなくなってくなんて…)

今日一日の間ですっかり体は的場さんの言いなりになってしまっているなんて、考えたくも無かった。

「や…うぅッ…くぅ、ん、あ…ッ…」

けれど塊の蠢きに合わせるように体をくねらせて責めを受け入れていた。声にも艶がでていて、女性のようにあえいでいる。
こんな現実を受け入れたくないと思う心が、頭の芯からぼうっとさせ視界も靄がかかったように不鮮明なものになる。
このまま目を閉じてすべてを拒絶しようと思ったところで、顎に手がかけられた。

「逃げないでください。しっかり私を見て、誰にこんな風にされているか覚えておきなさい」
「ぁ…ま、とば…さ…」

本当に一瞬誰だかわからなくなっていたけれど、すぐに思い出すことができた。こんなことをした相手を忘れるはずがない、忘れたくない。
けれどなぜだか怒りは沸いてはこなかった。
なぜ?やどうして?という疑問だけがあったが憎いという感情はなかった。
人を憎んでも、妖を憎んでも仕方のないことだと昔から知っていたから、誰かを憎むことはなかった。
ただ悲しいなと感じるだけだった。
だけれども今は的場さんにここまでされているのに憎むことができない自分を、悲しいなと思った。
ほんの少し優しく気遣われただけで、優しくキスをされただけで、本当に悪い人ではないのかもしれないと思い始めているなんて変だった。

「はぁ…ッ、あ、あぁ、うあぁ、あ…ッ…」

体の中でそれぞれ好き勝手に蠢いていた黒の塊が結束し、一つの大きな塊になって最奥まで進んだかと思うと入り口付近まで戻るということを繰り返しはじめた。
あまりの責めに自身も限界近くまで張り詰めてきていて、これからどうなるかを予感させていた。
そんなこと絶対にもう許したくないのに、与えられる刺激に翻弄されて流されるしかなかった。

「う、くぅ、も、やあぁ…ッ、うぅああぁあぁ…はあぁ…ッ…!」

嫌だ嫌だと心の中で唱えながら、再び自身を放ってしまい汚れていた太股を更に白に汚した。
同時に後ろから攻めていた蔦からも液体が体の内に注がれて、そこが熱く焼けそうなほどだった。
変に麻痺した全身はおさまらず、蕾の間からこぼれた汁がびちゃびちゃと水音を立ててあたりに飛び散って壁までも汚しているようだった。

「…ぁ、あぁ…あ…」

目を見開いたまま唇がわなわなと震えていたが、恐怖しているのか気持ちよさに悦んでいるのかはわからなかった。
暫くして完全に体の麻痺がおさまったところで、両頬をあたたかいものに包まれた。
唇を塞がれる寸前に、「夏目」と名前を呼ばれたような気がしたがはっきりとしたことはよくわからなかった。
どうしてこんなことをしたのか、いつかあなたは教えてくれますか?
――的場さん

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