∴ Little Little Princess8
「お、横暴だ!最悪だ!ちっとも変わらないじゃないか!この変態中年オヤジがッ!!」

先生の夢の中の出来事と同じような流れに思わずため息が漏れた。いくらなんでも、これは酷い。

「お前だって私に思い出して欲しいんだろ?」
「思い出さなくていい!いいからっ、とにかく離れろッ!!」

いくら思い出す為とはいえ、先生ともう一度そんなことをするなんて考えられなかった。
好きだと告白されたのならともかく、そんな理由でする気になんてなるわけがない。

「ふざけるな!やめろッ!!」

まだ体中は蔦に拘束されていたけれど、必死に手足を振ってなんとか逃れようと試みた。

「こら、そんなに暴れるな!」
「記憶を思い出す為に体を使うなんて…人のこと、おれのことを…なんだと思ってるんだッ!許さないッ、からな!」

今度はもう先生に流されるわけにはいかなかったから、抵抗の手は緩めなかった。
先生のことが好きだった事実に気がついた今だからこそ、体を好き勝手にされるわけにはいかなかった。
こういう行為は本当に好きな相手としかしてはいけないというのは、身を持って体験していたからもう二度と間違いたくはなかった。

「簡単にしていいことじゃ、ないッ!ただ先生はさっきの妖の鬱憤を晴らしたいだけだろ!覚悟が無いのに、こんなことさせないッ!!」

夢の中でおれに好きだと告げてくれた時の気持ちが踏みにじられるような行為に、胸が張り裂けそうなぐらい痛かった。
気がつくと瞳から大粒の涙が、零れていた。

「夏目…?泣いてるのか?」
「う、うるさいッ!」

後ろから先生が戸惑いながらも優しく声を掛けてきたが、唇を噛み締めて叫んでそれを拒んだ。

「そんなに…私とするのが嫌なのか?」
「そうだ!」

即答した。本当は先生とするのが嫌なわけではないんだけれど、とはとても言えなかった。

「困ったな…なんとか聞き分けてくれんか。嫌かもしれないが、お前を抱かないと私もここから出られんと聞いてるし…」

後ろ側にいた先生が心底申し訳無さそうな顔をしながら、おれの前に戻ってきた。

「え?そ、うなのか…?」

おれが先生を夢の中に助けに行った時の条件とは随分内容が違っていて驚いた。
それならしつこく抱かせろと迫るのも仕方がないといえる。感情に任せて話をしっかり聞かなかったことを、少しだけ後悔した。
でもいくら元に戻るためとはいえ本当にいいのだろうか、と数秒悩んでからゆっくりと答えた。

「わかった、じゃあ……おれのこと好きだって言ってくれたら、しても…いい、よ」

考え抜いた結果、随分と自分に都合のいいようなことを告げてしまった。その言葉さえ言って貰えれば前の時と状況が変わらない、と思えた。
そうやって無理矢理自身を納得させるしかないような気がした。

「本当にそれでいいのか?そんな簡単なことでいいのか?」

おれの方を窺うようにしながら難しい顔をしていた先生が、ぱっと明るい顔をして言った。
そんな簡単なこと、とは言うけれどおれには結局その一言を夢の中の先生に本心から告げることはできなかった。
強制的に何度もその言葉を言わされたのに、最後に言ってあげることができなかった。
そこでふと思い立って、条件を追加する事にした。

「あともう一つ、元に戻ったら…この夢の中の出来事は全部忘れて欲しい」

心からの言葉だった。
おれは夢の中の出来事が忘れられなくて、それで悩んでこんなことになってしまったのだから先生にはそのことで気に病んで欲しくなかった。
気に病むほど繊細な性格はしていないだろうけど、変に避けられたり気を使われるのはきっとおれも傷つくだろうと思ったからだ。
先生の為だといいながら、やっぱり自分が傷つくのが一番怖いんだ。

「なんだと?どうしてそんなことを言うのだ」

急に表情が一変して険しくなったので、内心ドキリと胸が高鳴った。すべての気持ちをを見透かされているような鋭い瞳だった。

「だって先生だって嫌だろう?好きでもなんでもない相手との行為なんて早く忘れてしまいたいだろ!」

もう説明するのさえ面倒だった。どうしてこう物分りが悪いのか、ため息さえ出そうだった。
お互い利害が一致しているならそうすればいいだろと、多少イライラしながら声をあげた。

「…お前はそうかもしれないが、私はそんなのは嫌だぞ!人の感情にまで意見してくる気か?」
「違う、そうじゃ、なくて…!」

どうしてこんなに話が通じないんだろうと思ってさらに怒鳴りつけようとしようとしたところで、耳を疑うような言葉を掛けられた。

「私はお前が好きなんだ…夏目」
「な…ッ、だからなんでこんな時にそれを言う…」

一瞬はっとして頬が赤くなったが、すぐに自分がそう言ってくれと頼んだのを思い出して心の中で舌打ちをした。
胸がズキズキと痛んでいた。なにもこんな場面に思わせぶりなことを言わないで欲しかった。
精一杯罵倒しようとして、もっと衝撃的なことが起こった。

「違う!今のはお前に言わされたから言ったわけではない。私の本心からの気持ちだ!私は夏目が好きだと言ってるんだ!!」
「………え?な、んだって…?」

口を開きかけていた動作がぴたりと止まり、まさかと思いながらものすごい速さで頭の中で考えていた。
この先生は前の夢の中の先生じゃないのに、どうしておれが好きだと言うんだ?
ほんとうにそんなことを言っていい、のか?もう忘れることはないのに、わかってて言ってるのか?
あまりに驚きすぎて呆然としているおれに向かって先生が語りかけてきた。頬を少しだけ染めて、気恥ずかしそうな表情だった。

「夏目を抱いてやらんと元に戻れないとヒノエから聞いた時、私は喜んだ。そんな最低な奴だが本気なんだ」
「嘘だ…きっと先生は変な夢を見て、それで…」

とても信じられなくて、そういえばさっき夢の中の出来事を少しだけ覚えているようなことを言っていたからそのことがが影響しているのだと思った。
夢でおれとした行為が気になって、次第におれのことを好きなのだと勘違いしてしまっただけなのだと言おうとした。

「もっと前からだ。お前を好きだったのは」
「……」

すぐに否定されて言葉もなかった。違うというのなら、本当に前からおれのことを好きでたまたま夢の中で告げてしまっただけなのだろうか。
もう呆然とするしかなかった。
そうだ、もしこれを始めの時についでに言ってさえいてくれれば、悩んで妖につけこまれるようなこういう事態にはならなかったかもしれないのだ。
はじめからほんとうにおれ一人が空回りしているだけだった。
なんとも情けない結果だった。

「あぁ、くそっこんなこと言うつもりはなかったのに。こんなこと言ってもお前を困らせるだけだと…」

すぐに返事ができなくてうろたえていたら、それを告白されてショックを受けていると勘違いしたらしい先生が頭を掻き毟りながら苦しそうな表情を浮かべたので慌ててしまった。

「ちょ、ちょっと聞いてくれ!おれも、先生が好きだッ…!!」

なんとも酷い告白だった。男らしくもないし随分と格好悪いものだったけれど、もう構っていられなかった。
今度こそ間違わないようにしっかり伝えなければと、ただ必死だった。

「はぁっ!?な、なんだとッ!!」

次の瞬間先生の表情がこれまでと一変して、驚愕しながらぽっと頬を染めて照れるようなものへと変わった。おれがはじめて見る珍しい顔だった。

「どうしてそれを早く言わんのか、阿呆が!!」

だけど素直に喜んでいたのは一瞬で、すぐに激怒しながら叫び散らしてきた。当然の反応だった。

「それはこっちのセリフだ!まったく、なんなんだ…」

もう飽きれを通り越して微妙な笑いさえ浮かんでいた。おれにも落ち度はいろいろあるが、すべての原因はやっぱりどう考えても先生にあるとしか思えなかった。
助けに行ったはずが襲われて、勝手に心の中に入ってきた挙句に大事なことは言わずに消えたほうが悪いに決まっている。
今目の前にいる先生とは違うけれど根本は同じだとわかったのだから、少しは鬱憤を晴らしてもいいように感じられた。

「…そうか、そうだったのか。ならもう遠慮はいらないな?」
「ん?なに…え、ちょ、っと…う、わああぁッ!?」

急に真剣な眼差しをおれに向けたかと思うと不敵に口元を歪ませながら、あろうことか肩に両手を乗せて全体重をかけてきた。当然後ろに倒れるしかなかった。
ぶちぶちっという音が聞こえてきたので、体に絡まっていた蔦が何本か破れただろうことは察することができた。それにしても乱暴すぎたけれど。

「お前に聞きたいことがありすぎてわけがわからん。とにかくさっさとここを出て話はそれからだ」
「ここから出るって…やっぱり…?」
「なんだこれ以上不服があるのか?夏目も私が好きならこれも合意の上で抱くことができる。最高だろうが?」

有無を言わせないような物言いに、やっぱり先生は先生らしいと安堵した。完全に納得はできないが、しょうがないなと妥協するしかなかった。

「わかったよ。でも、もっと言い方があるだろ…先生は強引すぎる」
「目の前でこんなにうまそうな餌がぷらぷらと無防備に晒されていて我慢できるほど紳士的ではないからな」

おれも先生もお互いに笑っていた。多少の恥ずかしさや照れはあったけれど、こうして笑いあえることに純粋に感謝をしたかった。
蔦の残骸を面倒くさそうに不器用な手で剥ぎ取っていたので、自由になった手でおれも手伝った。
全身は見るも無残に汚れきっていたけれど、もうそんなに気にならなかった。すでに裸になってしまっているのはいたたまれなかったけれど。

「先生…っ、こら…くすぐったい…ッ…」

複雑に蔦が絡まっている部分を懸命にほどいていたら、もうすっかり飽きてしまった先生が大きい舌で右の首筋を舐めた。
肩を竦めて舌を避けながら手を動かしていたが、邪魔されているだけあって全然外れる気配は無かった。

「もうそのままでいいだろ、待てん」
「こらっ…やめっ、っうぅ…ん…」

堪え性がない性格なのはわかっていたけれど、案の定待ちきれなくて顔をずいっと近づけてきてそのまま唇を奪われてしまった。
しょうがないなと思いながらゆっくりと目を瞑って受け入れた。
はじめてキスをした時よりも一回り以上大きな舌が口内に突き入れられてきた。けれど前とは違って優しくて丁寧な口づけだった。
おれもそれに応えようとどうしたらいいかよくわからなかったけれど、たどたどしく舌を伸ばして擦り寄せた。

「ふ…う…ッ、ん…」

やけにざらざらとした感触がくすぐったくて、鼻から軽く吐息が抜けていった。
きっと先生にとっては大した刺激にはなっていないかもしれないけれど、懸命に舌で撫で続けた。静かな空間に生々しい水音だけが響いていた。
やがてどちらともなく舌が離れていったので瞳を開けると、嬉しそうな先生の顔があった。胸の鼓動はさっきからずっと鳴り続けていて止まる様子はなさそうだった。

「他の奴にぐちゃぐちゃにされてるのが気に入らんが…まぁいい。こんなに欲情しきった夏目は二度と見られないかもしれないしな」
「うるさいッ…っ、うわッ!?」

反論しようとしたところで突然煙が舞い上がり、晴れた時には小さく縮んだ姿の先生が胸の上にのしかかっていた。
やけにごつごつした硬いものが太股にわざとらしく擦りつけられて、やれやれとため息をつきたくなるぐらいだった。

「ふむ、前座なしでも充分入りそうだな…」
「え?いや、待て…っ、う、うぅ、んあぁ…あ…!」

記憶が飛ぶほどに蔦にぐちゃぐちゃにされていたそこは、あっさりと先生のものを飲み込んでしまって制止の声は途中から艶のあるものに変わってしまった。

「これはすごいぞ、なにもしていなくても吸いついてくるではないか!」
「そ、んなことッ…言うなあぁ…っうぅ…!!」

興奮しながらどんな状態なのか説明してくる先生を殴り飛ばしたかったが、さすがにそれはしなかった。
確かに言われる通りスムーズに侵入してきていて、自分でも目を疑うような状況だった。
しかも必死に堪えているが、ふとしたことですぐに甘い声が口から漏れてしまいそうなほど気持ちがよかった。
さっきの蔦にされていた時は理性はなく本能的にしか快感がわからなかったけれど、今はしっかりと理解できていた。先生だからここまで感じることができるのだと。

「っ、は、はぁ…あぁ…」

やっと一番奥まで繋がったのがわかって、丁寧に呼吸を吐き出した。手にはびっしょりと汗をかいていた。

「しかしよく私なんかとしようと思ったな。獣だし…妖なのにな?」
「そんなこと、今…言うか普通…」

なんとなく緊張しているおれを気遣って言ってくれているのだと感じたが、それにしては痛いところをついてきた。
前に夢の中で先生とした時の事情を一切知らないから、あっさり承諾したことを疑問に思っているかもしれないが長い説明は不要だった。

「…す、きなんだから…しょうがないだろ…」

あまりに照れくさくて視線は外したが、きっぱりと言い切った。言いながら自分でも、あぁこれは恥ずかしすぎるとは思っていたけど偽るつもりもなかった。

「なッ、お前という奴は…!人を煽りおって…どうなっても知らんぞ?」

体の中の先生自身がさっきまでより少しだけ大きくなったというのが、内側からの圧迫感が強くなったことでわかった。
肌にかかる息も荒くなってきて、目が完全に鋭く血走っているように見えた。もっと先生のことが知りたかったから、わざと更に煽るようなことを告げた。

「喰ってもいいって言っただろ?」
「阿呆が…ッ!」
「っ、あ、ひああぁ、はあぁッ…!」

本当に遠慮の無い律動が始まり、視界が一気にぶれてすぐに頭の芯がぼおっとしてきた。
先生にふれられている部分すべてが発熱したかのように熱くなり、心地よい痺れをもたらしていた。
前に夢の中でされた時もすごかったけれど、素直に気持ちを認めたことで満たされた極上の気分で行為に浸ることができた。

(おれは絶対にこのことは忘れない…夢から醒めてもきっと…)

はっきりと心の中で決意をした。自分の夢の中だからきっとこの願いは叶うように思えた。


「ぁ…せ、、んせ…ッ、もう…!」
「あぁ夏目私もだ…ッ!」

もう限界が近づいてきていることを告げたら、切羽詰った表情のまま頷いてくれた。それに微笑み返した次の瞬間、熱い迸りが体の内と外で同時に起きた。

「は、あぁあ、ふ、うぅ…っ、はぁ、あ、あぁぁ……!」

甘い悲鳴を上げながら腰をびくびくと震わせて浸っていると、ものすごい量の白い液体が結合部から溢れて前も後ろもぐちょぐちょに汚れてしまった。
けれどとてもあったかくて、穏やかさに包まれながら一気に意識が遠のいていくのがわかった。
最後にどうしても伝えなければいけないことがあったので、必死に繋ぎとめようとしながら掠れた声で言った。

「あ、りがとう…先生…」
「夏目…?」

きっかけは散々なものだったけれど、すべてを乗り越えられたのだからなにがおとずれようと大丈夫だと思った。

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