∴ Little Little Princess6
「ん…あれ…?ここ、どこだ?」

目を開くと見覚えの無い場所にあおむけに寝転がっていた。
まわりはなぜか真っ暗な闇に包まれていて、少しだけ光っている自分の姿しか確認する事が出来ない。
明らかに異質な場所にいるということがわかっていたが、とりあえず体を起こして立ちあがってみた。
すると突然背中からぞくっと寒気がして、おれにとってよくない気配が現れたのだと振り向かずに悟った。

「誰だ…ッ!」

鋭く睨みつけながらその相手がいる方向に大きな声で怒鳴ると、ふっと暗闇からなにかが現れた。
その姿は、とても見覚えのある相手だった。

『おれのこと、覚えてる?』

姿はわかるけれど、その相手からの問いかけにすぐには答えられなかった。

「……あ、もしかしてお前、ニャンコ先生の夢の中に居た…妖か…?」

暫く頭を捻って考えていたがやっと思い出すことができて、そのまま告げた。

『あぁよかった、ちゃんと覚えているんだ』

覚えているというのとは少し違う、妖とはいってもおれは相手の本当の姿は知らない。知らないまま曖昧に逃げられたのだ。

「どういうつもりか知らないが……頼むからおれの姿で現れるのはやめてくれないか?」

目の前の人物はおれの姿とまったく同じ容姿と声をしていて、それを自分で見ていてなんだか変な気分だった。
服装から髪や爪先に至るまで全部が一緒なのだ。なんだか口調まで似ているような気がしてならない。

『それはできない。これからこの姿でおもしろいことをするつもりだから』

妖がニッコリと口元を微笑ませながらとんでもないことを言った。

『おれも人間の夢の中っていうのははじめてで勝手がわからなかったんだけど、原理は同じみたいだ。とりあえずここから逃げ出せないように捕らえておく必要があるらしい』
「え…?う、わあッ!?」

言い終わらないうちに足首にやけに冷たいなにかが絡みついたかと思うと、手や首や胴体などあらゆるところに次々と絡まってきた。
あっという間に全身を拘束されて、全く身動きが取れないような状態になってしまう。

「…ッ、は、なせ…っ!!」

縛られている物体は、以前ニャンコ先生の夢の中に現れたのに似た黒い蔦のようなものだった。
次から次へといろいろなことが目の前で起こっていたが、やっと頭が気絶してしまう前のことまでを思い出してきていた。
先生に言うべきではないことを告げてしまい、逃げなければ――
どこかに逃げてしまえればと思ったところだったのだ。

「もしかしてここはおれの夢の中なのか?」
『そうだ、おれがお前に呪いをかけて夢の中に連れてきてやったんだ。だってそう望んだだろう…?』

嫌な予感は的中していた。先生がかけられてしまった呪いと変わらぬことが自分の身に起こってしまったのだと、信じられるわけがなかった。

「違う、そうじゃない!早く元に戻してくれ!!」

慌てて呪いを解くよう叫んではみたが、とてもすぐに戻してくれるような状況でないのは感じていた。

『獲物をそう簡単に逃がすわけがないだろ。この間は相手が大物すぎて無理だったけどお前なら大丈夫そうだ』

この間の相手というのがニャンコ先生のことなのだろうと判断できた。
おれが夢の中に行っただけで簡単に元に戻すことが出来たのは、妖が途中で諦めたからということなのだろう。

「とにかく、は、早くしてくれ…でないと…!」

強く拳を握りって両手両足を必死に動かそうと力を入れながら、内心かなり焦っていた。
なぜならこの後どうなるか、容易に想像がついていたから……

『早くしないと、あの大物の妖がお前を助けにこの夢の中に現れる……だろう?』
「な…な、んで…それを?」

まさに危惧していたことをそのまま告げられて、驚きで頭の中がパニック状態に陥った。

『ここはお前の夢の中、なんでも全部知ってるよ。なにに悩んで現実逃避したいと思っていたかもわかってる。まさか人が妖のことを……』
「そ、それ以上は言わなくていいから…ッ!」

最後まで言いきる前に遮った。妖がおれの姿を真似ているから、余計に罪悪感に苛まれそうだった。

(だめだ、手の内はすべて知られてる…)

自然と頬が高揚してきているのがわかった。あまりに恥ずかしすぎて、穴があったら入りたいというのはまさに今のことだろう。
おれの先生に対する気持ちが、この妖にはバレてしまっているのだ。本人にすら言っていないのに。

『苦しいよね。夢の中で告白されたのに覚えてなくて、夏目だけが悩んでどうしたらいいのかわからなくなって…』

妖がわざとおれの名前を呼んできたのがわかった。この様子だと友人帳のことなども知ってしまっただろう。
悔しさに唇を噛んでいると、少しずつおれのほうに近づいてきて耳の横で優しく囁いた。

『煩わしい考えなんて、忘れればいい』
「な、そんな…!」

その言葉は、夢の中で一度先生に言われたことだった。確かその直後にとんでもないことが起こった

(まさか…!?)

妖の本当の目的に気がついた時にはすべてが遅かった。

―――チクッ

首元を襲う軽い痛みに、目を見開いて驚きながら呻き声をあげた。

「…っ、や、やっぱり…お前」
『夏目の願いは逃げ続けることだろ?なにを悩んでいたかなんて忘れて、永遠に夢の中に居続けたらいい。例え誰が助けに来たとしても…』

どうやら妖はおれに媚薬を打って強制的にわけがわからなくさせて、その間中ずっと呪いをかけ続ける気だった。

(そんなの、冗談じゃない…!)

けれども首筋に打たれた針の先から、じわじわと冷たい液体みたいなものが体の中に浸透していった。
それはすぐに熱へと変化して体中に快楽として襲いかかってきた。この間よりも効きが明らかに早い。

「離せッ、これを…ッ!や、めるんだ…!!」

懸命に体をよじろうと試みるが、まるでびくともしない。次第に息まであがってきて、目の前がくらりと一瞬揺らいだ。

(だ、めだ…しっかりしないと、このままだと…)

まさか二度もこんな目にあうなんて思ってもいなくて、自分が情けなかった。しかも今度の相手は先生ではなく、得体の知れない妖なのだ。
好きになった相手ならともかく、それ以外の存在に弄ばれるなんて正気でいられるわけがない。

「あ…そうか、おれ……?」

その時やっと自分のほんとうの想いに気がついて、呆然とした。
無理矢理流されてしまったけれど、心のどこかではじめからニャンコ先生のことが好きだったのではないかと。
好奇心で先生がおれの体に溺れているのを見てみたかったのではなくて、好きだからそうなって欲しかったのだ。
口づけをされた時になぜか流れた涙も、嬉し涙だったのだ。

(な、なんで…今更こんなことに気がついてしまったんだ…もう意味はないのに!)

おれのことが好きだと言った先生はもうどこにもいない。
最後に悲しそうにしていた瞳の理由も問うことはできない。
残ったのはやり場の無い気持ちだけだ。
体はだんだんと熱くなってきているというのに、胸の奥が凍えそうなほどに冷えきっていた。

(一人で舞いあがったり、落ちこんだりして…バカだおれは)

いつもみたいに先生が傍に居ない今だからこそ、冷静に考えられて惨めな現実を知ることができた。

『そんなこと、忘れたらいい…』
「や…ッ、くうぅ…ッ!?」

囁きかけられる言葉が深く深く胸に突き刺さったように感じた次の瞬間、体中を絡めていた黒い蔦の塊が一斉に蠢き始めて声があがった。
まず蔦は衣服を破るためにシャツやズボンの隙間に強引にもぐりこんでいき、肌の上を滑りながら内側から引っ張ってどんどんと布を引き裂いていった。
もぞもぞと全身を這い回る感触が微妙にくすぐったくて、いつのまにかため息が口から漏れていた。
気を緩めればあっという間にすべて飲みこまれてしまいそうなほど急激に翻弄されている。
なんとか唇からあえぎ声がこぼれてしまわないように抵抗しているが、もう時間の問題のように思えた。

「う……ん?ぅ、ん、んッ…!?」

蔦の一つが朦朧としかけている意識を引き戻すかのように頬をぺちぺちと叩いた後、思わずぽかんと開けてしまった口の中に無理矢理侵入してきた。
意図に気がついた時にはもう喉奥まで深く侵入されていて、すべて遅かった。
押し出すこともできず、蔦はそのまま激しく乱暴に動き始めた。
抗うこともできずに翻弄されて、振り乱された所為か頭の中がぼんやりとし始めた。一気に痺れが全身を駆け巡り、嫌な汗がふきだしてきた。

(確かに…先生に強引にディープキスをされたけど…こんなのとは全然違った…)

乱暴だったけれどそこにはきっと、愛があったように思う。
欲しくて欲しくてしょうがない、という強い感情が行為を激しくさせただけなのだと今なら理解できる。
こんな無機質な愛も感情もなにもない責めになんか、負けるわけにはいかなかった。

「ん…ん、うぅ…ッく、ごほッ…!!」

しばらくすると突然蔦の先端から、なにかの熱い液体が勢いよく噴出しどうすることもできずに一部を飲みこんでしまった。
なんとか吐き出そうとえづいてみるが、咳をしても出ることはなくほとんどを飲んでしまっていた。
直感でこれがさっき体に注入された媚薬と同じものなのだと感じていた。
戸惑っていると体に巻きついていた他の蔦からも一斉に同じような汁が迸り、体の隅々まで派手な音をたててかけられて汚されてしまう。
少しだけ残っているシャツが汁に濡れてぴったりと肌に張りついている感触が気持ち悪かったが、もうそれを気にしていられる状況ではなくなっていた。

「あ…ぁ……っ!?」

ドクン、ドクンと鼓動が早鐘のように鳴り響き全身がぶるぶると麻痺するように震えだした。
さっきまでの決意をあっさりと崩すような凄まじい疼きが体の内から沸いてきて、なにも考えられなくなってしまう。
唇からは吐息が漏れ、力も抜けて完全に蔦に身を委ねて支えてもらっているような状態だった。
絡みついていた蔦の拘束が緩められて少しだけ自分で動くことができたのかもしれないが、さっきまでより身震いが酷くなるだけだった。

「ぅ…くっ、ん……」

朦朧とした意識の中でも抵抗する心だけは失うわけにはいかなかった。
だから必死に唇を噛みしめようと努力をしてみたが、何度そうしようとしても全く自分の思い通りにはできなくてもどかしかった。

『抵抗すると苦しいだろ?いいんだ、全部委ねて…』

妖が心を惑わすように告げてくる。
屈するわけにはいかないと頭ではわかっているのに、焦らされた体が誘惑に飲みこまれそうになっていた。

「だ、めだ…せ…んせぃ…?」

好きな人の名前を無意識に呟きながら、なにもない空間へと助けを求めて手のひらを伸ばしていた。
呼びかけに応えてくれる者など誰もいないのに。

(こんな姿だって見られたく、ないし…)

なにも知らない先生が今のおれの状態を見てどんな驚いた顔をするかなんて、想像するのは容易かった。
逃げたいと思って逃げた結果、やっぱり助けを求めるなんてあんまりだと思った。
先生の目の前から逃げたいのに、先生に助けて欲しい。
好きなのに、伝えられない。
おれが好きだと言ってくれた先生は、いない。
抗いたいのに、もう心は折れかかっている。
いろんな感情が頭の中でぐちゃぐちゃに混ざり合って、わけがわからなくなって額がズキズキと痛んだ。

そして辿りついた結論は――


「忘れ、させてくれ…ぜんぶ」


もう瞳の奥には目の前のものがなにも映ってはいなくて、虚ろだった。
妖がこの夢の世界に引き止めるために全部忘れろと言うのなら、それがおれ自身も気がついていない本当の願いなのだと思った。

『それで、いいんだよ…。じゃあとりあえずその苦しそうなのを解放しよう』

目の前の存在がニッコリと微笑むとそれに返事をするかのように、絡みついていた蔦がゆっくりと体中を蠢き始めた。
やがてそれらは下半身の一番敏感な部分へと集中し、何度かの責めですでに勃ちあがって限界近くまで張りつめていたモノに触れようとしていた。

「…ぁ…」

これからどうなるかわかっていたけれど、騒ぐことも抵抗することもなく目を閉じた。
この時のおれは体を無茶苦茶にされるより、先生に会ってしまうことのほうがどうしようもなく怖かったのだ。

「…っ…あ、うあ、はあぁあぁ……ッ…!?」

遂に何本かの蔦が一斉におれ自身に襲いかかり、刺激するようにそこに絡みついた瞬間白い迸りと共に意識も闇へと沈んでいった。

「あ…はぁ…っ」

一気にすべての苦しみから逃れられて、満足そうに口元が歪んでいるのがわかった。
肩で息をしながらぽろぽろと光の無い瞳から熱い涙を零していた。けれど、その理由がよくわからない。

『随分抵抗したほうだと思うよ。あの大物妖なんか少し誘惑したらあっさり溺れてきたっていうのに、人間ってのは大したものだ』

誰かがこっちに話しかけていたが、意味がよくわからなかった。

「まだ…あ、つい……」
『だけど強い意思ほど壊れたら脆い。おれの獲物として夏目は相応なのかもな』

まだおさまりきらず体の中でくすぶっている感情を素直に告げた。待ちきれなくて無意識に太股をすり合わせながら、目で訴えた。
すると無言でこくこくと頷き、自身のモノに絡んでいた蔦が今度は別の場所に移動し始めた。

「そ、こ…」

蔦の先端から汁をどろどろと垂らしてそれを塗りつけるようにしながら、後ろの窄まりの周辺に先ほどまでと比べ物にならない量が集まっていた。
その本数からどんな悲惨なことになるか想像して、ぶるりと腰が震えた。
きっとこのまま入れられたら胸がぎゅうっと締めつけられて、至福の一時が味わえるとそう思った。
正常な頭で考えれば、最高の悦びに浸れるのは好きな相手だけだとわかったはずなのに。

「あ…あぁっ、う、んぅ…ッ…!」

やがて入り口から蔦が体の中に遠慮なしに侵入してきた。蔦自体がぬるぬると湿っていたので、それほど痛みも抵抗もなかったが一本や二本どころではなかった。
唇から漏れるあえぎ声はすっかり艶を帯びていて、まるで他人の声のようだった。
すぐにそこは隙間がないぐらいにぎちぎちになったが、それでもまだ入りきらなかった蔦が外から敏感な部分を撫で回していた。
放って元気を失っていた自身はもう完全に元に戻っていて、襲いくる刺激に呼応するかのようにびくびくと跳ねていた。

「んあ…っ、う、くうぅ…ん…!?」

奥まで入りきらないうちに蔦が中で暴れ始めた。人などでは再現できないほど細かく前後に蠢きはじめ、内と外両方を同時に責められていた。
到底想像のできない動きに繋がれている蔦を必死に握り締め、自らも合わせるように腰を揺らした。
そうしたほうがちょうどよく快楽を感じることが出来たのだ。本能のみに操られた者の行動だった。

「はぁ、あ、あぁ…はぁ…ッ」

声を押し殺すことも無く、感情のないまま頂点だけを目指してあえぎ続けているとやがて限界が近づいてきたのがわかった。
麻痺のようなおかしい震えは止まらず、自身に絡みついている蔦が離されればもうすべてをぶちまけてしまいそうだった。

「も、やめ…ッ、あ、あつうぅッ…!」

叫びに応えるかのように中の蔦が最奥の壁までぎゅうっとしっかり押しつけられて、同時に自身の拘束が解けた。
なにが起こったのかすぐには理解できなかったが、次の瞬間には熱い迸りを放ち中にもそれをしっかりと受け止めていた。

「う、あぁ…ん、う、はあぁ…っ…あぁあ……!!」

膨大な量の白い液体が後ろからびちゃびちゃと派手な音をさせながらこぼれ、地面に大きな水溜りを作っていた。
しかも自身のほうはすっかり放出が終わっているのに、何本もある蔦から出る勢いは衰えようとしなかった。
熱いものが注ぎ込まれ続ける不思議な感触に、すぐにでもまた達してしまいそうなほど悦びを与えられていた。

「…ぅ…あぁ…ぁ…」

液体の噴出が終わる頃には、もう次の気持ちよくなることしか頭になかった。



「まったく、こんな面倒なことになってるとは…」

ぶつぶつと文句を言いながら暗闇の空間に突如獣の姿をした者が現れた。
あたりをきょろきょろと見回すと、大声で名を叫ぶ続けた。

「夏目、おい夏目どこにいるんだ!ここにいるんだろう!姿を現せ!!」

呼びかけに応じるかのように真っ暗だった場所にボウッと光が浮かびなにかの影が浮かびあがった。

「夏目かッ!?」

鋭く睨みつけながらも、口調には親しき者への優しさが含まれていたが返ってきた返事は冷たいものだった。

「だ……れ……?」

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