∴ Little Little Princess1
「呪い…?」
「大騒ぎするほどのものじゃないんだけどね」

そう言って柔らかにヒノエは笑ったけれど、目は真剣だった。

「別にこのまま放っておいても害は無いよ。この呪いはただ眠り続けるだけなんだから」
「眠る…か…眠り姫の童話みたいだな」
「なんだいそりゃ?」
「魔女に呪いをかけられたお姫様が百年間眠り続け、王子様のキスで目覚めて幸せになる話だよ」
「ふーん…なるほどぴったりだねぇ。姫が斑で王子が夏目ってわけかい」
「は?」

”眠り続ける呪い”という部分が酷似していると言ったはずなのに、別の意味で返されてどういうことかよくわからなかった。

「この呪いは誰かが外から起こしに行ってやらないと目覚めないんだよ。ぴったりじゃないか」
「な………!」

意地悪そうに大笑いしているのに対して、冗談じゃないと睨みつけながらコッソリとため息をついた。



先生が眠り続けて3日が過ぎていた。
特に怪我をしたわけでもないのにずっと寝ていることに違和感を感じていて、なんとなく相談をしてみた結果がこれだ。
明らかに呪いとわかるような印も全く無くて、きがつかなかった。
眠ってしまう直前に先生と口喧嘩をしてしまっていたから、きっとふてくされているんだろうなとしか思わなかった。
浅はかな考えに少しだけ後悔した。

「いいかいお前を今から斑の意識と同調させて夢の中に導いてやる。きっとそこに斑がいるから起こしてきてやりな」
「そんなことをして大丈夫なのか?」

自分の体がということではなく、人の夢を覗くのに抵抗があったので聞いてみた。
これまで何度か妖達の意識を覗いたし、昔に心無い妖に心を覗かれた経験からそれがあまりよくないものであるのは承知だったから。

「それしか方法がないんだからしょうがないだろ。でも安心しな夢の中の出来事は本人が目覚めた時に綺麗さっぱり忘れるようになってるからね」
「なにが起こっても大丈夫ということか」

そういうことなら都合がいいと思った。きっと夢をおれに見られたと知ったら先生は激怒して八つ当たりをしかねないとわかっていたから。

「きっと夢の中に呪いをかけて奴がいて斑を引きとめようとするだろうけど、まぁ夏目ならなんとかなるさ」
「なんとかなるってどういうことだよ…」
「王子様だろ?」
「…!ヒノエっ…!!」

こんな風にからかわれるなら眠り姫の話なんてするんじゃなかったと悔やんだ。

「そうだね…一番いいのは夢の中の斑が望んでることさえ叶えてやれば、呪いをかけた奴がなにをしようともあっさりと戻ってこれるよ」
「はぁ…とにかく先生の我侭を聞いてやればいいんだな」
「あぁお前がキスをしてやれば一発だよ」
「…ッ!」

抗議をしようと思ったところでおれと先生の周りが光りだし、あっと思った次の瞬間には意識が途切れていった。



「…ここは?」

気がついた時におれはぼんやりと薄暗い空間に立っていて、とても不思議な感じがした。
真っ暗ではないけれど不安定さに酷くもの寂しくて心細い気持ちがわきあがってきて、おれがしっかりしなくてどうするんだと叱咤した。

「…目…夏目…」
「!?先生………?」

辺りをきょろきょろとしているとどこからかかすかにニャンコ先生の声が聞こえたような気がして、慌てて声のする方へと駆け寄った。

「あ…よかった先生………?」

暫くして見知った白い獣姿を見つけて安堵したが、それはすぐに驚きへと変わった。


「え………?な…んだ…これ…?」


先生が誰か人の姿に覆い被さっていると思ったら、その人がゆっくりとこちらに振り返った。
その顔はおれに瓜二つだった。
しかもよく見るとそのおれにそっくりな姿をした者が先生と交わっていた。

なぜか―――二人でセックスをしていたのだ。

「え…あ………いや…その…」

一瞬にして頭の中がパニックに陥った。誰だってそうなるとおもう。
顔を真っ赤にしながら、見てはいけないと思いつつも全く目が逸らせないでいた。

(なんでおれと先生が…いやそれよりも獣と人間だし…こんな間近でこういう行為を見たのもはじめてだし…おれ…)

『お前が夏目ってやつか?』

おれにそっくりな者から発せられた声に、やっと自分を取り戻した。
確かヒノエは呪いをかけた奴が先生を引き止めていると言っていたはずだ。
これが引き止めているということなのかはよくわからないけど、明らかに変なことだけはわかる。

「…ッ先生に呪いをかけたのはお前か!なんでおれの姿なのかは知らないけど、先生から離れろ!」
『離れたいんだけど、離してくれないんだ』

チラリと先生の方を向いて軽く笑った。激しい行為をしているはずなのに、全く顔色は変わらずそこに色っぽさや感情がないように思えた。

「なにやってるんだ!先生!こっちを向けよ!!」

きっと先生がこの妖を勝手に襲って迷惑をかけているんだと思ったので、慌てて側に駆け寄ってぐいぐいと大きい腕を引っ張った。
けれども体を動かすことに夢中でいくら呼びかけても全然答えてくれない。

「このっ…変態猫がっ!!!!」
「うぎゃあっ、痛いぞ!!なにをするんだ…ッ!」

痺れを切らして先生の顎を拳で思いっきり殴ると、痛さに動揺して先生の体がおれにそっくりな妖から離れてごろごろと巨体のまま地面をのたうち回っていた。

「アホらしい…まったく…先生帰るぞ」

そのうち、うつ伏せのまま動かなくなった先生の右腕を引っ張って帰るように促そうとした。

「うるさいぞ、今度はお前が相手なのか?」
「え?」

あっと思った時には既に遅く、体を揺らす衝撃を受けたと思ったら何かに両腕と両足を空中で拘束されていて唖然とした。

『ちょうどよかった…大物とは知らずに呪いをかけたのはいいけど抑えきれなくて困っていたんだ』

衣服を整えながら少し離れたところで見守っている、おれにそっくりな妖がニコニコとこっちに向かって笑いかけていた。
はめられたのだと今更ながらに気がついたけれど、もうどうすることもできなかった。

「っ…」
『この空間はそこの妖の思うようにできてる世界だから何でも可能なんだよ。大丈夫、満足すればきっと元に戻れるから』

そう言い残すとすっと妖が消えていき、話が違うと思った。
自分には手に負えないからとおれを身代わりにして逃げ出したのだ。なんて酷い妖なんだと心の底から怒りが湧いてきた。

「いや…一番悪いのは先生か…」

どうしておれの姿であんなことになっていたのかと全部問いただしたいところだったが、それどころでないのは明白だった。

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