∴ アドレッセンス 2
「とにかく…や、めてください……!」
「抵抗するということはやましいことがあるのではないですか?」
「なにも…ありません…っ…!!」

抗議の声は全く届かなかった。話が通じない人だとは思っていたが、これはあまりにも酷かった。
そうしている間にも黒い塊はゆっくりとした動きで全身を這い回っていた。触れられたばかりの時は蔦は生あたたかい感触だったのが、次第にやけに熱く変化してきていた。
撫でられた皮膚の部分から熱い疼きのようなものがじわじわと体の内側に浸透していくようだった。そんなはずはないのに。
しばらくはズボンやシャツの上から絡まり動いているだけだったのに、器用にズボンのベルトのあたりをカチャカチャと音を立てながら外そうとしていたので慌ててしまった。

「そ、そこ…なにをしようとしてるんですか!?」
「問題ありますか?」

声を今までより一層荒げて問いかけたのだが、冷たい言葉しか返ってこなくて愕然とした。ここまで価値観が違えばどう言っても無駄なような気がしてきた。
普通では絶対にありえないようなことも、的場さんにとっては当たり前だと言われれば逆らえない雰囲気が漂っている。
完全に言葉を失っているとベルトが緩み隙間から一気に黒い塊がズボンの中に侵入しようとしていた。

「おれはなにも持っていません!嘘もついていません!だから離してくださいっ!!」

あまりのおぞましさに青ざめながら、必死に叫んだ。繋がれた手首が外れないか、引っ張って動かし縄で擦れて痛かったが構わず続けた。

「信用できませんね。あなたには一度逃げられているのですから」

告げられた言葉の中には悔しさのようなものがこもっているように感じられた。同時に誰も自分に寄せつけないような、拒絶の意志が含まれていた。
一瞬だけ、前に的場さんに捕まった時に逃げてしまったことを後悔した。
逃げなければもう少しまともに話ができていたかもしれない。ここまで怒らせることもなかったのかもしれないと、思ったのだ。

「くう…っ……」

ズボンをずり下げられ下着までも脱がされようとする動きに、はっと我に返って気持ち悪さに呻いた。腰をよじって少しでも逃れようとしていたところで、とんでもないことをされた。

「嫌がる気持ちはわからなくはありませんが…あまり自分を痛めつけるようなことはしないほうがいい」
「え…?」

言いながら的場さんがおれの目の前にまで歩み寄り、腰を屈めて縄に縛られた手首に手を添えると顔を近づけて――あろうことか舌で舐めあげた。
擦れた部分を舐められたせいで、ズキッと痛みが走ったがそれどころではなかった。

「…ぁ…」

なにが起こったのかわからず、放心状態のまま身動きが取れなくなってしまった。そんなことをする意味が全く理解できなかった。

「血が出ていましたよ」

顔を離しおれのほうを眺めてきた的場さんは妖艶に微笑んでいた。それを見て背筋がぞくりと震えたのだが、吸い寄せられるように目が離せなくなってしまった。
黒い塊に下着を取られかかっているのに、そんな重要なことさえも頭の中から吹き飛ばすぐらいに衝撃的だったのだ。
こんな酷いことをしておきながら、おれの体を気遣う的場さんはなにを考えているのか本当にわからなかった。
冷徹に突き放したかと思えば優しいような素振りも見せてくる。これまで会った多くの人々に、そんな性格の人などいなかった。
幼い頃から親戚中をたらい回しにされてきて、暴力も受けた。辛い言葉もたくさん浴びさせられた。
だから多少のことで屈することはないと思っていたが、急に胸がしめつけられるほど不安になってきた。

妖なんかよりもよっぽど恐ろしい存在だった。
相手が妖であれば捕らえられれば喰われて終わりということが想像できたけれど、的場さん相手ではなにも想像がつかなかった。
だからもうこれ以上心を翻弄されるわけにはいかなかった。

――けれどそう思い至った時には、遅かったようだった。

「ひ…くぅっ…!え、えぇ…?い、いつの間に、そんなっ!?」

強烈な刺激が有り得ない場所に与えられて、そこを眺めながら困惑の声をあげた。
いつの間にか下着が完全に下ろされ下半身が露わになり、黒い蔦がそこをつんつんと突いていた。
悔しさや恥ずかしさで頭の中がパニックになり、頬を染めながら完全にパニックに陥っていた。
これまで誰にも見られたことのない場所を一番やっかいな相手に晒されて、混乱しないわけが無かった。

「ほんとうになにもなかったみたいで…少し残念です」

しらじらしく的場さんが告げた。はじめからなにかを探しているような感じては無かったのに、なにを今更言うのかと怒りがわいた。
精一杯睨みつけて文句を言おうとしたのだが、その声は遮られた。

「まぁ目論見通りですけどね。本番はこれからですから」

的場さんは一度ニッコリと微笑んだ後、スッと手を伸ばしおれの後ろにある壁にゆっくりとふれた。
またさっきみたいに黒い蔦が札から現れるのかと予想したのだが、全く違っていた。

「う、わああぁぁ…ッ!…くっう…うぅ……!?」

突如胸のあたりが痛みだしたかと思うと、雷撃のような衝動が全身を襲いたまらず悲鳴をあげた。明らかになにかの術のようだった。
痛みはすぐにおさまったけれど体に全く力が入らなくなり、後ろの壁に体重を預けながら必死に呼吸を整えようとしていた。

「はぁ…あぁ…は…ッ…」

けれどもいっこうに息がおさまる気配は無く、なにかがおかしいと告げていた。
頭もやけにぼんやりとしていて白い靄がかかっているようだった。だるいはずなのにやけに全身が熱をもってきていて、嫌な汗が背中を伝っていた。
一体どんな卑劣な術をかけられたのだろうかと思って的場さんのほうを見ると、正直に答えてくれた。

「さっきみたいに抵抗されて暴れられても困るのであなたの体力を奪わせてもらったのですよ。ついでに体中を敏感にさせて快楽を促す術をかけておきました」
「え…?い、言ってることの意味が…わからないんですが…?」

息苦しさに顔をしかめながら、問いかけた。おれの聞き間違いだったらいいのにという願いをこめながら。

「あぁ、口ではわからないのですね。これからたっぷり体に直接説明してあげますから」

的場さんは愉快そうに口の端をつりあげて笑いながら不穏なことを告げた。
マズイと思った瞬間全身に絡みついていた黒い蔦が明らかに意思を持って蠢き始めた。

「や、めて…くださいッ…!!」

体力まで奪われてしまってはもう自分ではどうにもできなかった。体の半分ぐらいを黒い塊が覆うように絡まったり、肌を撫でながら動いていて目も当てられない状態だった。
しかも胸元ははだけられていて、下半身は晒されていて情けなくて仕方がなかった。
もちろん責めはその部分を見逃すはずは無く、胸の先端の突起やおれ自身を覆うように何本かの塊が集まっていて意識を失いそうだった。
いっそ意識を失ったほうがよかったのだが、そんな甘い考えが叶うことはないのはわかっていた。

「はぁ…っ、どうして…こんなこと…」

少しずつ体が火照ってきているのが自分でもわかりはじめていて、皮膚を撫でるたびに刺激されたところがムズムズとむず痒くてたまらなかった。
変な声を出してしまわないよう必死に歯を食いしばりながら、的場さんに話しかけた。まともな答えなんて返ってくることはないのはわかりきっていたのだけれど。

「知りたい…ですか?」

それまで余裕を見せながら笑っていた的場さんの顔からすうっと微笑みが消えて、感情の無い瞳で頭の上からおれのことを厳しい目つきで見下ろしてきた。
口調は変わらないけれど、どす黒いものを体にまとっているのがこれまでとは明らかに違う雰囲気から察することが出来た。
聞いてはいけないことを聞いたつもりは無かったのだけれど、あまりの様子に尋ねたことを後悔していた。
どんな悲惨なことを言われるのか身構えていたのだが、そこで的場さんが一度目を伏せて息をついてから再びおれのほうに向き直った。
すると表情はすっかり元に戻っていて、拍子抜けしてしまった。露わになりかけた真実をうまく隠したようにも思える行動だった。
けれどやはり気を取り直して告げられた内容は、とんでもないものだった。

「この黒い塊は私の妖力でできているのです。それを体内に取りこむことであなたの妖力と直接混ざり合い、力を完全に食い尽くすのですよ」
「そんなことをしてなにが…?」

あいかわらずおれには理解しがたい言い方だったので首をかしげていると、わかりやすく説明してくれた。

「少しの間ですけど万が一あなたに逃げられても私の妖力で体中満たしておけば気配もすぐ察知できるし、私の式を倒されるようなこともない」
「え…えぇっ…?」

なんとなくだが意味が理解できた。逃げられた時の保険のためということなのだろう。的場さんの妖力が充満していれば、的場さんの式が倒せないからまた容易く捕まえられるのだ。
けれどそれのどこが体中を敏感にさせることと結びつくのかさっぱりわからなかった。

「突然こんなものを体内に入れられれば君も大変ですからね。じっくりほぐされて快感を味わいながらのほうがいいに決まっていますよね?」
「は…?入、れる…って……まさか…?」

これまで全く思いつかなかったというか、そんなはずはないと考えることさえしていなかったことが身にふりかかろうとしていることに気がついた。

おれは男なのに、なぜか的場さんに体を狙われているのだ。

困惑と恥ずかしさのあまりに顔が紅潮しているようだった。いくら術のためとはいえ、ここまでするのはちょっと行きすぎだに思えた。
手段を選ばないとはいえ目の前で同姓の男を犯すのだ。
それなのに的場さんは嫌がるどころか、嬉しくて仕方がないという表情をしていたのだ。

「う、嘘ですよね?だってそんなことしなくても、もうおれは逃げられないって…わかるじゃないですか」
「完全に逃げられないという保障はどこにもありません。あなただから、警戒しているのですよ夏目貴志君」

いろいろと調べて妖力の強いレイコさんの孫だということを知ったから、おれに対してここまで慎重にやるのだろうと思った。
どこにも隙の無い的場さんは本当に恐ろしかった。そのうえまだこれも本性のうちの一部でしかないのだ。

「しゃべりすぎましたね。ではそろそろ本番といきましょうか…?」

さっきから鳴り止まない胸の鼓動がどういう意味を示しているのか、その時のおれにはわかっていなかった。

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