浦風藤内

変わり身




作兵衛を探すためにあれから数馬と一緒に鉢屋先輩のところへ行ったが、結局作兵衛の行方はわからず仕舞いだった。念のためと立花先輩にもお聞きしてみたのだが、やっぱり食満先輩は実習で学園にはいらっしゃらないという。
作兵衛が何かの口実に嘘でも吐いたのだろうか。いいや、責任感のある作兵衛のことだ、そんな仕様もない嘘を吐くとは思えない。
悶々と頭を悩ませていた、そのときだった。

「藤内、今呼んだか?」

委員長である立花先輩にそう聞かれて、きょとんとしてしまう。
委員会の最中にぼんやりとしていたのは認めるけれど、さすがに独り言など言った覚えはない。

「いいえ、呼んでません」
「確かに聞こえたんが…」
「私も聞こえましたー」

首を傾げている立花先輩の後ろから顔を出したのは綾部先輩だった。
君達も聞こえたよねえ、と綾部先輩が話を振ると一年生は顔を見合わせた。

「えっと、僕も聞きまし、た?」
「そう言われれば聞いたような…?」

どこか心許なそうにしてはいたが、兵太夫も伝七も聞いたという。なんだかだんだん不安になってきた。そんな僕を気遣ってか、確認してくれたのは立花先輩だった。

「本当に聞いたのか?」
「はい」
「お前達もか?」
「はい、…ねえ?」
「多分…」
「…ふむ」

立花先輩がそのまま考え込んでしまったのを見て、俺は慌てた。

「い、いえ、考え事をしていたので、もしかしたら無意識に口に出していたのかもしれません。すみませんでした」
「…そうか、何かあるのなら相談にのるぞ」
「いいえ、大丈夫です」

釈然としない思いを抱えつつも、こんなことでムキになって雰囲気を悪くすることもない。
そのまま、委員会は粛々と続いた。


そうして夜も深くなって、立花先輩は顔をあげた。

「もうこんな時間か、そろそろ終わりにしよう」

その一言でみんなが一斉に片づけを始める。
一年生が出て行って、綾部先輩が出て行った。作法室には立花先輩と俺だけが残った。

「…よし」

呟いて、立花先輩が立ち上がった。お待たせしてはいけないと慌てて荷物をまとめ立ち上がる。先輩が部屋の行灯を消しそのまま廊下に出たのを後ろから追うと、目の前で障子戸をぴしゃり、と閉められてしまった。
暗い部屋に取り残されて思わずぽかん、としてしまう。
何かご機嫌を損ねるようなことをしただろうか。だとしたら謝らなくちゃ。考えているうちに、先輩の足音はどんどん遠くなっていく。はっとして、障子戸に手をかけた。開かない。何かに突っかかっているのだろうか。
徐々に目が暗闇に慣れて、気がついた。障子戸の向こうに誰か立っている。もしかして、向こうから戸を押さえられているから開かないのか?
立花先輩か?いいや、先輩はさきほど歩いていってしまったのを聞いた。先に出て行った誰かだろうか?しかし影が一年生にしては大きく、綾部先輩にしては小さい。誰だ、そう問おうとした矢先だった。

「みとめてくれて、ありがとお」

障子戸を挟んだ向こうで、誰かが笑った。



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