池田三郎次
能勢久作


竹馬




夕方ごろ、一人で廊下を歩いていると中庭に一つの大きな人影を見つけた。
久作だ。大きいと思ったのは、夕方だから影が伸びていたというのもあるけど、あいつが竹馬に乗っていたからだった。
六尺はあるかという随分と立派な竹馬で、一体どこから持ち出したのか。乗るのにも苦労しそうな竹馬に乗って、久作は庭をひょこひょこと歩き回っている。それがあまりに軽快なので驚いた。久作にそんな特技があったなんて知らなかった。見ているうちにこちらまでうずうずしてきて、久作のところへ駆けていった。

「久作!」

呼び掛けると久作はびくり、と肩を震わした。ゆっくりと振り返ったその顔は表情というものがなく、まるで能面のように見えて僕は思わず固まってしまう。すると久作は悪戯が成功したみたいに突然にこりとした。

「なに、三郎次」
「なんだよ、驚かすなよ!」

悪戯は僕の十八番なのに、とわめくと、久作はけたけたと笑う。
すぐ傍まできて久作の顔を見上げる。竹馬の上に乗っている久作の顔は思ったよりもずっと遠くて、竹馬の上にはどれほど広い視界があるだろうと思うと、僕はますます竹馬に乗ってみたくなった。

「その竹馬、久作の?」
「…そうだよ」
「なあ、少し貸してよ」

言った途端、久作はまた表情を消した。思わずまたたじろぎそうになったけれど、もう引っかからないぞ、と竹馬に手を伸ばす。
ほんの少しで触れるというところで、ひょい、と竹馬は逃げていった。久作が操って逃げたのだ。久作はやっぱり無表情で、何も言おうとしない。貸したくないならそう言えばいいのに。
そう思うとなんだか意地悪してやりたいような気持ちになって、今度は僕はにやりとした。

「待て、久作!」

僕は竹馬を追いかけた。久作はやっぱり逃げた。竹馬相手ならすぐに捕まると思ったのだけど、足の長さの差なのだろうか、なかなか捕まらない。それほど久作の竹馬捌きも見事だった。
半ば意地になって、いつまでも追いかけた。汗だくで、息も上がって、そうしてついに僕は竹馬の足を掴んだ。

「ぎゃあ!」

途端、凄い声で久作が叫んだ。ぱっと顔を上げると、今にも泣き出しそうな久作の顔が飛び込んできて、僕は唖然とした。

「放して!放せ!放せえええええ!」

あまりの剣幕に思わず竹馬を放した。久作は俯いて、のろのろと僕に背を向けてしまう。ただ久作の背中は震えているように見えた。明らかに尋常じゃない。僕は久作に何をしてしまったんだろう。
久作は黙ったままで、僕も何も言えなくて、逃げるようにして僕はその場を去った。

翌日、久作は何事もなかったかのようで、ほんの少しホッとした。それからいつも通り話したり遊んだりする。しかし夕刻に近くなってくると、久作はふっと姿を消すのだ。
そんなときこっそりとあの中庭を覗き込むと、大きな影が一つぽつりと浮かんでいた。久作はやっぱり竹馬をしている。遠目から見ていて思ったのだけれど、竹馬の足取りはしっかりとしているくせに時々ぴた、と止まることがあった。
それが、僕には何かを避けて歩いているようにも見えるのだ。



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