網問

昔あった話




小さなころから俺は変なものが見える。

海は何かと人死にが多いから船で沖にでると波間で揺れるどざえもんが船にぶつかってきたりすることも少なくない。兵庫水軍に来るまでいろいろな水軍にいたが、あっちになにがいる、そっちにはそれこれがいるーなんて言っていたら(俺も若かったなあなんて今では思うけれど)いつの間にかほら吹き呼ばわりされていたりもした。それで居心地が悪くてあちこちを転々としてきたわけなんだけど。

ある水軍にいたとき、おかしなことがあった。

仲間たちと浜辺で水揚げした魚たちをより分けて売り物にならないやつを昼飯にでもしようかとしていた時だった。自慢じゃないけど俺ってば意外と手先が器用だから料理なんかも人よりはちょこっと得意でさ。仕分けとかは他の奴らに任せて一人で飯の支度をしてたんだ。今日はたくさん獲れたから揚げ物にでもしてやるかな、夜は鍋でもいいかもしれない。

そんなことを考えながら腕をふるっていた時、視線を感じてそちらを見ると豪奢な袈裟を着た大柄の坊さんがこちらをじいっと見ていた。海水が砂浜を削りとるすぐ脇を足袋が濡れるのも構わずに立っていたその坊さんは俺と目があったのが分かるとゆっくりこちらに歩いてきた。この近くに寺なんかあ っただろうか。近づいてきた坊さんの顔がはっきりと見える位置にまで来たときにおや、と俺は首をかしげた。坊さんが歩いてきた砂浜に足跡はなく、なにかがずるずる尾を引きずったような一本の跡が残っているのが見えたからだ。足でも悪いのだろうか、それにしては足取りを見る限り怪我をしているようには見えない。

「もし、そこの若いの」

考え事をしているうちに随分近いところまで来ていたらしい。料理の並んだ机を挟んで二歩くらい先のところで坊さんが口を開く。

「はい、なにかご用ですか?」
「殺生はいけない」
「はあ、ですが」

言いかけたところで坊さんは殺生とはどういうものか、またそれを行うことがどれほど罪深いか、口をはさむ暇もないくらいの早口で淡々と説く。その目がどこかぐるぐると渦を巻いているように見えて気持ち悪くてうまく息ができなかった。その坊さんから急に漂ってきた生臭いにおいに鼻を手で覆う。潮の満ち引きの音もどこか遠く感じはじめたとき、とりあえず坊さんの口を塞ごうと料理の乗った皿を坊さんの顔に叩きつけた。うるさかった説法のようなものが止まってぐちゃぐちゃ刺身を咀嚼している音が聞こえる。今考えると自分でも大胆なことをしたもんだと思うよ。

恐る恐る坊さんを見るとどこか嬉しそうに目を細めて皿から顔を離していた。地面に刺身は一切れも落ちていなかったからあの一瞬で全部食ったのか、と変に感心していると坊さんが小さな声で「うまい」と言ったのが聞こえて顔を上げるとそこに坊さんの姿はなかった。首をひねっていたら様子を見に来た親方に支度ができてなくてめちゃくちゃにどやされた。解せぬ。



後日、釣りあげたでっかい岩魚を割いた時、あの坊さんに食わせた刺身が腹から出てきた。あれ以来坊さんを見ると震えが止まらないんだよなあ。



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