綾部喜八郎
穴蓋
えっさほいさ、土を掘り返す。穴の外に出すのに踏鋤で掻き出したときいつもより腕にかかる負担が大きかった。昨日天気雨が降ったから地面が湿気っているらしい。掘り進めていくうちに装束や顔が泥んこまみれになる。帰ったら滝ちゃん、うるさいだろうなあ。ま、いつもうるさいけどね。
ある程度の深さまで掘ったら蛸壺のなかが暗くなった。もうそんな時間だっけ、まあいいや。ご飯の時間になったら滝ちゃんが呼びに来てくれるから、もう少し掘っていこう。
土に刺した鋤を踏んで掘り起こした土を蛸壺の出口に放り投げた。いつもなら次次掘って投げて掘って投げてを繰り返すんだけど今日はなんか変だ。投げた土がまた上から降ってくる。おかげで髪もなにもかも土まみれ。装束のなかまでざらざらいってる。何度か頭から土を被ってさすがにいらっときた僕はぐんっと首を伸ばして蛸壺の出口を見上げた。
なにかがこちらを見ている。
蛸壺に顔をくっつけるみたいにしたそいつはぎょろっとした片目だけで僕をじぃっと見ている。それが普通のものでないことは一目でわかった。だって僕が掘った蛸壺は大人がかかってもいいようにすごく大きい。なかも結構な広さがあるけどその分、蛸壺の出口の直径も大きくなる。僕が大の字で寝てもさらに余るくらいはあった。そこに顔をくっつけてるなんて
「どれだけ頭でっかちなの、おまえ」
ぱちくり、瞬きをしたそいつは目を三日月みたいに細めた。笑っている。なんかむかつく。
手に持っていた踏鋤にちょっとした細工をして片手に構えたままぐっと腰を落とす。笑っていた目玉が踏鋤の先につけられたものにぎょっとしたように丸くなった。
ぶつっ、投げ付けた踏鋤が的をとらえたらしい。ぎゃああああっ、大きな叫び声に耳を塞ぎながら出口を見るともうなにもいなかった。
「だーいせーいこーう」
蛸壺をよじのぼって辺りを見回すとここからちょっと離れた場所に血塗れのクナイと柄の折れた踏鋤が転がっていた。食満先輩に新しく踏鋤、つくってもらおーっと。