平滝夜叉丸
遠眼鏡
夜間演習の時に変なものを見た。
他の班の忍たまが来ていないか確認するために木の枝の上でのんびり鼻唄を歌っている喜八郎を背に、持ってきていた遠眼鏡を覗いた。
少し離れた木の上になにかがいる。遠いからか小さく見えるそれは黒っぽくもじゃもじゃした外見。尖った木の先端で妙ちきりんな動きをしながら首をぶんぶん上下左右にすごい勢いで振り回している。
ヒッ、思わず小さく悲鳴をあげるとそれはピタッと動きを止めてこちらを見た。見られているのを体全身で感じた瞬間、やけに冷たい空気が周りを流れ始める。
「ねぇ、滝」
今まで黙っていた喜八郎が急に口を開いたので遠眼鏡から目をはずして喜八郎の方に向き直った。
「…なんだ」
「それ、なにくっつけてるの?流行り?」
「なんの、ことだ」
「ほら、背中にくっついてる黒いの」
毛皮?それにしてはなんかばっちぃけど。
何を考えているのかわからない顔でそれ、と私の右肩のあたりを指差す。その指を引っ付かんで全速力で逃げ出した。演習なんてほっぽりだして森のなかを走る私たちの前になぜか他の忍たまは姿を現さずついに学園に帰りつくときまで誰にも会わなかった。
帰りつくまで私に手を引かれながら「あー、これ猿っぽいよ。滝ちゃんのお友だち?」だの「それにしてもべったりくっついてるね、あったかそう」だのべらべら喋るものだから私の顔面は恐怖で溢れた涙やら鼻水やらで見られるものではなかったと思う。
長屋に走り込んで脱力したように座り込んだ時、喜八郎が「ずいぶん前に、離れてったよ」と言った。
「それを早く言ってくれ!」
「ごめんごめん」
あははは、と笑って何事もなかったように庭に穴を掘りに行こうと腰をあげた喜八郎が思い出したように私に振り返った。
「さっきの猿、手振りながらまたねって言ってたよ」
あと汚いから顔洗っておいでね。