上ノ島一平
一つ目
僕が飼育当番で向かった学園の隅にある小屋には何羽かの兎がいた。
掃除をするために小屋に行くと、乱暴者でいじめっ子のとある上級生が小屋の中で何かをしているのを目撃した。僕も先輩にいじめられたことがあったからどうするべきか迷っていると、先輩は僕の視線に気づいたのか、驚いて走り去って行った。
急いで小屋に入ってみると、薄汚れた兎がぐったりとしている。兎の手には血が滲んでいて、どうやら先輩は兎をいじめていたようだった。
応急処置をしようと思って兎を抱き上げると、パチリと目が合った。僕は兎の顔を見て、危うく悲鳴を上げて兎を落としそうになるのを堪えた。
兎には一つしか目がなかった。
しかも顔の中央についているそれは人間の目のように見える。正直怖かったけれど生物委員として何とかしてあげたいと思い、小屋に備え付けてある薬箱で兎の治療をした。
その兎を小屋に戻してさあ掃除を始めようとした時、僕は何か妙な音を聞いた。
「ひゅる、ひゅうるる」
風の音かと思っているとその音に機械混じりの高い声が聞こえた。
「ひゅう、ひゅるる・・・…じこ、じこ」
発音は事故のものだった。驚いてあたりを見回すとまた声がした。
「ひゅるる、●、●」
それはさっき兎をいじめていた先輩の名前だった。気のせいではないと僕が確信するとさっきの兎と目が合いました。呆然とする僕のまえで兎は
「ひゅるる、つぶれる、うで、ひゅる」
と言った。
どうして?ときくと
「ひゅる、いんが、いんが、ひゅるるる」
いんが…因果応報、ということだろうか。昔、先輩が兎の腕を折ってしまったことを知っている。そしてこの兎がけがをしているのも腕だった。僕は驚きと恐怖のあまりそこから逃げ出した。
次の日兎小屋にいくとあの兎はいなかった。あれは夢だったのだろうか、そこから離れようとすると昨日の先輩が怖い顔をして立っていた。
「おまえ、あのこと先生に言ったら許さないからな!」
僕が何も言えずにいると不意にあの兎の声が聞こえた。
「ひゅうるる、ひゅぅ、さがれ、さがれ」
不穏なものを感じて、とっさに後ずさると次の瞬間先輩の姿は消えていた。飼育小屋の隣にある壁に立てかけてあった大きな柱が倒れて先輩の腕を潰したのだ。
何が起こったのか頭が判断できなくてぼうっと立っていると、飼育小屋から視線を感じて振り向いた。扉には鍵をかけたはずだったのに、あの一つ目の兎が小屋の前に座っていこちらを見ている。
兎はあの独特の「ひゅるる」という声を出した後、
「かえしたぞ、この恩かえしたぞ」
昨日聞いた機械音のような声とは違う、野太い男の声でそう言うと兎は駈け出して近くの茂みの中に消えて行った。
先輩のわめき声と大きな物音で集まった先生方に何があったか聞かれたけれど、僕はなにも答えられなかった。