川西左近

案山子




学園長先生の部屋からほど近い庭の掃除当番だった。そこにいたからという理由で学園長先生に御使いを頼まれた。山を越え、川を越えたところに出来た新しい茶屋の団子を買ってくるように言われた。

今、不運委員って言ったやつ誰だ。怒らないから名乗り出なさい。

途中の山道を歩きながら、どうしてこんな人里離れた山奥に茶屋なんか建てるんだよ!とグチグチ言いながら進む。一応道はあるものの、滅多に使われないらしく草の背は腰ほどに届き、半ば藪のようだ。周囲は深い森で、真っ昼間だというのにどよん、と薄暗い。
ふと、視界の端に人影を捉えた。
なんだろう。遠目からだからよくわからないが、どうやら案山子のようだ。こんな山の中になんで案山子が?と思いながらも、その時はあまり気にしなかった。

ようやく山を越えて、渓谷に差し掛かる。切り立ってはいるがその下を流れる川自体は穏やかな小川で、その上にかかる吊り橋を渡る。何気なく渓谷を覗き込むと、黒い何かが浮いている。何かと思えば、あの案山子だ。だからなんで案山子が川を流れてるんだよ…と思いながら、気味が悪くなって茶屋に急いだ。

茶屋に着くと、若い夫婦がニコニコと迎えてくれた。
どうやら子供好きする夫婦のようで、さっさと団子だけ買って帰ろうとしたのだが、お茶でも飲んでいけと引き留められてしまった。決して短くない距離を歩き少し疲れていたので、お言葉に甘える。そこまま小一時間は他愛のない世間話をして、そらそろお勘定を、と言うと、お金はいらないからまた遊びに来てね、と言ってくれた。
遣いの団子の他におまけまでつけてくれたのでおまけのほうは帰ってからみんなで食べよう。
夫婦に見送られて、夕方に差し掛かろうかという日差しの中、ゆったりと歩く。

再び渓谷の吊り橋に差し掛かった。そのときまで先の案山子のことなどすっかり忘れていたのだが、吊り橋を渡りながら、ふと思い出してしまった。この好奇心は危うい、そう思いながらも、吊り橋の弦に手をかけ、谷を覗きこむ。

いた。あの黒い案山子だ。
さっきはもう少し上流にいたのに、橋の近くまで流れてきている。その案山子をまじまじと見て、全身が総毛立った。
案山子は炭のように全身が真っ黒で、しかも足が二本ある。案山子というよりは、焼かれて黒焦げになった人間に見えないか?

そう思ったときには、もう走り出していた。半分泣きながら、ひたすら走った。
ゆるやかな小川だとは言え、流れてくるのが遅すぎる。自分は軽く一刻は茶屋に居たのに、なぜまだあんなところに浮いていた?あれはただの案山子じゃない。いや、そもそも案山子じゃない。絶対だ。

山の中の藪を掻き分けながら、気がついてしまった。案山子は一体だけじゃない。この藪の中で、最初にもう一体見たじゃないか。

ガサッ、という物音に反射的に振り返る。そこにはやはり、あの黒い案山子がいた。全身が凍りついて、足が動かない。歯の根が合わずカチカチと鳴った。
さっきよりもずっと近く、とにかく黒く、胴は普通の案山子よりは太いが、人間には細すぎる。そのときだった。
真っ黒な案山子の顔に、真っ白い目が二つ、開いた。

「うわあああああッ!!!!」

それまで硬直して動かなかった体が、叫んだ瞬間動いた。足がもつれ転びそうになりながらも、必死で走った。山を越えて、見知った風景になっても、どんなに苦しくても、学園を目指して一目散に走った。



「なあ四郎兵衛、知ってるか?」
「ええと、なにを?」
「最近新しく出来た、うまいって評判の茶屋の噂だよ」
「ああ、それなら知ってるよ。お団子が一等おいしいって」
「違う違ーう!そうじゃない!」
「ええ?じゃあ何がおいしいの?」
「茶屋の評判の話じゃないよ。そこを切り盛りしてる夫婦の家族の話!
あの茶屋な、前は一軒の小さな家が建ってて、小火があって全焼したんだって。その家に住んでたのが茶屋をやってる夫婦とその子供、あとじいさんとばあさん。小火が出たとき家の中には子供とじいさんばあさんが居て、全身に火傷を負いながら家の中から這い出してきた。ばあさんは熱い熱いって言いながら渓谷に飛び込んで溺れ死んだ。じいさんは死にかけた子供を抱いてこの子だけはと里まで山道を走ったらしいが、途中で力尽きた。偶然通りかかった里の人間がまだ生きてた子供を里の医者に見せたが、子供も結局死んだらしい。それから、渓谷には真っ黒に焼け焦げたばあさんが浮くようになって、山の中にはやっぱり焼け焦げたじいさんが子供を探してさ迷ってるんだと…」
「えええ…怖いからやめてよう…」
「ははは、四郎兵衛は怖がりだなあ!あ、左近が帰ってきたぞ!あいつにも話してやろう!」
「え、あ、待ってよ三郎次〜…」



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