竹谷八左ヱ門

お前は誰だ




何年か前、俺達がまだ低学年の頃。ある遊びが流行ったことがあった。
鏡に自分を写して、鏡の中の自分に向かって「お前は誰だ?」とひたすら問い続けるものだ。至極単純で馬鹿らしいと思うかもしれないが、これがなかなか奥深い。この遊びにはそれぞれの性格が顕著に出るのだ。
例えば、い組の二人は、

「俺は俺だし、つまんないねこれ」
「豆腐になりたい」

とか言っていたし、ろ組のあの二人は一緒に鏡に並んで映って、

「お前は誰だ?」
「不破雷蔵だ!じゃあお前は?」
「鉢屋三郎でしょ」

とくすくす笑い合っていた。
かくいう俺は、何度問うてもいまいちピンとこなくて早々に飽きてしまったのだが、それをやったという友人に話を聞くのが好きだった。
中でも一人、不思議なことを言っていたやつが居た。曰く、

「鏡の中の自分に問い続けていると、段々さもそこにもう一人の自分が存在するように思えてくる。自分が他の、別の何者かになれたような気がして、フワフワした気分になる」

と。
その時の皆の盛り上がりといったらなかったのだが、しかし子供とは飽きっぽいもので、そんな湿っぽい遊びはすぐに忘れられていった。
それからしばらくして、誰だっただろうか。廊下を歩いていた俺を呼び止めて、こう問うてきたやつがいた。

「なあ、俺はまだ俺だよな?」

不意にあの遊びの台詞を思い出した。
あまり要領を得なかったがそいつの挙動があまりに異常に見えたので、俺は思わず「うん」と答えた。そいつは「そうか」と疲れたように呟いて、項垂れて去っていった。
はて、あれは誰だっただろう。名前は愚か、顔さえも思い出せない。
覚えているのは、そいつの鬼気迫る様子が少し怖かったのと、爪を立てる勢いで掴まれた肩の痛みだけだった。

そんなことがあったからか、俺は鏡を覗くのが苦手になった。
正直に言うと、少し怖い。不意に自分と目が合うと、不安になるのだ。「こいつは本当に俺か?」と。

―――なあ、俺はまだ、俺だよな?



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