黒門伝七
任暁左吉






中庭の木陰でのびのびと宿題をするつもりが、つい転寝をしてしまった。
気がつくとすでに夕方で、辺りは暗くなり始めている。肝心の宿題はほとんど手をつけていない状態だ。今から部屋に戻ってやらなければ明日の授業に間に合わない。苛々とため息をついて、立ち上がった。
半ば走るようしながらに廊下を歩き、自室の戸を開ける。部屋の中は外以上に薄暗い。同室の左吉はまだ帰っていないようだった。ちょうどいい、一人のほうが集中出来る。
早速自分の机に向かい、行灯に火を灯す。辺りがぼんやりと明るくなった。
「忍たまの友」と開いてすぐ、背後でカタ、と物音がした。暗くて気がつかなかったが、左吉は帰っていたようだ。自分のように昼寝でもしていたのだろうか。
手元の宿題から目を離すことなく、声を掛ける。

「左吉、帰っていたの?」
「…うん」

寝ぼけているのか、もごもごと曖昧な返事があった。
ふーん、と相槌を打って、すらすらと問題を解いていく。調子がいい。これならば思ったよりも早く終わるかもしれない。

「…ねぇ、」

声を掛けられて、うんざりとした。今自分がどれだけ逼迫して宿題に向かっているのか、見てわからないのだろうか。
苛立ちを隠そうともせず、「何?」とやや投げ気味に返事をする。

「ねぇ、」
「だから何?」
「ねぇねぇ、」
「………」
「ねぇ、ねぇねぇ、」

うるさい。用があるならはっきり言えば良いのに。
面倒だし、切羽詰っていることもあってそのときは無視を決め込んだ。

それから、どれくらい経っただろう。
やっと終わった、と息をついた頃には、左吉はもう何も言わなくなっていた。
あれだけしつこく呼びかけてきたのだ、何か大事な用でもあったんじゃないだろうか。今更心配になってきて、仕方ない聞いてやるか、と思ったそのときだった。

ガラッ

戸が開いて、現れたのは―――左吉だった。
思わず呆然とした。だって左吉はずっとこの部屋で、自分に声を掛けていたのに。
ポカン、と口を開けている自分を訝しそうに見て、左吉は部屋に入ってきた。

「どうした変な顔して」
「いや…左吉、どこ行っていた?」
「どこって…授業終わってからずっと会計室にいたけど?」
「ウソだ、この部屋に居ただろ」
「はあ?何言ってんの」

左吉は付き合い切れない、そんな顔で肩を竦めると自分の机の行灯に火を灯し、「忍たまの友」を開いた。それきり、こちらを見もしない。
恐る恐る、背後を振り返った。二つの行灯に照らされた部屋に、二人分の長い影が伸びている。薄暗いと言っても昼間よりは、というだけで十分明るい部屋の中には、自分と左吉以外の人影はない。

左吉がずっと会計室にいたなら、じゃあ、自分を呼んでいたあの声は、誰?



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