田村三木ヱ門

猫の○返し




「あれ?三木ヱ門くん?どうしたの?顔色悪いよ?」
「タカ丸さん…実は…、相談に乗って欲しいことがあるんですが…」
「うんうん、何でも聞くよー」
「…信じてもらえないかもしれませんが」


その日、私は帰路を急いでいた。
町に出て、少し日用品の買い物をして帰るつもりだったのだが、つい夢中になっているうちにすでに日が傾こうとしていた。

ふと、先の道に何かが落ちていることに気がつく。
最初は何が落ちているのかわからなかったが、近くまできてみると、どうやら猫のようだ。しかし、猫は白い毛皮を真っ赤に染めていて、腸も見えている気がする。微かに腹が起伏しておりまだ生きているようだったが、どうみても、もう助からない。野犬にでも襲われたのだろうか。
嫌な汗が背中を伝う。可哀想だとは思うが、気味が悪い、というのが本音だ。
それに猫は死に際、最期に見た者を祟るという。猫には悪いが、出来るだけ猫を見ないようにして通り過ぎて、ほっと一息ついたときだった。

「…にー」

猫が鳴いて、私は思わず振り返った。すると、猫と目が合ったのだ。ぞっとした。
これでこのまま帰れば、猫が最期に見たのは私で確定だろう。こんな時間、人里はなれた道を他に誰かが通るとも思えない。私は、意を決した。

私は、裏庭の片隅に土を盛り、その前で手を合わせていた。
あれから、ままよ、とぐったりとしている猫を抱き上げ、学園に戻ってすぐさま保健室に駆け込んだ。ちょうど新野先生が居て、血みどろの私と猫を見て、事情を話す間もなく猫を診てくださった。
だが、猫はあっけなく息を引き取った。まあ、助かるとも期待していなかったのだが、これでもしかしたら最期に見たのは私じゃなくなったかも、と意地の悪いことを考えていた。
しかしさすがに死骸をそのままにするのは気が引け、裏庭に埋めてもいいと新野先生が言ってくださったので、こうしているわけだ。
盛られた土の下には件の猫が埋まっている。食堂のおばちゃんにも事情を説明したら、出汁に使っているにぼしを少しくれた。それをお供えして、「どうか、祟らないでくれよ」と情けないことを祈っていた。

「ぎゃあ!」

翌日、相部屋を出て行こうとした同級が、戸を開けるなり絶叫した。
何事か。硬直している同級の肩越しに廊下を覗き込むと、そこには鼠や蜥蜴の死骸が数匹、落ちている。思わず息を飲んだ。すぐに昨日の猫のことを思い出し、「祟られたんだ」と思った。

私は絶句している同級を宥めすかし、供に死骸の片づけをして、すぐさま裏庭に向かった。実はもらったにぼしをいくつか夜中小腹が空いたときにでも食べようとくすねていたのがまずかったのかもしれない。まだ残っているにぼしを全部お供えして、怯えながらまた合掌した。

その日の夜、夢を見た。
一人学園を歩いていると、突然猫の大群が押し寄せ、襲い掛かってきた。「食われる!」と思ったが、猫の大群は私を担ぎ上げるとどこかに運び始めた。学園の中をぐるりと回り、着いたのは例の裏庭だった。墓の前には見覚えのある白い猫が居て、私に向かって「にゃあ」、と一鳴き。
そこで飛び起きた。全身が冷や汗でじっとりと濡れて、気持ちが悪い。

カリ、

荒い息を整えながら、ふと、物音に気がつく。

カリ、カリカリ、

何かを引掻く音、だろうか。それは障子戸のほうから聞こえてくるようだった。嫌な予感がする。

「…にゃー」
「ひっ…!」

突然の猫の鳴き声に、震え上がった。反射的に障子戸を振り返って、心底後悔した。
障子戸には、月の明かりに照らされて、夥しい数の猫の陰が写っていたのだ。
途端、猫の大群が一斉に鳴き出した。何かを引掻くような音も一層大きくなる。恐怖と混乱で、どうにかなってしまいそうだった。

「ごめんなさいいいいいもう許してええええええええ」

泣き叫んで、そのまま気が遠くなった。

翌朝、私は同級に起こされて目が覚めた。顔が大変なことになっているぞ、と笑われて、しかし怒り返すような気力もない。同じ部屋で寝ていたはずの同級の様子を盗み見ると、全く普段の通りだった。夢だったのだろうか。そうだ、そうに違いない。
先に部屋を出て行った同級を追いかけるように手早く支度をして、部屋を出る。障子戸を閉めて、気がついた。
戸のちょうど膝くらいの位置。まるで猫が爪砥ぎでもした後のように、酷くささくれ立っていた。


「ということがあって…」
「ふーん…でもそれって本当に祟りなのかなあ?」
「…え?」



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