笹山兵太夫
夢前三治郎


人形




人形をもらった。少し古くて汚いが、立派なからくり人形だ。
斜堂先生が作法室で見つけたらしいのだが、どうにも作法室の備品一覧には載っていない。特に授業や委員会では使うものではないし、せっかくなので、と僕にくれた。
螺子を巻いても、からくり人形は動かなかった。壊れているらしい。望むところだ、僕が完璧に直してみせる。解体や掃除をするための工具はどこにやったかな、と一旦人形を机に置き戸棚を漁っていた、その時だった。

カタン、

振り返ると、机の上のからくり人形が動き出していた。あ、と思う間もなく人形は机から落下し、ガチャンッ、と大きな音を立てる。
ただ噛み合わせが悪かっただけなのだろうか、しかし派手な音を立てて落ちたし、からくり人形というのは繊細なものだ。結局今のでどこかしら壊れたのではないだろうか。
あー…、と落胆を隠し切れずに人形に手を伸ばしかけて、思わず固まった。

人形が、立ち上がった。

そうとしか言いようがなかった。カタ、カタカタ、音を立てながらゆっくりとした動作で手をつき、肘を伸ばし、上体を起こして、膝を曲げる。まるで人間のように。
ポカン、と呆気に取られた。あの小さな体の中に、それだけのことが出来る細工がしてあるのだろうか。ますます興味深い。心を躍らせかけた、そのとき。

人形の首が、ぎぎ、と音を立てて僕を見た。

不思議なのだが、「目が合った」と思った。実際はほんの短い時間だったはずだが、時間がねっとりと張り付くような感覚がした。
人形は、またゆっくりと体をこちらに向け、僕の正面に立つ、そして、歩き、

ガラッ、ガシャン!

「うわっ!ご、ごめん蹴っちゃった!」

誰かが戸を開け、勢いよく入ってきたものだから人形を蹴り飛ばした。部屋に入ってきたのは三治郎だ。
僕は呆然として何も言えず、三治郎は慌てて人形の所に駆けていく。
今、三治郎が蹴飛ばした人形、あれは一体なんなのだろう。勝手に立ち上がって、僕を見て、僕のほうに歩いてこようとしていた?もし三治郎が蹴り飛ばさなければ、どうなっていた?想像して、背筋が冷たくなった。

「ごめんね兵太夫、壊れてないかな…いたっ?」

三治郎がびく、と体を震わせ拾いかけた人形をまた放り出した。人形がごとり、と僕の前に転がる。人形の唇が、赤く紅を引いたようになっていた。

「今、なんか、あれ…?」

呆気にとられたように首を傾げた三治郎の指からは、血―――
僕は考える間もなく床に転がった人形を鷲掴むと、三治郎が入ってきてから開いたままだった戸の外に人形を放り投げた。それから机の上にあった行灯を庭先に転がった人形にぶつける勢いで投げる。
ガシャンと音を立てて壊れた行灯の火と油を浴びて、人形はパチパチと音を立てて一気に燃え出した。

「え、ええ!?ちょっと何してるの兵太夫!」
「いいんだ」

小さな炎の中で、人形が手足をばたばたと動かしているように見える。パキ、という音の間に、カタカタと人形の動く音が聞こえた気がした。



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